随筆

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三浦弘行四段(当時)「今までの中で最大に待ったを許されたい事、否、恐らく生涯残念に思いそうな事があります」

将棋世界1994年6月号、三浦弘行四段(当時)のリレーエッセイ「待ったが許されるならば……」より。  高校二年生の時、クラスに学生にしては珍しく、非常に将棋に興味を持つ、アマ初段の生徒がいました。  彼は、当時奨励会二段だった私と、同じクラ...
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阪田三吉の憂鬱

将棋世界1973年1月号、故・五味康祐さんの随筆「ターチャンのこと」より。  中学2年(昭和10年)ごろ、北野中学生でターチャンという友人がいた。大阪で北野中学といえば秀才の学校である。ターチャンは西郷隆盛みたいに図体が巨きく、眉は黒々と太...
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佐藤康光八段(当時)の部屋で島朗八段(当時)が見たテレビドラマ

将棋世界1998年2月号、島朗八段(当時)の巻頭エッセイ「確率の問題」より。  この号は2月号。ということは本当の2月になった時、私は35歳を迎えるので結構こう書きながら驚いている。奨励会や若手の頃は35歳といえば随分先輩というかおじさんだ...
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浦野真彦六段(当時)の「待ったが許されるならば……」

将棋世界1994年8月号、浦野真彦六段(当時)のリレーエッセイ「待ったが許されるならば……」より。  徹夜で麻雀をして、通勤ラッシュに逆らって帰る。 マンションの入口で顔見知りの奥さんが数人立ち話をしている。制服を着た子供も一緒だ。どうやら...
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丸田祐三九段が釣りをやらなかった理由

将棋世界1983年1月号、能智映さんの「太公望は鳥を釣る」より。  将棋を趣味としている人口はおおよそ1500万人といわれている。では、釣りは―となると、ものの本には800万人と書かれている。将棋人口も、釣り人口も子供たちに普及し、近年どん...