谷川浩司棋聖(当時)「そのままバイオリンやってくれれば良かったんですけどね」

近代将棋1999年11月号、読売新聞の西條耕一さんの「普段着の棋士たち 関東編」より。

 8月某日

 全国高校竜王戦の取材で福岡へ出張。プロの将棋を毎日見ていると、アマチュア間ではどういう戦法がはやっているのか良く分からないので、この大会は参考になる。ユニークな選手歓迎会から振り返ると、昨年に続き、脚本家のジェームス三木さんが司会で佐藤名人(藤井竜王は順位戦のため欠席)、大会審判長の谷川棋聖、田中九段とトークショー。

 佐藤名人のバイオリンの話が秀逸だった。ジェームスさんが「小さい頃に始めて、そのままバイオリンの道に進もうとは思わなかったんですか」と聞き、佐藤名人が「いや、あくまで趣味ですから」と答えると、間髪をいれず谷川棋聖が「そのままバイオリンやってくれれば良かったんですけどね」と突っ込んで場内大爆笑。谷川棋聖がこうした三枚目のコメントをするのは珍しい。佐藤名人と谷川棋聖は(羽生-谷川ほどではないが)とても気が合うとは思えないが、名人戦を二年続けてフルセットまで戦うと何か通じ合えるものが生まれたのだろうか。

 もう一つ面白かったのが、田中九段が「昨日、佐藤名人は丸山八段を負かして連勝を18で止めました」と言うと、選手から「おおー」と歓声が上がったことだ。佐藤名人が思わず「驚かれるのは意外ですね」、谷川棋聖も「名人なんですからそれぐらいは当然ですよ」と二人そろってむっとしていた。そうは言っても高校生は正直である。

 この後、佐藤-谷川の模範公開対局になったが、佐藤名人が受け損なって、最後は大差で負かされた。打ち上げの後、佐藤名人、安食女流の3人とホテルのバーでワインを飲んだ。佐藤名人に「ところで、あの将棋って新聞に載るんですか」と聞かれたので「九州地区だけ大きく載りますよ」と答えると「ひどいね」と言って苦笑していた。

 さて大会の方だが、予選1回戦全26局の戦型を調べた。その結果、四間飛車(相穴、四間穴熊、立石流などいろいろ)15局、矢倉5局、三間飛車2局、相居飛車(相掛かりと横歩取り)2局、中飛車1局、相振り飛車1局だった。藤井竜王の影響はやはり大きいようだ。ただ、藤井システム自体は予選の3局を見た範囲では少なかった。30分切れ負けでは指しにくいのだろう。

(以下略)

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この前年、1998年の名人戦で谷川浩司名人(当時)は佐藤康光八段(当時)に敗れ、名人位を失冠している。

そして1999年、谷川浩司棋聖(当時)は名人戦で佐藤康光名人(当時)とフルセットまで戦うものの、名人奪還には失敗する。

「そのままバイオリンやってくれれば良かったんですけどね」という谷川棋聖の言葉は、絶妙のタイミングで語られたことがわかる。

そして、翌年、佐藤康光名人は丸山忠久八段(当時)に名人位を奪われることになる。

歴史の流れの中の、ある日の出来事。

そう考えると、結果論とはなるが、高校生たちの歓声は、時代を先取りしていたと言うことができる。

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1999年当時にアマチュアで多く用いられていた戦法。

今なら、中飛車、石田流、角換わり腰掛銀がもっと増えているのだろうか。

まだ、将棋倶楽部24ができる前の時代の話。

私が升田式石田流を多くやるようになったのは21世紀、将棋倶楽部24を始めてから。

それまでは大野流の▲5七銀型(△5三銀型)三間飛車ばかりだった。

アマチュア大会での戦法採用率の推移というのも、長い間記録を取り続けていれば非常に貴重なマーケティングデータになるのではないだろうか。

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