「ビッグ対談 長嶋茂雄&羽生善治」

将棋世界1995年4月号、「棋士交遊アルバム ビッグ対談 長嶋茂雄&羽生善治」より。

「長嶋茂雄と戦後50年」という特別番組が、2月11日にフジテレビ系列で放映された。この番組は、スポーツ界ヒーローの長嶋茂雄が各界ゲストと対談しながら戦後史を振り返る趣旨で、3人のゲストには政治家の小沢一郎と映画監督の篠田正浩、そして棋界のヒーロー羽生善治が選ばれた。羽生の出演は長嶋本人の希望によるもので、ミスターの羽生に対する特別の思い入れが対談の随所に感じられた。

 将棋好きで知られる長嶋は「羽生さんの将棋は、習得した技術を捨て切って映像と感性で指している。これこそ右脳感覚で、野球選手も見習ってほしい」と、熱っぽく語って羽生将棋を絶賛した。羽生は照れながら「すべて説明していただきました。今後は羽生らしい戦法を残すことと、勝つにもきれいな形をめざすのが大事と考えます」と、第一人者としての決意を述べた。長嶋は「一手にロマンをかける。それと羽生方程式ですか。いいですね」と、我が意を得たりとばかり破顔一笑した。

 長嶋と羽生は住む世界と世代が違うが、勝負師の魂は相通じるものがあり、対談は真摯で且つ和やかな雰囲気で進んだ。テレビをごらんになった読者も同様に感じたと思う。

 この番組の収録は、1月26日に東京・世田谷のスタジオで行われた。王将戦第2局の翌々日である。

 じつをいうと、収録の前に出演者同士の顔合わせがあり、長嶋と羽生は初対面の挨拶を交わした。そして、司会の安藤優子キャスターを加えて将棋談義を30分ほどしたが、この話がとても面白い。そこで本誌の読者にだけ、控え室での肉声をこっそりと伝えよう。

 

長嶋 王将戦の最中なのに、来ていただいて感謝しています。でも羽生さん、顔がサバサバしていますね(笑)。

羽生 正直いって、心の中では焦っています(笑)。

長嶋  私は羽生さんとオリックスのイチロー選手を、いつもだぶらせて見ているんです。どちらも天才ですね。イチローは今の野球人にないものを持っている。羽生さんの将棋はテレビでよく見ますが、絵の中に指し手が入っている感じで、独特の感性がありますね。

羽生 イチロー選手とは、昨年のNHK紅白で一緒でした。天才といわれるのは、うれしい気もするけど恥ずかしい気もします。まあ、枕詞として割り引いて考えています。

長嶋 羽生さんの言動には前から興味があり、いちど話してみたかった。イメージどおりですね。

安藤 羽生さんは、長嶋さんじきじきのご指名のゲストなんですよ。

羽生 ありがとうございます。私も長嶋さんを間近で見ると、オーラを感じます。 

長嶋 竜王戦を特集したNHKのドキュメントはよかったですね。羽生将棋の強さと特徴がよくわかりました。

羽生 あの番組は取材期間が3ヵ月で、100時間ぐらいテープをまわしたそうです。どの場面が出るのか、放映日まで自分でもわかりませんでした。

長嶋 資料の分析にコンピュータを使ったのはいつ頃ですか。

羽生 数年前ですね。その前は棋譜をコピーして、ファイルを作りました。公式戦の棋譜は年間で約2000局ありますが、実際に必要なのは1割ぐらいです。

長嶋 でも今は、あまり参考にしないとか。

安藤 長嶋さん、将棋界のことに詳しいですね。

長嶋 羽生さんはそのデータを捨て切るんです。その時に羽生さんの潜在能力が出る。そうですね(笑)。野球選手はそれができない。

安藤 じゃ、この台本、捨てましょうか(笑)。

羽生 決まった枠組では、それ以上の力は出ないと思います。パソコンだと、みんなの情報や考え方が同じになっちゃうんです。

安藤 羽生さんもそろそろ結婚適齢期ですが、追っかけギャルがいるそうですね(笑)。

羽生 ちょこっとだけです。将棋と恋愛はぜんぜんちがいますね。将棋以外のことは、読みがあまり深くないのです(笑)。

長嶋 野球と将棋は、選手を動かす、駒を動かすという点で、よく似ています。我々も戦う前にシミュレーションを組みます。それとイメージトレーニングを取り入れています。

羽生 私は自分の形と戦い方だけ決めて対局に臨みます。イメージトレーニングといえば、アメフトやバスケット、野球などのスポーツをよく見ます。勝負の結果よりも流れを自分なりに考えるのが好きなんです。7割が趣味で、残り3割が仕事感覚です。

長嶋 野球でいえばシミュレーションどおりにいくのは、投手がきちっと投げた時ですね。

羽生 昨年はペナントレースの後半戦の野球をテレビでじっと見ていました。スリリングでしたね(笑)。

安藤 テレビ局の視聴率争いでも、昨年は日本テレビとフジテレビが最後まで競ったんです。こんなこと初めてで、まるでセ・リーグのようだと(笑)。

長嶋 プロ野球がサッカーのJリーグに押されている昨今、神様がそんな状況を作ったのではないですか。

羽生 日本シリーズでは投手起用が興味深かったですね。とくに押さえの桑田が……。

長嶋 セオリー、常識の左脳論理だけではダメなのです(笑)。

安藤 羽生さんは長嶋さんの現役時代を知っていますか。

羽生 残念ながら知りません。後楽園での現役引退のセレモニーはおぼえています。子供の頃、各地の将棋大会へ行く時に、広島カープの赤い帽子をいつもかぶっていましたが、それは親がすぐに発見できるからです。実際は巨人ファンでした(笑)。

安藤 球場で観戦したことはありますか。

羽生 東京ドームに2回いきました。でも見にいくと、いつも巨人が負ける。しかも大差で……。

長嶋 そんなこといわずに、また見にきて下さいよ(笑)。今年はいい選手がいっぱい入りました。昨年以上に打てるはずです。

 

 長嶋茂雄監督には、20年前に背番号3にちなんで三段の免状が連盟から贈呈されている。今回の対談企画にあたっては、羽生善治名人・竜王から五段の免状が記念に手渡された。これは巨人軍V2に向けて、ゴーゴーの意味も含まれているようだ。

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「でも羽生さん、顔がサバサバしていますね」

「羽生さんの将棋はテレビでよく見ますが、絵の中に指し手が入っている感じで、独特の感性がありますね」

「羽生さんの将棋は、習得した技術を捨て切って映像と感性で指している。これこそ右脳感覚で、野球選手も見習ってほしい」

「一手にロマンをかける。それと羽生方程式ですか。いいですね」

など、いかにも長嶋茂雄ワールドの会話が出てきて、嬉しくなってしまう。

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Wikipediaには、長嶋茂雄さんの趣味は、映画、読書、絵画鑑賞、将棋など、と記述されている。

羽生善治六冠(当時)との会話を読むと、将棋に対する熱心な思いが伝わってくる。

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私が物心がついて、一番最初に好きになった有名人が長嶋選手だった。だから、子供の頃から巨人軍の大ファン。

何と言っても、長嶋選手は、「ここで打ってほしい」という場面で期待を裏切らずに打ってくれた。

「野球漫画なわけじゃないから、ここで逆転を望んでも現実の世界はそううまくはいかないよな」と子供心に感じるような場面でも、長嶋選手はチャンスを逃さずに逆転打を放ってくれて、私はテレビを見ながら無上の喜びに浸ったものだった。

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長嶋監督(当時)の「セオリー、常識の左脳論理だけではダメなのです」。

棋士は右脳派が多いという。

棋士が電話番号を憶える時、電話番号の数字の並びを図形として記憶すると聞いたことがある。

たしかに、これは右脳的だ。

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ふとしたことから、自分が右脳派か左脳派かを簡単にテストできるものを発見した。

スイスのチューリヒ大学病院の神経心理学者ブルッガーによるもので、左右の脳のどちらが優勢かを判別するテスト。

下の図の2つの顔のうち、どちらが楽しそうに見えるか、というのが設問。どちらかを選べば右脳が優勢か左脳が優勢かがわかるという。

 

どちらの顔が楽しそうに見えるか? 右脳が優勢な人は図Aよりも図Bの顔をより楽しそうだと感じる傾向がある

診断結果→「幽霊は脳で見る」 超常現象の不思議(日経サイエンス)

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ちなみに、私は左脳が優勢という診断が出た。

言われてみると、私は高校時代、因数分解や微分・積分は好きだったけれども、幾何は苦手だった。何といっても、あの補助線という、霊感がなければ引けないような線が大嫌いだった。

そういえば、私は、マッチ棒パズルのようなものも苦手だ。

よくよく考えてみると、キュウリ、里芋、山芋、百合根、芽キャベツ、ナマコ、ホヤ、レバー、生のトマト、飯寿し系、水泳、ウインタースポーツ、ゴルフと、私には苦手なものが多い。

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将棋世界1995年4月号掲載の写真。撮影は弦巻勝さん。