末席幹事

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「あの人達は黙っているのが一番得意なの」

将棋マガジン1991年12月号、鈴木輝彦七段(当時)の「つれづれ随想録」より。「黙らせたら日本一」というのが将棋界で、感情を悟らせない事にかけては大変な集団である。 ある時、林葉女流名人の友達数人の女子大生が若手棋士と会ったが、「何もしゃべ...
戦法

真部流「大河戦法」

将棋マガジン1991年12月号、鈴木輝彦七段(当時)の「つれづれ随想録」より。「何を考えているのか判らなくて思わず長考してしまいました」と局後に言うと、「考えても判らないと思うよ、何も考えていないのだから」と真部さんに言われたことがある。 ...
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真部一男八段(当時)「酒を飲まない芹沢先生なんて、生きてる意味がないですよ」

将棋マガジン1991年12月号、高橋呉郎さんの「形のメモ帳:真部一男 楽しきかな夜型生活」より。二人のジュニア 今期の竜王戦は、多少の身びいきもあって、ひそかに小林宏五段を応援した。惜しくも挑戦者決定戦で敗れたが、大相撲なら、敢闘賞ものの活...
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高橋道雄九段「こうして、今期の無念と次期への希望を胸に、その人、その人にとっての竜王戦が終わっていく」

将棋マガジン1991年12月号、高橋道雄九段の「第4期竜王戦に向けて 森下、影に挑む」より。 9月20日、午後9時38分。 森下六段の指がしなやかに舞い、角を放つ。 その手を待っていたかの如く、小林五段投了。 館内モニターで観戦していた控え...
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「羽生も10代で大スターの座を占めたが、佐藤康光、森内俊之、先崎学といった仲間がいた。ライバル意識も生まれてこようし、みんなで渡れば怖くない、みたいなもので、孤立感を味わうこともなかったはずである。屋敷には、そういう仲間がいない」

将棋マガジン1991年11月号、高橋呉郎さんの「形のメモ帳:屋敷伸之 さらば、はにかみ笑い」より。 近くに住む縁者が、クルマで伊豆へ行くと聞いて、熱海まで便乗する気になった。その日、屋敷伸之棋聖に南芳一王将が挑戦する棋聖戦五番勝負の最終局が...