金銀4枚無傷の左美濃を一手で崩壊させた大山康晴十五世名人

1983年の王将戦七番勝負第1局の米長邦雄九段-大山康晴王将戦。

1図は大山王将の△4五馬に対して、米長九段が69分の長考で6九の金を▲7九金と寄ったところ。

ここで大山王将が、金銀4枚の先手の堅陣を一手で崩壊させる絶妙手を放つ。

大山妙手1

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将棋世界1983年3月号、故・井口昭夫さんの第32期王将戦七番勝負第1局観戦記「怪物大山緒戦に快勝」より。

 つづく大山の△4五馬が好手で、米長は「分からなくなった」。69分の長考で▲7九金と寄ったが△8六桂(2図)が痛烈をきわめた。

大山妙手2

 この手に控え室は騒然となった。口々に「こんな手があっては(終局は)夕食前だ」と言う。控え室の予想では、この手で△7四桂▲5七銀△6六香で後手よしだったが、大山の説明では「△7四桂▲7五銀△6六香▲同金△同桂▲同銀△7八馬▲同金△9七銀▲同玉△9九竜▲9八香△9五歩▲8五桂△8四香でスレスレの勝負」になるそうだ。感想で大山は「あそこで行かないと長い将棋になると思った。△8六桂と打って少しいいと思ったと語っている。

2図以下の指し手
▲8六同歩△8七香▲同銀△7九竜▲同玉△6七馬(3図)

 △8六桂▲同歩△8七香▲同銀となったとき、△7九竜と先に竜を切ったのが好手。米長は△6七馬と思っていたようだ。しかし、それだと▲6九香でがんばる手が生じる。竜を先に切ったので大山は金2枚を手にし、ひたひたと米長玉に迫る。

大山米長1

3図以下の指し手
▲7八飛△6六馬▲6八香△5七馬▲5九香△4六馬▲5八桂(4図)

 ここからの米長のねばりがすごい。81手目の▲7八飛が受けの好手でこれ以外、例えば▲6八飛は△5六金で駄目になる。ただし次の米長の手▲6八香は、米長自身「▲6九香だったか」と後悔している。▲6九香に△5七馬なら▲8八玉と逃げる。

 米長は守り一方に見えるが、反撃に移れば大山陣にも欠陥がある。87手目米長の▲5八桂がクセモノで、△4五馬なら▲6六桂ととび、次に▲7四桂打という必殺のツナギ桂を見ている。▲5八桂で大山は一瞬「逆転されたか」と思ったそうだ。

大山米長2

4図以下の指し手
△5六馬▲6六桂△同馬▲同香△6七金▲5四歩(5図)

 夕食をはさんで大山は50分考え、再開後△5六馬としたが、読み切っていた。▲6六桂に△同馬と切って反撃の根を断ち、▲同香に△6七金とスッポンのように食いついた。大山は「馬を逃げようかと思ったが、大駒全部捨てても、金銀で食いついていこうと決意した。時間が2時間を切っているので受けに回るのは苦しい。時間があれば別の道を選んだかもしれない」と言う。

大山米長3

5図以下の指し手
△7四桂▲1二角△4五歩(6図)

 93手目▲5四歩を米長は敗着と見る。

「この手で先に▲1二角△6六金▲5四歩△同歩▲4六角△6二桂▲5八桂で長い将棋になるが、こちらは駒損をしていないので指せる」と米長。大山はこれに対して「こちらも悪くない。この形は安心だ」と不同意。面白いことに意見が分かれている。

 大山の△4五歩が妙手。▲同角成なら△6八金打▲同飛△同金▲同玉△4八飛の両取りねらいだ。米長は▲8八玉とその順をさけたが、こうなってはもう時間の問題となった。

大山米長4

6図以下の指し手
▲同角成△6八金打▲同飛△同金▲8八玉△7九銀▲9八玉△4七飛(7図)

 大山は「湯のみが小さいのでノドがかわく」とお茶を所望。米長はずっと正座の姿勢をくずさず、時折扇子を膝に立てて読みふける。大山の口から「うーん」とか「チッ」というつぶやきに似た音がもれる。

大山米長5

7図以下の指し手
▲5七桂△9五歩▲9七角△4八飛成▲7九角△同金▲5八金△4五竜▲同桂△5六角(投了図)
まで、114手で大山王将の勝ち

 104手目△4七飛が決め手だろう。最後は即詰みではないが、もはや望みがなく、午後8時57分、米長は「負けました」と投了、大山は「どうも」と応えた。

「投了図を見ると、私のほうが随分いいように見えるでしょうが、内容はそうではなくスレスレの勝負でした」と大山は控え目に語った。

 一昨年は米長1勝のあと4連敗、今年は大山1勝のあとどうなるか。

 その夜、米長は珍しく麻雀を半荘打ち、のっけから面前清一色であがって度肝を抜き、大勝して引き揚げ、翌朝は大山のお株を奪って夜の明け切らぬうちに宿を出たとか。

大山米長6

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米長邦雄九段が69分の長考で指した▲7九金が絶妙の△8六桂を招いてしまったのか。

△8七香と打たれては、先手の6七金か7九金が必ず取られてしまう。

△8六桂▲同歩の後の形なら△8七香は次の一手として頭に浮かんでくるが、1図で△8六桂を発見するのは難しい。

受けの名人と言われた大山康晴十五世名人の鋭い攻めの一手。

米長邦雄九段の必死の粘りも迫力がある。

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昔、受けが弱いので受けが強くなるような本を買おうと思い、書店へ向かったことがある。

しかし、相手の攻めを読めなければ的確な受けもできない、受けに強くなるにはより攻めを強くしなければならない、と考え、結局は攻撃力を高めるような本を買ってしまった。

当時は受けに関する本が少なかったのでこのようなことになったのだが、どちらにしても、受けが強い人は本当は攻めも強い、この時に初めて気がついたことだった。

大山十五世名人の△8六桂を見ると、そのことがより一層強く感じられる。