升田幸三実力制第四代名人「おっと、こんなこと教えちゃいかん。今ので実力四段が五段になってしまう」

将棋マガジン1987年5月号、「升田幸三、登場!!全日本プロトーナメント三番勝負〔中村修王将-大内延介九段〕を斬る 大内の腕力、勝りけん」より。記は中野隆義さん。

この記事に掲載の升田幸三元名人の写真。

〔第1局〕

―序盤は、中村王将の居飛車対大内九段の中飛車というすべり出しとなりましたが。

升田 この辺は別にどうということはない。

 ウン?……▲7七角(1図)ね。ここでは、こういう手段もある。▲6六角と上がる。これで△6四歩と来ればね、▲8八銀△6三銀▲7七桂で、△6五歩には▲5七角△2二飛▲8五桂(参考図)と、ハシに桂跳んで行く。これでもうハシは受けが効かない。次は▲9三桂成と成って行くからね。

―すごい速攻ですね。

升田 こういう手は教えちゃいけない。新手一生の升田定跡。今日はマガジンの読者に特別サービスということだ。八段やそこらに教えるとすぐ流行りだすからいかん。

―▲7七角以下、本譜は△6四歩▲8八玉△6三銀▲7八銀△7四歩と進みました。中村王将は左美濃作戦です。先生も左美濃はよく指されたようですが。

升田 まれにはやりましたが、それも相手の構えによるということでね。相手がうつむいとるのに前から槍持ってってもうまくいかん。そういう時はうしろから行くと、いろいろあるんだ。

 中村っつうのは強いじゃないか。

―どういったところがでしょう

升田 訳が分からずにまねしとる(笑)。まねができるようになったら大したものだ。弱いのはまねすらできん。

 まあ、左美濃に組んだのは、ハシの位が大きいからこれでもエエ。

2図以下の指し手
△5一飛▲8六歩△8四歩▲8七銀△5五歩▲同歩△同飛▲5六歩△5一飛▲7八金△4五歩▲5七銀△5四銀左▲3六歩△6五歩

ギクシャクしとる

升田 △5一飛。これはかしこいね。相手の出からを見るということでね。こっちは様子を見られとるわけだな。5筋の歩をかえられて、どうも調子が良くないね。こっちの方が。駒がギクシャクしてね。

 △5四銀左と、この銀をさばかれると具合が悪いんです。こうなるとこっちがやりにくい将棋だね。これで6五突かれた時、取ることができんようになったら大変なことになる。

―5四銀左▲3六歩としてから後手は直ちに△6五歩と攻めてきました。

升田 うん。こっちとしては▲6五同桂と、先に桂馬の方で取りたいが、この場合はタダ取られになってしまう。ここでは、後手に指し回されているな。

3図以下の指し手
▲3五歩△同歩▲2七飛△5八成桂▲6七飛△6八歩▲6五歩△6九歩成▲6四歩△同銀▲同飛△6三歩▲6七飛△7九と▲同金△3八角▲7五歩△6四桂▲(4図)

先手がせかされとる

升田 ここ(3図)では先手もほっておくわけにはいかんね。△5七歩とかいろいろあるからね。何かせにゃならん。そこで、▲3五歩、▲2七飛と動いたと。

 飛車回って▲6五歩と突き出してとね。フッフッフ、なかなか頑張っとるね。銀取った後、△6三歩に飛車引くところは▲7四飛と行きたいけど、無理だね。▲6七飛か。ここで△7九とは今取らんと、5七に角を逃げられると桂との交換になるからね。銀桂持たすとあれ(後手玉を指して)が大ていおかしくなる。

―このあたりの形勢はどうでしょうか。いい勝負でしょうか。

升田 いい勝負とは思えんな。こちらが何とか行かなならんが、手駒が足りない。△6四桂(4図)はきついね。

 ▲6六金△5六歩。これで歩を成られたら終わりだからね。▲6六金と逃げる手でかまわんと▲7四歩としたいが△5六桂▲7三銀△同金▲同歩成△同玉▲7四歩△6二玉▲7三金△5二玉▲6三飛成▲4二玉で無理と見たんだろう。そこで、いったん辛抱してとね。

―△5六歩と垂らされた後は、▲3七飛△2九角成▲7四歩△5七歩成▲7三銀と進みました。

升田 イヤらしく指さんとね。王さん薄くして、▲3四歩と角を追ってから▲6五歩ね。△7六歩で銀を取られるのは痛いが、桂を持って5四に打つのを狙っとる。

 そこで△5五飛か、なかなか向こうも素早しっこいな。ま、▲5六歩。

―▲5六歩(5図)から▲5六歩△4五飛▲同歩△5六馬▲7三歩成△同玉▲5二飛△6一銀と進行しました。

升田 △4五飛と切って△5六馬はキツイね。こっちはそれ見落としたんじゃないのか、飛車逃げるくらいと思っていてね。

 ▲7三歩成と成ったのか、金打ったんじゃ△5三玉で王様を入ってこられるからね。打ったんじゃだめだから成ったと。これなら取るわな。

 △7三同玉に▲5二飛か。△6一銀と当てて受けられて忙しいね。

―▲5二飛では、▲6一飛と打てば大変だったという局後の感想がありましたが。

升田 ………なるほど。こう打たれると容易じゃないな。ハシの歩を突き越しとるのが大きくなってくる。時間はないのかね。

―ここでは、中村王将が24分。大内九段が35分です。

升田 持ち時間が少ないんなら後手も大変だったろうね。

―△6一銀の後は、▲5七飛△同馬▲8五桂△同歩▲7四歩△同玉▲8五金△6五玉です。

升田 ▲5七飛。何、飛車切ったんか。ハハア、詰めよう思っとるんだな。一歩持っとれば詰みだったのか。△6五玉の後も追いかけたが、広いとこ逃がしちゃもうだめだな。ずっと、こっちが悪いと思ってたけど、そうでもなかったんだな。すると、こっちとしては、ちょっと残念なところがあるね。

〔第2局〕

―2局目は、相穴熊の熱戦になりました。

升田 大内は穴熊大好きだからね。こっちも穴熊やったんか。

―先生は、名人戦で居飛車穴熊を指したと記憶していますが、穴熊というのは作戦的にどうなんでしょうか。

穴熊は時間による

升田 やったことはあるがね。相穴熊の将棋はやっぱり面白くないね。というのは駒がね、全部働かないでしょ。

 まあ、穴熊ということなら、この頃なら穴熊やってもいいんです。穴熊をとがめるのには時間がかかる。今は時間が早いからね。だからアマチュアの将棋だと穴熊がいいね。時間のかかる将棋の穴熊いうのは本当は穴熊の方が損です。

 おっと、こんなこと教えちゃいかん。今ので実力四段が五段になってしまう。つい変なこと教える悪いクセがある。

―▲2六金(6図)は、ちょっと変わった動きのように見えますが。

升田 角の頭狙われて無気味な金だね。王将の方がいそがしくなってくるね。

―6図の1手前の△7二飛ではいろいろな指し方があって迷ったとの中村王将の感想があります。

升田 そうだな。△6四銀と行きたいところでもある。まあ、ちょっとね。最初負けるとね。こういうこと になるんだな。△6四銀は当然考えたのだろうがやめたんだな。

大きい端の取り込み

―先手方は3筋を突き捨ててから▲3八飛(7図)と回っていよいよ決戦に入りました。

升田 △5六歩と突き出してね。▲同銀に△5五銀か。これは取るね▲同銀△同飛と。そこで▲1五歩。これはキツイじゃないか、ヘタにハシを受けとると▲6五歩と角を通されてお終いになってしまう。▲1四歩と取り込んだのは大きいね。

――△5五歩(8図)の局面ですが、立会の加藤一二三九段の控室での検討でも意外にはっきり行きませんで、大内九段も「いいと思ったんだけど、どう指していいのか分からないから教えてくれ」と感想戦で言っておられましたが。

8図以下の指し手
▲4八銀△同銀成▲同金△5六竜▲3六金△6五竜▲3八金△1五歩▲3九歩△6九竜▲6八飛△8九竜▲6三飛成△8四角▲5五角(9図)

升田 まあ、楽過ぎるというところだろうね(笑)。これ(1筋を指して)が大きいからね。普通は攻められんように1三で控えとるようなところを歩が逆向いてしまっとる。飛車でも打ち込まれたらそれまでや。

 と言って、アホなことすると、角切りよるからね。△2六角とね。

―▲4八銀と打ったのですが。

升田 まあ、それもいいでしょう。確実です。分かったら教えてくれ言うのは、”ハア、加藤はオレより弱いな”というのがあるんだね。大内のハラの内に。それでからかっとる。これはいい手だろうと言えばい。

 敵の攻め駒の銀を消して竜を追いはらってから▲3六金とね。こういう手も攻めなんだな。攻めっていうのはこういうものなんだ。自分の形良くしてね、相手の攻めを責める。

 ▲3九歩の底歩もね。こういうところは穴熊の先生だから考えることなしにパッパッとね。

 △6九竜か。苦し紛れに入って行くんだな。先手は飛車ぶつけてね。飛車成り込んで角出たとこ(9図)は大勢決すというところだな。まだ投げへんね。

9図以下の指し手
△1六桂▲6六歩△4九銀▲3七金引△8七竜▲1三銀△3六歩▲2六金△3八銀成▲同歩△1三桂(10図)

一瞬の逆転

升田 おかしいね。なんやこの将棋は。逆転するようなところがあるね。▲6六歩が下手な手だったんだな。気取らんと▲1七銀打と打っとけばエエのに。

―実際、この後、中村王将に勝ち筋が出たようです。

升田 もう先手も猶予ならんと▲1三銀だけどね。1三銀をヤリで取るとは限らんからね。桂があるからね。危ないよ。

 △3六歩▲2六金のあと△3八銀成~△2八桂成とはだかにして△1三桂がある。これでこっちが勝つやろ。

―ところが、ここで中村王将に手順前後が出まして。

升田 王手で銀取らんと先に△1三桂と取ったのか。

―△1三桂と銀を取った手が逸機ということでした。

升田 狙っていたんだろうな。△1三桂と銀取って歩で取って来たらいっぺんに寄せたろと。

10図以下の指し手
▲1六金△3七歩成▲同銀△3九銀▲2八銀打△1六歩▲3九銀△2五桂▲1三銀△1七歩成▲同香△同桂成▲同桂△1五香▲2九桂△1七香不成▲同桂△2六桂▲同歩△2七金▲2二銀成△同金寄▲1八銀△1六銀▲2七銀△同銀成▲2八金△1六銀▲1八香△8九竜▲2二角成△同金▲2九金打(11図)

升田 ▲1六金ね。これがいい手だ。これでこっちが腰抜かしたんやな。アッと。瞬間的なもんやったな。

 △3九銀は、ほっといたら△3七竜と行こうと狙ったんだが、そうは問屋が卸すかいなで▲2八銀打。大内は守りも上手なんだ。だから王さん詰まされんから勝つと、こういうことなんだな。

―▲2九金打(11図)となったところで控室では△5七角の勝負手は成立しないかと大分研究したのですが。

升田 こっちに詰めよがかからなければね、△5七角もあるが……。

 詰めろはかからんが、▲3四桂と打ってね。△3九角成と来て▲2二桂成△同玉▲5二竜△3二金▲5九歩か。それで先手がしのいどるということだな。

―11図からは、△1七銀成▲同香△同成銀▲3四桂と進みました。

升田 攻めが一息ついたところで▲3四桂と、この手に回られてはだめだね。以下は大内九段の寄せを見るばかりというところだな。

不思議流は屈伸戦法

―以上、2局を見ていただきましたが、新人類・不思議流と呼ばれている中村王将の将棋はどうでしたでしょうか。

升田 そうね、だいたい分かります。最初からね、決めに出て一気に押し切るんじゃなしにね。出たり引いたりしているのが得意のようだな。それで相手が何かあったらチャンスをつかむ、とね。大内の方は、決めにかかるんですが、そうではないですね。この人は。性格というのかね。

―先生が指された棋士の中で、中村王将に似ている方はいられますでしょうか。

升田 あえて似てるといえばだな、まあ、名人になった人を対象にすれば、塚田名人のおもかげがあるというところだろう。

 この2局は、両方共終盤でチャンスがあったね。中村君としてはこういうの勝つのがね……。まあ、この三番勝負は、大内の力勝りけんと」いうところだな。

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升田幸三実力制第四代名人らしさ溢れる解説。

面白いし、読んでためになる。

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1図で▲7七角ではなく▲6六角と上がっての端攻めが、アマチュア同士の実戦でも使えそうだ。

升田流は、アマにもわかりやすい順、真似しやすい順が多い。

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「時間のかかる将棋の穴熊いうのは本当は穴熊の方が損です。おっと、こんなこと教えちゃいかん。今ので実力四段が五段になってしまう。つい変なこと教える悪いクセがある」

実力が四段なのに、この教えを守って勝ち星をあげ、段位だけ五段になる人が出てくるということ。

いかにも升田流の毒舌だ。