羽生善治五段(当時)「そんなこと怖くて言えません」

将棋大賞最優秀棋士賞を19回獲得している羽生善治名人。

今日は、その第1回目受賞の時のインタビューから。

将棋世界1989年6月号、鈴木宏彦さんの「羽生善治、強さの秘密」より。

 年間対局数80局。年間勝数64。年間勝率8割。そして18連勝。どれを取っても、ため息の出そうな記録である。このすごい記録がわずか18歳の若者に平成になって初めての将棋大賞の最優秀棋士賞をもたらした。過去に無冠の棋士が将棋大賞に輝いた例はない。五段の棋士もいない、10代の棋士もいない。棋士になってまだ4年足らずなんて例もない。

 中原、谷川、島、南…。ライバルの有力候補達がそれぞれ決め手に欠けていたという意味もある。C級1組の羽生は一次予選から出場するから、B級以上の棋士に比べて勝ち数を増やす条件に恵まれているという意味もある。だが、現実に中原や南の二冠王を押しのけて将棋大賞を取ってしまったのは、やっぱり大変なことだ。

 現将棋界を震撼させる”恐るべき10代達”。その10代のさらに先頭を突っ走る羽生に徹底的アプローチ。

―将棋大賞受賞おめでとう。受賞の感想は?

羽生 ありがとうございます。感想は、うーん、タイトル戦にも出ていないし、昇級もしていないし、自分の成績が大賞にふさわしいものかどうか、考えてしまいました。嬉しいんですけど、素直には喜べないところもあります。

―昨年度の成績を自分ではどう思いますか?

羽生 数字的にはなにもいうことはありません。これで不満をいったら怒られてしまいますよ。ただ正直いって順位戦だけは上がりたかった。記録部門の四冠についてはいつの間にかそうなってしまったという感じで特に意識はしませんでした。最後の頃は新記録のこととか、8割を守ることとか少し考えましたけど。

(中略)

―羽生さんの将棋は一体どこが強いんでしょう。

羽生 序盤はうまくないし、中盤も終盤も大したことないし…要するに大したことありません。

―では弱点は。

羽生 人に聞かれたくないからいいたくありません。

―羽生さんはどんな戦法でも指しますよね、あれはなぜ。

羽生 なんでもやりたいから。それと一つの戦法にこだわるのは損だとも思っています。野球のピッチャーだってストレートしか投げられないのは損でしょ。

―難しい局面でも迷わずにずばっと指す。決断力がすごいですね。

羽生 迷っても仕方ないから指してしまうだけです。

―勝つこつを知っているといわれますが。

羽生 そういってもらえるのは嬉しいです。時間の使い方がうまいとかいわれることもありますけど、今の若手はみんなそうじゃないですか。秒読みは結構慌てる方だと思います。森内君みたいに中盤から秒読みにするようなことはできません。

―投げっぷりが悪いという声もありますが。

羽生 本当はあきらめてるんです。投げないだけで。

(中略)

―奨励会に入る前の研究量は。

羽生 家で本を読んで、土日は道場に通って、学校の勉強をしなかった分、将棋のことばかりでした。

―奨励会時代の研究量は。

羽生 学校へ通ってたんで普段は詰将棋を解くくらいでした。1日2、3時間は頭の中で解いていたかもしれません。

―小学校のころからどんな将棋も指したんですか。

羽生 はい。将棋雑誌なんかで覚えて。

―大山-升田戦とか、古い時代の将棋は。

羽生 恥ずかしいけど、全く知りません。

―本に載っていないような戦型を指す時は。

羽生 自分で考えて。四段になってからはどんな将棋でもそこそこは指せるという自信がついてきました。

 「羽生五段の戦型のレパートリーの広さにはいつも驚かされる」というのは谷川名人だ。そして「色々な将棋を試してみる柔軟な姿勢も羽生五段の強さの秘密であろう」という。

 「いろんな戦型を指した方が得」と羽生はいう。確かにそうだろう。だが知らない戦型を指すのは自分自身の不安も大きいものだ。だから大抵の人はつい慣れた形に手が向いてしまう。その点、羽生は確かに怖い物知らずである。これは年齢的なものではなく、性格的なものだと思う。

 大内九段と羽生の将棋。大内九段の先手で▲7六歩△3四歩▲5六歩△8八角成▲同飛△5七角と進んだことがある。この5七角戦法は大内九段の得意形の一つだ。勝負は終盤大内九段にミスが出て羽生の勝ち。終わってから「あの将棋はよく指してるの」と聞き、けろりとした顔で「初めて指しました」といわれたのには驚いた。

(中略)

 最近、将棋史研究家の越智信義さんにお会いした時、「羽生や森内が最近角換わり腰掛銀なんか指してるけど、ああいう昔流行した将棋を指すには大山-升田戦や山田道美が書いたものの研究を相当する必要があると思うんだ。その辺りのことを探ってほしいなあ」といわれ、羽生にはかなりしつこく聞いてみた。だが羽生の答は「昔の将棋は知りません。山田先生の本も読んだことありません」の一点張り。羽生の答を聞いても、なお越智さんは疑っておられたようだが、記者は羽生のいう通りなのだと思う。羽生は「知らない戦型でもその場で読んで指せなきゃプロといえないでしょう」ともいっていた。

 プロ仲間は羽生の将棋をどう見ているか―。

 谷川名人「彼は局面局面に応じて常に冷静に最善手を指せる。いい時、悪い時の指し方が自然に分かっている感じですね。ただ今のままずっと戦うのは不可能ですから。自分が受け身の立場に立たされた時にどうなるかです」

 中原王座「もう一つ正体がつかめていないんですよ。芹沢さんの評価が意外に低かったでしょ。それが当たるかどうか興味ありますね。でもまあ、一流の上の方には行きますよ。僕とか加藤一二三さんとか谷川さんとか、20歳くらいで強くなりきってますから、羽生君もあと2、3年で彼のトップに行きつくでしょう。その時が本当の勝負とは思っています」

 田中寅彦八段「どうもまずいなという気がします。あれだけ対局してて学校もあって、非常に忙しいはずなのに彼は自分の対局日以外でも連盟にきて人の将棋を見たりしている。集中力がすごいし、体も丈夫そうだし…。あんなに勝ってたらどこかで疲れるとは思うけど、強いのは確か。羽生に3連勝しているのは私だけ? 私は相手が強いと思った時は強いんですよ(笑)」

 島竜王「信念の将棋ですね。自分を信じているからあれだけ勝てる。天才コースだけど、中原、谷川とは少し違うような気もします。将棋に関してもっと図太いところもありますね」

 森内四段「攻守の見極めがいい。大局観がいいんでしょうね。昔からなかなか投げなくて逆転勝ちも多かった。弱点? あったら教えてほしいです」

(中略)

―今、研究会はどんなペースでしょう。

羽生 月に2、3回。メンバーはいろいろですが、塚田さん、島さん、室岡さん、森下さん、佐藤康光君、森内君…。それなりに勉強にはなっています。

―詰将棋はどのくらい解いてます?

羽生 1万局は行っていないでしょう。宗看・看寿ですか?解いてません。詰パラなんかを主に。詰パラは2、3日かかりっきりなら全部解けると思います。解く速度はプロの中では少し速い方かもしれません。でも詰将棋作家のかたの方が速いでしょう。創作はほんの少し。でも人に見せられるようなものじゃありません」

―トップ棋士と指してどんな印象を持ちましたか。まず大山十五世名人。

羽生 本当に大きな山というか…。攻めててもいつも不安にさせられる。かけひきやテクニックはとてもかないません。

―中原王座。

羽生 いつも悠然としていて落ち着きがあります。

―谷川名人。

羽生 スピード感があります。

―田中寅彦八段。

羽生 よく負かされます。いつの間にか苦しくなって攻めつぶされてしまう。苦手意識?少しあるかもしれません。

―米長九段。

羽生 手厚いです。小さなことにこだわらず大模様を張ってくる将棋。

―今、A級順位戦に入ったら何勝できますか。

羽生 そんなこと怖くていえません。実際やってみないと分からないし。

(以下略)

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「一つの戦法にこだわるのは損だとも思っています。野球のピッチャーだってストレートしか投げられないのは損でしょ」という言葉は、言われてみるととても説得力がある。

アマチュアで将棋を楽しむ分には、例えば私のように一つの得意な戦法を持ってそれだけを指すということでも、それなりに勝つことはできる。

しかし、プロとなるとそういう訳にはいかなくなる。

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大山-升田戦も調べたことがなく、山田道美九段の著書も読んだことがない中で、戦後に流行した角換わり腰掛銀を自分の頭で再構築していく。

持って生まれた才能に加え、このような鍛錬を積み重ねるのだから、鬼に金棒のような流れとなる。

PRESIDENT 2014年9月1日号に掲載された羽生善治名人のインタビュー『名人奪還、羽生善治43歳「若手に負けぬための秘密の習慣」』が、最近PRESIDENT Onlineで読めるようになったが、未知の局面に出合ったときの対応力ということで、まさにこの辺のことが出てくる。

「私たちはアナログで育った世代ですから、基礎や土台のつくり方を見ていますし、大変な労力と時間を使って自身でつくってきているわけです。それはある意味で、私たちの世代の強みかもしれません」と語る羽生名人。

詳細は以下のリンクをご覧いただきたいが、羽生名人が10代の頃から続けてきた習慣だ。

羽生善治「若手に負けぬための秘密の習慣」(PRESIDENT Online)