「序盤が下手、中盤が非力、終盤がぬるい」

将棋マガジン1985年4月号、米長邦雄四冠(当時)の「本音を言っちゃうぞ! 第8回 大山康晴十五世名人を語る」より。

米長 とてもこのような将棋は俺には指せないね。しかし、しかしだね、この当時(昭和40年頃)の大山康晴先生の将棋のプロ間での評価というものを読者諸兄はご存知であろうか。大山将棋は研究の結果、序盤が下手である、ということが証明されていたんだ。最近もどこかで似たようなことを聞くが(笑)、大山康晴は序盤が下手である、とね。

 対して升田幸三は序盤が天才的である、と、こういうふうに言われている。では、中盤の読み比べはどうか。前名人の木村義雄。この人の読みの深さ。これにはとてもかなわない。大山は非力である、と。なんや爺くさくて(笑)勢いのない将棋ではないか、と、こういう評であった。

 終盤はどうかというと、これもまた、寄せの塚田がいてだね、なんやとろい(笑)と。勝ちが分かっているような局面で、形勢不明にまでするようなぬるさ、とろさがあるじゃないか。というようなのが大山将棋の全体像、いや、部分像だね、部分像。ようするに序盤が下手、中盤が非力、終盤がぬるい。こういうのを普通、ヘボというんだ(笑)。ヘボとね。みんなそう思っていたんだな。で、私が思うには、大山将棋の本当のところは、普通のプロ棋士では理解しがたい勝負哲学に支えられた将棋なんだ。ここに気が付かない限りは大山将棋を倒すことはできないんだ。だから盤上一筋に大山将棋に立ち向かっていって、それがはね返されるというのは、盤上の技術もさることながら、それを支えている勝負哲学にやられていることになる。そういうケースが非常に目立つ。だから、誰しも大山康晴さんと闘ったときに、強い、という感じは与えられなかった。今度やれば勝てるんじゃないか、と。あそこでこうやれば勝ったんじゃないか、勝ちになったじゃないか、というような将棋ばっかりで、一方的に木端微塵に潰されたのと違って、今度闘えば勝てるんじゃないか、と希望を抱かせる将棋。これが大山将棋の一大特徴で、ようするに他のプロではあの強さが理解できなかった、ということだね。

(以下略)

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大山将棋を讃えているのかこき下ろしているのか分からなくなるような文章だが鋭い分析だ。

要は「自分には大山将棋の強さが理解できる」ということを書いている。

追記もあって、これも大胆なアプローチ。

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追記

米長 これだけの大先生を私はどういうふうに思っているのでありましょうか。私は大山康晴さんは好きではありません(笑)。あの人が一番好きじゃなくて(笑)二番、三番とずーっといなくて七番目くらいに顔をだす(笑)のかな。

 しかしながら、ここ数年間の大山会長。十年以上続いているのかな、大山会長で。私は一番の支持者である。私は大山会長でなければならんと、他の棋士を説いてまわり、大山会長の体制を陰ながら支えている。

 大山康晴は将棋界の至宝であってね、個人的な感情、好き嫌い、そんなことを出すべきではない。一棋士として大山会長のいる理事会には全面的に支持、応援をしているつもりなんだ。だから、私は去年などは対局に忙しく追われていたけれども、依頼された将棋まつりは全部出た。

 これも、大山先生が会長をしているからでね。頼まれた色紙は全部書いた。連盟からの仕事は全部お引き受けした。全て大山康晴が会長だからである。ときどきわけの分からぬ若僧がなまいきなことを言えばおこることもあるがね(笑)。いつまでも元気で将棋界の為に尽くしてもらいたい。

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大山会長を支持しているのか支持していないのか分からなくなるような文章。

「ときどきわけの分からぬ若僧がなまいきなことを言えばおこることもあるがね」は、次のことを指している。

初代・対局中外出禁止令

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この記事の最後に、大山康晴十五世名人からのコメントが載せられている。

大山十五世名人のコメント

米長さんは四冠を獲得し、今、最も充実している棋士と思います。私の経験からも、40歳くらいが指し盛りの年齢だと思います。

ライバルというのは大切で、私も升田さんというよきライバルがいたからこそここまでやってこられたと思っています。

米長さんもこれから中原さんというライバル、また谷川さんという若手としのぎを削っていくことになるでしょうが、注目していきたいと思っています。

米長さんも多忙なようですが、将棋界の為にこれからも活躍してください。

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米長邦雄四冠(当時)のこの文章を全く内容を読んでいないか、あるいは完全にスルーして話しているような大山康晴会長の談話。

この辺のやり取りの妙も面白い。

 

 

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