森下卓六段(当時)の、次の一手のような手が連続する絶妙手順

将棋世界2001年4月号の、アサヒスーパードライの広告「キレ味。この一手。 第7回 森下卓八段」より。

 平成元年、第2期竜王戦本戦で中原誠永世十段と対戦した。これに勝てばベスト4という大きな一番だが、ここまで私は中原先生に3局対戦して3連敗という成績。当時、棋聖と王座の二冠を持つ中原先生には、正直言って勝てそうな気がしないまま盤の前に座ったのを覚えている。

 矢倉になり、後手が5筋の歩を角で交換してくる「中原流」から金取りに桂を打たれたのが図の局面。

 ここで▲6七金引と逃げていては△6六歩と押さえられ、▲5七金でも▲7七金寄でも△6五桂で後手の攻めが調子づく。ただ、私は図の局面で「何かある」と感じていた。図から▲5五金△同銀左▲同銀△同銀▲2五飛△5三歩▲8三銀△5二飛▲7四銀成△同金▲5三角成△同飛▲2二飛成。金損覚悟の▲5五金がキレのある一手で勝ちを収めることができた。▲2五飛の十字飛車が厳しい攻めで5五の銀取りを受けると▲4二銀だ。

 ▲5五金は今でも忘れられない会心の一手である。

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広告の限られたスペースなので棋譜の占める割合が多く、手のイメージを掴みづらいが、盤に並べてみると、一連の手順の素晴らしさがよくわかる。

図から▲5五金△同銀左▲同銀△同銀の清算後、▲2五飛と飛び出したのがA図。

銀取りだが、△6六銀などとすると、▲4二銀と打たれ、

  • △同飛なら▲同角成△同玉▲2二飛成
  • △5二玉なら▲2二飛成
  • △3二玉なら▲3三銀成△同角(または△同玉)▲2三金

と後手は必敗形となってしまう。

そういうわけで、A図から後手は▲4二銀を防ぐ△5三歩。

ここで指されたのが▲8三銀!(B図)

森下卓九段の師匠、故・花村元司九段が1972年のNHK杯戦(対 中原誠名人)で敵飛の頭に単騎放った鬼手▲8三銀を彷彿させるような一手。

△同飛は▲2二飛成があるので、角成を受けながらの△5二飛。

そして▲7四銀成が、6三の金を中央の守備から剥がす妙手。

△同金▲5三角成でC図。

飛車をどこに逃げても▲6三馬の王手金取りが残るので△同飛。先手は▲2二飛成と角を取りながら急所に飛車を成り込む。

あまりにも見事な絶妙の手順。