将棋会館が建ってから最低でも12年は続いていた恐ろしいジンクス

将棋世界1988年4月号、駒野茂さんの「関東奨励会レポート」より。

 千駄ヶ谷に今の会館が建ったのは、昭和51年。それから現在に至るまで、色々な話が出来た。その中の一つを。

 級位者の部屋。幹事の席から見て一番左奥の、床の間を背にした席のことを”のろわれた場所”と、こう呼んでいる。

 なぜ、こう呼ぶのか? その理由は、この席を定位置として座った奨励会員が、51年の時から、ただ一人として四段に上がっていないからだ。人によっては”外人コーナー”と呼んだりもしているが、これは、プロレス好きの人がその席で、ロープにもたれているように座っていて、それを見てこう思ったのだろう。

 この話を、そこに座っていた渡辺1級にしたら、スルリ、と横にスライドした。その後、諏訪部4級が座ったので、この話を聞かせると、彼はどこうともしなかった。”俺にはジンクスなどない”こう言いたげであった。

 51年から続く、この恐るべきジンクスを、果たして、諏訪部4級は打ち破ることが出来るであろうか。

(以下略)

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諏訪部浩一4級はこの時18歳。大友昇九段門下で郷田真隆九段とは兄弟弟子。

翌月号の奨励会の成績表から名前が消えているので、この日が最後あるいはラス前の例会だったと思われる。

「”俺にはジンクスなどない”こう言いたげであった」と書かれているが、「ジンクスをはもう関係なくなる」あるいは「ジンクスをより強固なものにしてやろう」とも考えてみたくなる局面。

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諏訪部浩一4級は、その後、上智大学文学部英文学科に入学、2002年東京大学大学院人文社会系研究科英文学専攻博士課程中退、2004年ニューヨーク州立大学バッファロー校博士課程修了、Ph.D.を取得。現在は東京大学大学院人文社会系研究科准教授となっている。

諏訪部さんは、2014年王座戦第3局で観戦記を担当し、その期の羽生善治王座防衛の就位式では祝辞を述べている。

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いろいろな理由があるのだろうが、「繁華街の中なのに、この場所で店を開くと2年以内に閉店してしまう」「この場所ではよく交通事故が起こる」という場所が存在すると聞く。

「この席を定位置として座った奨励会員が、51年の時から、ただ一人として四段に上がっていない」というジンクスが今も続いているのかどうかはわからないが、最短でも17年続いていたわけだから、すごいことだ。

将棋会館が新しくなっても、このようなジンクスが生まれるのかどうか。

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「この位置は郷田九段にゲンのわるい席のはず、と言った人がいる」

 

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