大女優が見た升田幸三

升田幸三実力制第四代名人は洋画家の梅原龍三郎と親交が深かった。

梅原龍三郎自身、将棋や棋士が好きで、名著「将棋は歩から」の装丁を行っている。

女優・随筆家の故・高峰秀子さんの「わたしの渡世日記」より。

 私たち夫婦は、自分たちが畏敬するすべての超人を「ゴジラ」という尊称(?)で呼んでいる。谷崎潤一郎は「谷ゴジ」であり、梅原龍三郎は「梅ゴジ」であった。世間では大先生と呼ばれる人物を、いくら架空の動物とはいえ、エンパイアステートビルを片手でヘシ折るキングコングや、空中を飛んでいる飛行機を掌で叩き落すゴジラに喩えるのは失敬に当たるかもしれないけれど、当のゴジラ人間がたはそんなおふざけなど一向に頓着しない大人物だからこそ、私たちはなおのこと敬愛の念いや増して「梅ゴジ、バンザイ」などと叫ぶのである。

 梅ゴジと私との交流は、二十五年の余にわたる。その間に彼から受けた有形無形の恩恵は、私の生涯を通しておよそ最大最高のものだっただろう。

(中略)

 宮田重雄、益田義信の両人に連れられて、麻布新竜土町の梅原家を訪ねて以来、私は月に何度かは梅原家によばれたり、外食のお相伴をするようになっていた。

「私がうまいご馳走にありつけたのは、谷崎、梅原の二大スポンサーのおかげである」ということは前に書いた。梅原ゴジラこと梅ゴジのご馳走もまたとびきり上等で美味だった。しかし、それにも増して私がビックリしたことは、彼の交際の範囲の広さである。谷ゴジと同じく、梅原龍三郎などという偉い人と私なんぞの間に用事も会話もあるはずがなく、私は単に「食べる人」だっただけだが、その都度、相客のメンバーがガラリガラリと変わるのには度肝を抜かれる思いだった。

 政界、財界、相撲界、将棋界、画家、画商はいうに及ばず、文学、哲学、評論家、医師、舞踏家、歌舞伎役者から私のようなヘナチョコ女優に至るまで、と実にバラエティーに富んでいる。客好きの梅ゴジは、ただ客を集めるというよりも、すべての世界に精通していて、その話題の広さと博識は、いつも青年のように、情熱的な舌鋒で相手を驚かせた。梅原サロンのゲストである将棋の升田幸三に言わせれば、

「梅原オヤジの才能は、たまたま絵という形になって表面に現れただけで、そんなもんは海上にピョコッと飛び出した氷山の一角みたいにチイポケなもんにすぎん。かくされた部分の大きさなんちゅうもんは計ることも、出来やせん。豪放で勇敢な将棋のさしかたを見ちょってもワシにはちゃーんと分かるんじゃ。立派なもんじゃ。人物じゃ」

 将棋界きってのイジワルジジイがこれだけの賛辞を惜しまないのだから、私が梅原龍三郎を超人的ゴジラと呼ぶのは当たりまえである。

(以下略)

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高峰秀子さん(1924年-2010年)は昭和の大女優。

『カルメン故郷に帰る』、『二十四の瞳』、『浮雲』、『喜びも悲しみも幾歳月』など多くの映画に出演した。

5歳で子役デビューし、1979年に女優を引退。女優歴50年。

素顔はとても気風のよい雰囲気の女優だった。

女優引退後は随筆家として活躍した。

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「わたしの渡世日記」は1975年から1年間、週刊朝日に連載されたエッセイ。腰巻きに抜粋されている沢木耕太郎さんの解説を引用すると、

言いたいことを言いたいように書く。容易そうに見えてこれほど難しいことはないのに、文筆家としての高峰秀子はいとも簡単にその困難を突破していってしまう。たとえ当人がどれほど苦しんで書いたとしても、簡単にやってのけているかに見せるだけの筆の軽さがあるのだ。

升田幸三実力制第四代名人が「将棋界きってのイジワルジジイ」と愛情を込めて表現されている。

実にうまいことを言うものだと思う。

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