畠山鎮四段(当時)「佐藤さんや羽生さんは、僕らとどこが違うんですか。教えて下さい」

将棋世界1994年3月号、池崎和記さんの「昨日の夢、今日の夢」より畠山鎮四段(当時)の「昔もいまも『激怒男』」。

 畠山鎮が四段になったのは平成元年の秋、20歳のときだった。双子の兄・成幸との同時昇段で、”奇跡的な快挙”と棋界内で大きな話題になった。

 双子といってもウリ二つというわけではない。いや、はっきり言えば、二人はあまり似ていない。

 それでも当時は鑑識眼のない人がたくさんいて「兄弟の区別がつかない」と言うから、僕は「メガネをかけているほうが兄で、かけてないほうが弟」と簡単な峻別法を伝授していたのだが、いつのころからか兄がコンタクトに変えたので、この手も利かなくなった。

 では、どう見分けるか。きわめて簡単で、ジッと観察すればよい。すなわち、

  1. 色の白いほうが兄である。
  2. ジーパンをはいていれば弟である。
  3. ベージュのスーツを着ていたら兄だ。
  4. 口の悪いほうが弟である。
  5. 酒場にいたら弟である。

 他にも見分け方はいろいろあるが、これくらいで十分だろう。

 さて、畠山鎮である。

 今回、彼を取り上げるのは、最近の若手では珍しく、「はっきりモノを言う」棋士だから。

 おまけに畠山は、性格真っ直ぐ、主張鮮明、信念強固、ウラオモテなしの”正直人間”である。

 取材対象として、こんな気持ちのいい相手はいない。で、こちらの質問もストレートにぶつけることにした。

棋士は夢を見る

 インタビューは”昨日の夢”の再確認から始まった。

―四段になったとき、畠山さんは「将来の目標は名人」と言いましたね。

 あのときは最終的な目標という意味で言ったんですけどね。

―現在もそうですか。

 名人でも竜王でも、何でもいいんです。4つタイトルを取る、でもいい。とにかく一番強くなりたいと……。ただ、上位棋士の強さと怖さが、あのときよりは少しわかっている。だから、どこかでビビッている部分があります。

―スタートラインに立ったとき、ほとんどの棋士が「名人になりたい」と言う。でも、その目標を現在も持ち続けている人が何人いますかね。僕の印象では3割もいないような気がする。

 それはハタから見た感想でしょう。周囲が「こいつは全然、勉強不足で、本当に名人になろうと思ってるのか」と思ってても、本人は違うんですよ。たとえ遊んでいても、図々しいことに意識だけはある。みんなそうだと思う。

―そうかなァ。

 そうですよ。40代の人でも、50代の人でも。ただ、どこかでビビッて「オレなんかじゃダメだ」と思ったり、だらけグセがついたり……。長い間、報われなかったから、それに慣れ切ってしまって、という感じじゃないですか。

―夢を見てるんだ。

 見てますよ、絶対に。

―なら、いいんだけど。でも客観的に見て、絶対無理だろうという人はたくさんいますよ。そういうの、自分で気がついてないのかな。

 気はついてますよ。そりゃ。だって才能の違いとか、努力の違いとかを見せつけられて落ち込んでるわけだから。それでも、どこかでやはり、竜王戦優勝とか、全日本プロ優勝とか、みんな思ってるんです。

しんどいのは当たり前

 竹を割ったような性格とは、畠山のことを言うのだろう。思ったことを渋滞なく、スパッと言う。

 熱血漢である。正義の人である。

 この性格は奨励会時代から、ちっとも変わっていない。昔、「激怒男」と呼ばれた畠山は、いまも「激怒男」である。

 例えば、こんなことを言う。

「アマチュアの人は何を言ってもいいけど、プロ棋士が”羽生は強い、五冠王は間違いない”とか”だれそれは復活が近い”とか言うのはおかしいですよ。復活させるなよ(笑)。そう言うあんたが本戦に入って、たたけばいいじゃないか。だれにもチャンスはあるのに、チャンスがないように言うのはおかしいですよ。自分もお金をもらっているプロ棋士のくせに」

「生活のかかったC2順位戦で、対局中に雑談したり、ひんぱんに席を立ったりする棋士が多い。何を考えてるのかなと思う。雑談するのは不安だからです。張り詰めた雰囲気に身を置くことができないから。精神力がついていかないんですよ。いわば努力不足で……」

「ある棋士が”ベテランになると、多少雑談するのが調子を取るのにいいようだ。全くしゃべらないで指すのでは、集中力が続かない”と書いてたけど、違うんですよ。集中力が続かないなら、続けられるようにするのがプロでしょう」

 別に過激なことを言っているわけではない。畠山は”プロ意識”を問うているわけで、僕に言わせれば、まっとうな意見ばかりだ。でも畠山が何か言うと”過激発言”と受け取る人がいるらしく、それが僕には不思議で仕方がない。

 最近、畠山、某五段と飲む機会があった。以下はそのときの激論(といっても大したことはない)。

畠山「トーナメントプロは、対局がついたらいつでも戦えるスタミナがないとダメですよ。サラリーマンは毎日働いているのに、棋士が週2回の対局で忙しいなんて言うのは、とんでもない話です」

某五段「棋士よりサラリーマンのほうが楽ですよ」

私「何言ってんの。そんなことはないよ。あなたはサラリーマンの世界を知らないから、そんなことを言うんです」

某五段「会社によるでしょう」

私「あのね。サラリーマンは毎日出勤してるんですよ。行きたくなくても出なくちゃいけないの」

某五段「そりゃあ、しんどいかもしれないけど。でも畠山先生も自分から”棋士は楽”だって言うことないでしょう」

畠山「楽とは言わないですよ。一日だけ見たら、順位戦のほうがはるかにしんどいと思いますよ。だけど、しんどかろうが何だろうが、世間の8割の人は毎日、出勤してるんだから、”週2回の対局でしんどい”というのは……。だって、棋士は好きなことをやってるんですよ。しんどいのは当たり前じゃないですか。週2日、金もらって対局やらせてもらってるのに、しんどいなんて言う棋士がいるの、おかしいですよ。ただ、棋士はね、しんどくしようと思ったら、サラリーマンよりしんどいですよ。楽しようと思えば、サラリーマンより楽できるんですよ」

 かくのごとく、畠山はしゃべり出すと止まらない。別にアルコールが入っているからではない。シラフのときも同じなのだ。

 で、この夜の”結論”はどうなったかというと、とりあえず、こうなった。

私「まあ、棋士とサラリーマンを比較するのはナンセンスですけどね。性質が全然違うんだから」

畠山「棋士が卑屈になることはないけど、それにしても、ふんぞり返っている棋士が多いってことですよ」

 うーん、やっぱり激怒男だ。

強ければ勝つ

 インタビューに戻そう。

―順位戦が不調ですね。今期通算成績は20勝13敗で悪くないのに、なぜか順位戦だけが悪い。

 情けないです。よく言われるのは「力が入り過ぎてる」ってこと。自分でもすごく疲れて戦っているのがわかる。

(中略)

―棋士は順位戦を頑張るといいます。それは結局、お金(生活)のためですか。

 謙虚な人もいますよ。お金が欲しいというのと、最低限、奥さんと子供を養える生活がしたいというのは別でしょう。子供を普通に私立の高校か大学へ行かせて……という生活が、C級2組じゃ勝率7割ないとできないんですよ。そのために頑張るのと、お金のためと……。でも、僕は偽善者ぶらないから「お金のためにやってる」と言う。お金のためにやってないと言う人は、連盟にお金を返せばいいんですよ。そんなこと言いながら、みんなもらってるけど(笑)。

―順位戦と新聞棋戦とでは、対局中の気持ちが違うものですか。

 僕は一緒です。

―違うと言う人もいます。

 順位戦を勝つためには、順位戦以外の将棋も一生懸命、ギリギリで勝つクセをつけとかないとダメなんです。順位戦だけ本気を出すなんて、そんな器用なこと僕はできない。普通に週1局ペース以上で対局がついてるのに、棋戦によって対局態度が違うというなら、スポンサーに失礼だから「そういう棋士はやめなさい」と僕は言いたい。週1局を対局過多なんて言わないでしょう。僕は将棋を指すのが仕事ですから。それに、みんな勝つつもりでやってる。勝ったら毎日、対局がつくじゃないですか。大阪-東京の移動を別とすれば、僕は毎日(大阪で)対局でもいいですよ。月20局でもいい。僕、プロになってから、いま一番将棋が好きです。将棋を指したい、勝ちたいという意識が強い。

―いま羽生さん、佐藤さん、森内さんらが大活躍しています。同世代としては彼らをどう見てますか。

 その3人は才能があって、努力の仕方も全然違う。態度の悠然としてる。でも、やはり自分自身がふがいないです。いまの僕はまず、その3人と当たらなきゃ話にならない。当たるまで負けてちゃ話にならない。

(中略)

―いま恋人はいますか。

 それはノーコメント(笑)。

―畠山さんらしくないな。

 いや、どう返事してもまずい事情があるもんで……ちょっと勘弁して下さい(畠山はその事情を説明してくれた)。

―じゃあ一般論として恋愛の話をしましょう。僕は前から思っているんだけど、棋士には本当の恋愛は難しいんじゃないかという気がする。将棋という大きな核があるでしょう。棋士はその部分をまず確保して、残りの部分で恋愛してるような感じがする。そういうのって、相手にもわかるんですよ。

 そう。パワーの弱いのがね。恋愛はエネルギーがいりますから。僕の友だちで営業やってるサラリーマンがいるんだけど、いざとなれば仕事を放り出して女の子のところへ行ってる。こっちは公式戦のときなんか、図々しいことに勝ちたいと思って、他のことを忘れてやっちゃうじゃないですか。公式戦が近付いたら「今度の対局を勝ったらいくら入る」と考えて(笑)。やっぱり恋愛は控えておこうと必要以上にブレーキがかかっちゃう。

―女の子よりも将棋が大事。

 だって盤に向かったら、どうしても、そっち(将棋)へ行っちゃうんだから。

―僕だったら、もし目の前にステキな女性がいたらどうなるかわからない。仕事を捨てて、妻も捨て(笑)。でも棋士はおそらく、そういうの、ないでしょう。まず将棋ありき、だから。

 人間の意志って伝わるから。

―逆にいうと、どんな素晴らしい女性が出てきても捨てられない将棋というのがあるのは、僕はうらやましいと思う。普通はそんなの、ないからね。

 恋愛で将棋を捨てた棋士はいない。

―そうでしょうね。さらに言うとね、棋士にとって将棋がそんなに大きなものならば、もっと大事にしろ、本気でやれって僕は言いたいわけ。

 基本的にプロ棋士っていうのは、ファンの前で苦しそうな顔や不安げな顔を見せてはいけないと思う。それだったら子供が入ってこない。やっぱり、どこか華やかな部分がないと……。いま将棋ファンが減ってるのは、僕は棋士が一生懸命やってないからだと思う。10年後に不安を感じています。

―将棋界のこと?自分自身のこと?

 両方です。自分自身がどうなるかっていう不安もあるし、自分がいくら頑張っても10年後に将棋界がつぶれているかもしれないという不安もある。だけど人間というのは、どんな理想を抱いたかじゃなく、どんなことを成し得たかでしょう。将棋界が心配だ、心配だと言いながら、棋士が対局に手を抜いていたらダメなんです。

トップとの違いは?

 12月10日に、関西将棋会館の控え室で畠山と会った。佐藤康光が羽生善治から竜王位を奪取した日である。畠山は竜王戦の棋譜を見にきたのだ。

 控え室には畠山以外にも若手棋士が何人か来ていて、みんな新竜王の誕生に心を動かされているふうだった。新しいヒーローの誕生に、彼らがどういう感慨を抱いたか、僕は知らない。

 棋士たちが竜王戦の棋譜を並べているのを横から見ていたら、畠山が僕に「佐藤さんや羽生さんは、僕らとどこが違うんですか。教えて下さい」と言った。

 棋士から面と向かってこんな質問を受けたのは初めてである。

「アマチュアの僕にわかるはずがないじゃないですか」と言うと、畠山は「いや、池崎さんは羽生さんや佐藤さんの将棋を何回も観戦してるから、僕らよりわかってるはずです」と言った。

 僕はしばらく考えたが、結局、答えることはできなかった。

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畠山鎮四段(当時)の24歳の時の断章。

この後、畠山鎮四段は、自らもトーナメントプロとして昇級を重ねるとともに、2001年から9年間、奨励会幹事を務め、奨励会員を様々な面で指導。関西から多くの若手有望株棋士が生まれる土台を築いた。

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今日のNHK杯戦、平藤真吾七段-斎藤慎太郎六段戦の解説は畠山鎮七段。

現在の畠山鎮七段は激怒男などではなく非常に温厚な紳士。しかし、熱血漢であることは昔から変わらない。

畠山鎮七段にとって、愛弟子の斎藤慎太郎六段と関西研修会幹事を一緒に務めた平藤真吾七段の戦い。

見逃すことはできない。

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畠山鎮三段(当時)「優しさなんて捨てたい。僕は普通の男じゃないから」