羽生善治前竜王(当時)「最近、若手棋士がグループでスキーに行ったりしています」

将棋マガジン1991年4月号、羽生善治前竜王(当時)の「羽生善治の懸賞次の一手」より。

 最近、若手棋士がグループでスキーに行ったりしています。私も行きたいと思っているのですが、なかなか暇がありません。

 スキーをしたのは、生まれてから1回きり。高校生の時、修学旅行で秋田と岩手の県境、八幡平で滑っただけです。

 10人位のグループで、インストラクターに教わりました。最初は全くダメでしたが、2、3日目には何とか降りてこられるようになりました。

 今では、すっかり忘れてしまったでしょうね。若いうちに是非やりたいと思っているのですが。

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ずっと山にこもってスキーというのが、楽しい修学旅行なのかどうかはわからない。

ただ、非日常の環境で同じ学年の友達と一緒にいるだけで楽しい、ということもあるのかもしれない。

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きっと羽生善治九段は、この後、現在に至るまで、スキーに行く機会は全くなかったのではないかと思う。

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下の写真は、将棋マガジン1991年4月号、林葉直子女流王将(当時)の「私の愛する棋士達 中井広恵女流王位の巻」で掲載されたもの。

前列左から、山田久美女流二段、中井広恵女流王位、林葉直子女流王将、後列右から小倉久史四段、先崎学五段、中田宏樹五段(タイトル、段位は当時)。中田五段の左側の男性が誰なのかはすぐにわからない。

どちらにしても、「最近、若手棋士がグループでスキーに行ったりしています」という一つの事例だ。

 

「将棋指しは、なにがあろうと、勝ってさえいれば仕合わせな人種である。負けては、女性にもてても、金をもうけても、子供が生まれても、名声を得ても、おもしろくない」

将棋マガジン1991年2月号、河口俊彦六段(当時)の「対局日誌」より。

 A級順位戦の、谷川-真部戦はとっておきの一局。

(中略)

 ▲6一飛と打って金取り。誰もが△5二銀と受けると思った。

21図からの指し手
▲4六馬△4一飛成▲4三桂(22図)

 この局面はいろいろなところで紹介した。いくらいい手でも、何回も書いているうちに感激がうすれてくるものだが、△4六馬はちがう。ますますよく見えてくる。

 そもそも金を王手で取らせる、の着想が浮かばない。竜王戦第5局の最後も同じだったが、感覚が余人と全然違うのである。これこそ、谷川でなければ指せない手であった。先崎の言いぐさじゃないが、並の棋士より大駒一枚強い。

 △4六馬は次に△3七銀と打ち込みを狙って一手すき。それだけの詰み筋だから受けがありそうだが、▲3七銀は△2四歩があって受けたことにならない。

 よって、金を取らせても△4三桂で、谷川が勝ちなのである。

 真部も竜王戦のときの羽生も、本筋の指し方をつづけた。真正面から戦ったから谷川に斬られたとも言える。終了は午前0時9分前。真部の残り時間は1分だった。全力を出し尽くしたから悔いはない、ということはなかろう。負けは負けである。感想戦を終えて立ち上がろうとしたとき、真部はよろめいた。苦笑しながら「このごろ酒が弱くなった。すぐ酔っ払ってしまう」と呟いたが、私には返す言葉がない。

 将棋指しは、なにがあろうと、勝ってさえいれば仕合わせな人種である。負けては、女性にもてても、金をもうけても、子供が生まれても、名声を得ても、おもしろくない。真部にすれば、今は人生でいちばんつらい時であろう。

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21図。後手の持ち駒に銀が3枚もあるのだから、△5二銀と打っておいて、それから…と考えそうなものだが、ここから△4六馬。

金を王手で取らせるのも驚きだが、馬1枚だけで先手が寄ってしまうのももっと驚きだ。

最短距離で勝ちに行く谷川将棋の真髄と言って良いだろう。

河口俊彦六段(当時)が「何回も書いているうちに感激がうすれてくるものだが、△4六馬はちがう。ますますよく見えてくる」と書いているが、まさしくそう感じてくる。

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真部一男八段(当時)がA級順位戦で0勝6敗の時の一戦。

「将棋指しは、なにがあろうと、勝ってさえいれば仕合わせな人種である。負けては、女性にもてても、金をもうけても、子供が生まれても、名声を得ても、おもしろくない」

は、かなりな名言だと思う。

 

「彼が名人になるのはむずかしいんちゃうか、正直いってそう思ってます。とはいえ、私が名人になる可能性よりは強いでしょう(笑)」

将棋マガジン1987年7月号、「第45期名人戦解説会レポート 内藤九段を質問攻め」より。

内藤「将棋の解説の方は、この後の若い小林八段にまかせて、ちょっと盤上から離れた話、また質問がありましたら何でも答えます」

ファン「先生にとって、今日の両対局者はどのような存在ですか?」

内藤「私が亡くなりになった山田道美九段と、棋聖戦の挑戦者決定戦を戦ったことがありまして。その時に、背筋をピンと伸ばして正座を崩さずに記録をとっていたのが、当時の中原誠奨励会三段でした。一方の米長邦雄奨励会員は、おおあぐらをかきまして、しきりに頭をかいているんです。しまいには新聞紙をひろげてフケを集めだしました(笑)。いやあ、態度が大きい大きい。しかし、不思議と憎めない感じがしました。名人戦の立会人をつとめるのは今回が初めて。自分の記録をとった両者の立会人とは、私も歳をとったもんですね(笑)」

ファン「最近、酒を絶っているといううわさがありますが?」

内藤「絶っていません。ただ量はへらしています。17歳のとき藤内先生につれられて初めて飲んで、もう30年も飲み続けてきたんで、1年ぐらい休憩してもいいかと思っています。お酒はお金がかかって、時間使って、神経使って、評判落としますからね(笑)」

ファン「私は谷川九段の大変なファンですが、名人にカムバックできるのでしょうか?」

内藤「私はアントニオ猪木の大ファンですが、彼がなぐられると痛々しく感じて仕方ないんです。谷川君は彼が8歳の頃から知ってまして、身内意識からか、やっぱり痛々しくてたよりない感じがするんです。将棋だけが単に強いというのではなく、相手に嫌気をおこさせて頑張らせないようにさせるような雰囲気を持つことが必要ですね。ところが、それが彼には全然ない。きれいすぎるんです。もうちょっとそういう面がなければ、彼が名人になるのはむずかしいんちゃうか、正直いってそう思ってます。とはいえ、私が名人になる可能性よりは強いでしょう(笑)」

(以下略)

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「将棋の解説の方は、この後の若い小林八段にまかせて、ちょっと盤上から離れた話、また質問がありましたら何でも答えます」が、いかにも内藤國雄九段らしいサービス。

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「お酒はお金がかかって、時間使って、神経使って、評判落としますからね(笑)」

神経を使うか、評判を落とすか、はケースバイケースとして、お金と時間を使うのは確かなことだ。

とは言え、目に見えない何かが人生の肥やしや芸の肥やしになっているのだと思う。思いたい。

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「将棋だけが単に強いというのではなく、相手に嫌気をおこさせて頑張らせないようにさせるような雰囲気を持つことが必要ですね。ところが、それが彼には全然ない。きれいすぎるんです。もうちょっとそういう面がなければ、彼が名人になるのはむずかしいんちゃうか」

という話はあったが、この翌年、谷川浩司九段は名人を奪取することになる。

相手に嫌気をおこさせて頑張らせないようにさせる大山康晴十五世名人、相手に闘志を燃やさせない中原誠十六世名人。

強すぎるので嫌気が起きる、ということもあるだろうが、「北風と太陽」で言えば、大山十五世名人までが北風路線、中原十六世名人以降が太陽路線になったと考えることができそうだ。

 

「羽生が気持ちよさそうに将棋を調べている。満点の答案をさっさと出して、校庭で遊んでいるようなものだ」

将棋マガジン1991年10月号、河口俊彦六段(当時)の「対局日誌」より。

午後3時

 数ある好取組のなかで目をひくのは、羽生-西川戦。終了は深夜と見ていたがそうでない。

 1図でひどい手が生じた。先手の狙い所が判りますか?

 ▲8五歩と打ち、次に▲8六飛(西川はそう予想していたにちがいない)と回るのは、好着想だがパンチに欠ける。

1図からの指し手
▲7一角△8三飛▲8四歩△同飛▲8五歩△8三飛▲8六飛(2図)

 ▲7一角と、この一発で終わってしまった。よくある筋だが、こう打たれて西川もバカバカしくなったろう。駒をタダで取られたり、トン死を食ったりのポカはたくさんやっているだろうが、それでも力を出した、の救いがある。いつも真剣に指す、それが西川の身上だ。まして羽生が相手なら、期すものがあった。体調をととのえ、作戦を立て、準備を十分してきたはず。それがすべて無。バカバカしいとしかいいようがないではないか。負けるとすぐ帰ってしまった気持ちもよく判る。

 ▲7一角に△7二飛は、▲8六飛△7一飛▲8二飛成が両取り。防ぐなら△6二角だが、▲8四歩でどうにもならない。

 で△8三飛と逃げたが、歩を叩かれ、2図となっては受けなしである。▲

 2図以下は△9五角▲9六飛△9四歩▲9五飛△同歩▲7二角(3図)。

 ここで西川は投げた。

午後8時

 羽生が気持ちよさそうに将棋を調べている。満点の答案をさっさと出して、校庭で遊んでいるようなものだ。

(以下略)

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私のような昭和のアマチュア振り飛車党だと、1図からの第一感は、やはり▲8五歩~▲8六飛。

▲7一角が浮かんだとしても、△7二飛▲8六飛△7一飛▲8二飛成△6二角、で角損の割には大した戦果があがらないと、ここで読みを打ち切ってしまう。その後の▲8四歩があるのに……

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それにしても、羽生善治棋王(当時)の攻めの破壊力が凄い。

「羽生が気持ちよさそうに将棋を調べている。満点の答案をさっさと出して、校庭で遊んでいるようなものだ」と河口俊彦六段(当時)が書くほどの快勝パターンだ。

一般的な話で、一人で校庭で遊んで楽しいかどうかという議論は別として。

 

藤井猛四段(当時)「好きな食べ物は肉類。嫌いな食べ物は納豆」

将棋マガジン1991年10月号、「ひと口メモ 藤井猛四段」より。

 スポーツは、特に、これといってはやりませんが、プロ野球の観戦は大好きで、中日ドラゴンズの大ファンです。

 映画はビデオでよく見ます。洋画がほとんどですが、カンフー映画も好きです。

 読書は、何でも読みます。

 今はまだ将棋一本槍なので、特に趣味と言えるようなものはありません。

 好きな食べ物は肉類。嫌いな食べ物は納豆。

 ためになった将棋の本は特になし。

 出身地は群馬県沼田市。現住所は東京都三鷹市です。

(談)

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藤井猛四段(当時)がデビューしたばかりの頃の談話。

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「好きな食べ物は肉類。嫌いな食べ物は納豆」

Wikipediaを見てみると、現在の藤井猛九段は、好きな食べ物はうどん、嫌いな食べ物は納豆と梅干し、と書かれている。

たしかに、一番好きな食べ物は年齢とともに微妙に変わっていくこともあるが、嫌いな食べ物はまず変わることがない。

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納豆は、平安時代には既にあったとされている。

「初めて納豆を食べた人と、初めてナマコを食べた人、どちらが勇気があるか」という問題があったら、かなり悩むと思う。

さらに、これに飯寿司、筋子、たらこなどが加わったら、相当な難問になる。

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カンフー映画の代表的作品といえば『燃えよドラゴン』、中日ドラゴンズのファン、そして竜王3期獲得と、藤井猛九段は「竜」と非常に縁が深いということがわかる。

 

将棋ペンクラブ末席幹事による将棋ペンクラブ非公認ブログ。近代将棋に連載していた「将棋ペンクラブログ」のネット版です。