NHK将棋講座2017年11月号「中村修九段-行方尚史八段戦」

今日は、NHK将棋講座2017年11月号の発売日。

◯表紙は阿部健治郎七段のイラスト。

○佐藤和俊六段の講座「カズトシ流 主導権をにぎる振り飛車」の11月のテーマは「抜群の破壊力!先手中飛車」。1週目が中飛車の基礎知識、2週目が5筋位取り中飛車vs急戦、3週目が5筋位取り中飛車vs持久戦、4週目が居飛車角交換型6四銀。ゴキゲン中飛車から居飛車側が5筋の位を取らせてくれた時とくれなかった時、それぞれの指し方が丁寧に解説されている。12月もカズトシ流中飛車がテーマ。

◯後藤元気さんの「渋谷系日誌」は、柳瀬尚紀さんを偲ぶ会、中野隆義さんの葬儀、読者からの手紙の紹介。中野隆義さんの葬儀の後に行った居酒屋で、鈴木大介九段が中野さんの『棋士が太陽剣を捨てる日』を「これまで読んだ観戦記のなかで最高の観戦記だった」と語ったことなどが取り上げられている。

『棋士が太陽剣を捨てる日』の抜粋→先崎学五段(当時)へのラブレター

○段・級位認定 次の一手問題

○将棋連盟からのお知らせ

○女流棋士会からのお知らせ

○日本女子プロ将棋協会からのお知らせ

○「重箱のスミ」クイズ

○テキスト感想戦

○付録は、阿部健治郎七段の「囲い最前線 居飛車対振り飛車編2 舟囲いPart2」。舟囲いでの振り飛車退治。舟囲いが楽しくなるような内容。

〔NHK杯戦観戦記〕

◯2回戦第3局 中村修九段-行方尚史八段戦

「6年前の後悔」 観戦記:私

◯2回戦第4局 阿部健治郎七段-稲葉陽八段

「同学年の対決」 観戦記:小島渉さん

◯2回戦第6局 阿久津主税八段-佐藤天彦名人

「さらなる高みをめざして」 観戦記:大川慎太郎さん

◯2回戦第7局 豊島将之八段-木村一基九段

「棋士の作法」 観戦記:佐藤圭司さん


今月号には私が書いた観戦記(中村修九段-行方尚史九段戦)が掲載されています。

中村修九段が6年半前から後悔していること、それは東日本大震災が起きた日の対局でのことでした。

2年前の中村九段のtwitterにそのことが書かれています。

この時の対戦相手が行方尚史八段。

実際には行方八段が昇級するのは中村九段が降級した翌期のことになるのですが、中村九段から見たら同じ期と思えるほど後悔をしていたのだと思います。

対局前のインタビューでも、中村九段は、大震災のあった日の対局のことに触れています。

中村九段と行方八段は6年振りの対局。

中村九段の6年前の後悔を背景とした、エピソード50%、指し手のこと50%の観戦記となっています。


NHK将棋講座2017年11月号、ぜひご覧ください。

NHK 将棋講座 2017年 11月号 [雑誌] (NHKテキスト)

 

 

 

石田節の絶妙大盤解説

将棋世界1986年6月号、第44期名人戦〔中原誠名人-大山康晴十五世名人〕、「石田八段の大盤解説」より。

15:00
 63歳の老雄大山名人が12年ぶりに出て来て、久しぶりの名人戦ですね。中原名人は38歳、円熟期と言えます。現在の局面はもう終盤戦に入っています。(局面を映し出すモニターテレビを見て)これは早く解説しないと終わっちゃうかもしれません。

 中原名人は居飛車穴熊にしました。相手が大山名人だから、年の差を考えて長い戦いに持っていこうとしたのだと思います。これで居飛穴が勝つようなら執拗に用いる事が十分考えられます。私は居飛穴は好きではありません。しかし棒銀なんかでいくと、棒銀がさばけた時には玉が詰まされているんです。実に大山名人はうまいですよ。中原名人もあまり用いないが、対大山戦には最有力の策と考えたに違いありません。A級順位戦の4敗中3敗が居飛穴に対してですから。

 最近の大山名人は昔のような局面を長引かせる事は考えないで、意図的に決戦を早めようとしているように思えます。これが自ら墓穴を掘ったように感じますね。まだ終わってませんけど。

15:20
(中略)
 うーん、これはダメです、ダメです、ダメです。どうも受けがない。大山ファンには申し訳ないが、どうもいい順が見つかりません。皆さんどうですか、大山ファンでこれなら受かりますよという手があったら、どんどん言ってください。

17:00
 何かあっけない勝負でした。浜松のファンにはちょっと残念でしたね。一局目に大山名人が勝つと面白かったんですけど。それでは今、感想戦を見てきましたので、二人の感想を交えて最初から解説してみましょう。

(中略)

 中原さんとしては久々と言っちゃ失礼ですが、胸のすく勝ち方でした。本当なら夜の八時、九時になるような熱戦で、皆さんと一緒に一手一手の攻防に酔いしれたかったのですが、終わってしまって―。どうもありがとうございました。

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この直後、場内は一斉に大拍手が湧き起こった、と書かれている。

石田和雄八段(当時)の名解説と石田節。

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「しかし棒銀なんかでいくと、棒銀がさばけた時には玉が詰まされているんです。実に大山名人はうまいですよ」

「これが自ら墓穴を掘ったように感じますね。まだ終わってませんけど」

「大山ファンでこれなら受かりますよという手があったら、どんどん言ってください」

「中原さんとしては久々と言っちゃ失礼ですが、胸のすく勝ち方でした」

「皆さんと一緒に一手一手の攻防に酔いしれたかったのですが」

文字だけ読んでも十分に伝わってくる石田節。これに、石田九段の声と話し方と表情が加われば、面白さが三倍増する。

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更にボヤキが加われば、完璧な石田和雄九段の世界。

例えば、2005年12月に放送されたNHK杯戦、高橋道雄九段-郷田真隆九段戦。解説が石田和雄九段で司会が千葉涼子女流三段(当時)。この時の映像から解説を書き起こしてみた。

石田「私思うんですけどね、千葉さんね、つくづく。昔の棋士はね、勝って酒を飲み、負けて酒を飲み、なんてね、ええー、そういう形でやってましたよ。だけど今の棋士はあんまり(手のひらを振りながら)もう、酒をたしなむ程度ですね」

千葉「そうですね。一部の棋士を除けば」

石田「まあまあ、それはいつも例外はありますが、昔はむしろ飲まないほうが例外ぐらいで、ウン、今は飲むのが例外というのが、時代が変わってきているんですねえ。そう思います」

千葉「石田先生はあまり飲まれない方なんですか?」

石田「私が?私が?…まあ、飲み出すともう止まらなくなっちゃうんですよ。行くとこまで行っちゃうという感じで。いやもうね、何でですかね。飲み出すと止まらなくなってしまうんですよ」

(以下略)

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石田和雄九段の、対局時や感想戦の時とは異なる傾向のボヤキも、もの凄く良い味を出している。

オールドファンにはおなじみの石田和雄九段の名解説だが、新しい将棋ファンの方も石田和雄九段の解説を聞けば、石田和雄ファンになることは間違いないと思う。

 

 

深浦康市六段(当時)のユニークな自戦記再び

将棋世界2000年9月号、深浦康市六段(当時)の第19回早指し新鋭戦決勝戦〔対 久保利明六段〕自戦記「新鋭戦3度目の優勝」より。

 目覚まし時計。厚い雲に覆われたくもり空。鏡。ちょっと疲れの残っている自分の顔。ごはん。みそ汁。焼魚。卵焼き。グレープフルーツジュース。皇太后さまご逝去。サッカーW杯南北統一チーム。「のぞみ」立ち席OK。佐々岡100勝目。丸山ボギー連発。福原愛、ダブルス1勝。


 今年はあわただしい春を過ごした。本来、好きな桜の季節でもあるのでのんびりしよう、というコンセプトは決まっているのだが、せっかくのオフシーズンだから旅行でも、名人戦をやっているから勉強という口実で見に行こうか、という欲が出て、結局いっぱいいっぱいの日程になってしまっている。

 ピークはこの早指し新鋭戦を挟む1週間。東京で対局した翌日に、長崎での名人戦第6局のNHK解説役(移動日含め4日間)。帰京翌日、芝公園スタジオでこの決勝戦。翌日、青森でのイベントのため、早朝空路八戸へ。というスケジュール。

 でも羽生、谷川に比べたら全然たいした忙しさじゃないですけどね。

 スケジュール管理は全て自分でやっているが、このように忙しくとも充実していられたのには要因があった。それは2年後に日本で行われるW杯。その6月からはW杯休暇(ブラジルやイタリアでは皆仕事を休んで自国を応援する)を取り、1ヵ月はサッカー狂者となって過ごす事。このためには今からポイントを挙げておかねばならない。

 手帳を見ながら日程の調整に勤しんでいると、突然妻が「もし優勝できたらその賞金は好きに使っていいよ」との信じられない言葉が。

 以前(結婚式の時)、米長先生に「同居人(妻)は神にも猿にも変わる」との言葉を頂いたのだが、遂に神に変わる時を見てしまった。

 もちろん賞金はW杯資金に。運は自分にほほえみつつある。


 ノートパソコン。盤と駒。スーツ。折りたたみ傘。AIKO。カブトムシ。東武東上線。ヤマンバ。電車の床に平気で座る女子高生。着メロ。東京タワー。久保家、塚田家、深浦家のファミリー3家族。島田さん。二上会長。島八段。中井女流名人……。


(中略)

 早指し新鋭戦は7年前と昨年に優勝している。2回の優勝は過去、何人かが記録しているのだが3回目はまだとの事。今回はそのチャンスが巡って来た。

 しかし…と考えてみると、3回目のチャンスがあるという事は、それだけ新鋭戦の資格(30歳、B2以下)に適していて、ほとんどの人はB1に昇がっているからじゃないか。

 再びしかし…。前期B1に昇がっていればここに居なかったわけだし、決勝戦を戦える事は幸せだ。そして何よりも目の前には久保利明が座っている。

 久保六段の名前を印象強くしたのは平成6年の出来事。自分はシーズンを終え8割ジャストという成績を残した。歴代でも9位タイという記録である。さすがに年間勝率賞は間違いないだろうと思っていたら、大阪に居た久保六段は8割1分、というものだった。強い若手が居るな、と感じていたら東京へ引っ越して来るとの事。もちろんすぐにVS(1対1の研究会)をお願いした。

 久保六段の先手となり、四間飛車藤井システム。対して居飛車側は、玉形をまとまった形にして反発する形を採った。現在では先手番ならともかく、後手番では居飛穴に組める事はまずなくなった。

(中略)

 TV東京の早指し戦と早指し新鋭戦が、継続のピンチに立たされている。直接的な要因としては視聴率の問題である。もちろん朝5時15分の放映なので起きて見るのは大変かもしれない。しかし前日にビデオをセットして頂く事で解消できる問題なので、ぜひともお願いします。

 新鋭戦に限って言えば、やはり若手の登竜門のイメージがある。四段になりたての棋士をずっとマークしていて、タイトル戦に登場、という事になったら面白いと思う。来期のこの棋戦には間違いなく渡辺明四段はエントリーされる。今期の本戦、屋敷-渡辺戦も注目の一戦であろう。

 現在は将棋連盟がスポンサーになっている関係で、羽生四冠がCMに出たりもしている。他にも夏には、女流棋士がゆかたで出演している”お好み対局”も楽しい。見て損はしない。本当によろしくお願いします。

(中略)

 △5五香から△8六香と小駒が活躍し始めた。この辺りでようやく優勢を意識する事が出来た。しかしまだ玉形は弱いので飛車を大事にして、先手玉の左側から攻める事を心掛けた。

 勝負は常に断崖絶壁を背にして立っている様なもので、正面数百メートル先にはゴールのテープが張られている。目に映るのは勝利のゴールだけだが、その瞬間に崖の上に立たされているのを忘れてしまっている。随分ゴールには近づいたが、いつ突風が吹くか分からない。

 残り数十メートル。這い蹲って進む事にした。

(中略)


 感想戦。「▲6四歩突き捨ては入れた方が良かった」と話す久保六段。表彰式。記念撮影。打ち上げ。海斗君が恵梨花ちゃんと楽しそうに追いかけ回すのを口をあけてながめる凜人。凜人をあやすまゆちゃん。2次会。飲めない後輩の大橋さんをいたわる高橋プロデューサー。なぜか服を脱ごうとする、通称”江戸前君”神谷君。


(中略)

 これで新鋭戦は3度目の優勝になった。7年前のダブル優勝と加え、誇りに思う。

 本当に縁を感じる棋戦で、スタッフにも恵まれ、又将棋会館とは違う雰囲気が新鮮な気持ちにしてくれている。しかしこれからが大切なので、過去の事は大事に胸にしまって新たに頑張って行きたい。

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2000年6月17日(土)、この日の深浦康市六段(当時)の、起きてから眼に映ったもの(緑色の部分)も書いているユニークな自戦記。

当時の時代背景などもあるので、理解を深めるために注釈を付けてみた。

深浦六段は、この前年も早指し新鋭戦で優勝しており、同じ様式で自戦記を書いている。

深浦康市六段(当時)「困った顔をして欲しい北浜君」

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  • 厚い雲に覆われたくもり空…気象データによると、この日の天気は午前中が曇り、午後になってから雨が降っている。最高気温20度、最低気温17.5度。
  • ごはん。みそ汁。焼魚。卵焼き。グレープフルーツジュース…この日の深浦家の朝食。前年の早指し新鋭戦決勝戦のあった日の朝食はロールパンとグレープフルーツジュースなので、深浦六段の朝はグレープフルーツジュースが定番だったと思われる。
  • 皇太后さまご逝去…この前日、香淳皇后が崩御。97歳だった。
  • サッカーW杯南北統一チーム…この4日前の6月13日、朝鮮半島の分断後55年で初の韓国と北朝鮮の両首脳による首脳会談が行われている。
  • 「のぞみ」立ち席OK…1992年から運行されている「のぞみ」だが、2000年7月1日から立ち席がOKになった。ただし、まだ基本的には全席指定席で、自由席が設けられるのは2003年10月1日から。
  • 佐々岡100勝目…広島東洋カープの佐々岡真司投手が、前日の対横浜ベイスターズ戦で完封勝利。 史上115人目の100勝達成となった。
  • 丸山ボギー連発…ゴルフの丸山茂樹プロ。やはり丸ちゃんと呼ばれている。2000年からアメリカのPGAツアーに本格参戦している。
  • 福原愛、ダブルス1勝…福原愛選手が11歳7ヵ月で最年少日本代表入りした頃。
  • ノートパソコン。盤と駒…棋譜並べ。この頃はラップトップパソコンという呼び名が死語になりつつあったことがわかる。
  • 折りたたみ傘…家を出る頃は曇り。きちんと折りたたみ傘を持っていくところが緻密な深浦九段らしいところ。この日の午後3時頃から雨が降っている。
  • AIKO…aikoは女性シンガーソングライター。血液型はAB型。歌手としての表記は「aiko」で作詞・作曲のの時は「AIKO」と表記しているという。
  • カブトムシ…駅に向かう途中でカブトムシを見つけたのかなと思ったが、よく調べてみると、これはaikoのシングル曲。深浦六段は、家を出るまでにこの曲を聴いたということになる。
  • 東武東上線…深浦六段の家の最寄駅から東上線に乗る。
  • ヤマンバ。電車の床に平気で座る女子高生。着メロ…東上線の中の光景。ガングロの女子高生の全盛期だ。あの時代は何だったのだろう。
  • 東京タワー…この頃のテレビ東京のスタジオは東京タワーの麓にもあった。

(ここからはテレビ東京)

  • 久保家、塚田家、深浦家のファミリー3家族…スタジオには3家族が来ていた。
  • 島田さん。二上会長。島八段。中井女流名人…司会の島田良夫アナウンサー、二上達也日本将棋連盟会長(当時)、解説の島朗八段(当時)、聞き手の中井広恵女流名人(当時)。
  • 海斗君が恵梨花ちゃんと楽しそうに追いかけ回すのを口をあけてながめる凜人…久保家の海斗君、塚田家の恵梨花ちゃん、深浦家の凜人君。塚田家の恵梨花ちゃんは現在の塚田恵梨花女流1級。
  • 凜人をあやすまゆちゃん…前年の自戦記でも登場している、まゆちゃん。番組を制作している輝企画のスタッフ。深浦六段はちっちゃいまゆちゃんと呼んでいたようだ。
  • 飲めない後輩の大橋さんをいたわる高橋プロデューサー。なぜか服を脱ごうとする、通称”江戸前君”神谷君…飲みながら服を脱ごうとする人とはまだ出会ったことがないが、飲んで服を脱ぐ場合は、やはり野球拳をやって脱ぐのが王道なのではないか思う。

 

 

「脇さんは?ダメ、森先生は?ダメ、谷川さんは?ダメ、塚田さんは?イイ、田中さんは?イイ」

将棋世界1986年5月号、日下ひろみさんの第19回早指し選手権決勝〔中原誠名人-加藤一二三九段〕現地レポート「中原、おひさしぶりのV」より。自戦解説は中原誠名人。

 今年の決勝も、やはり2局目で決まってしまった。第15回までの早指し選手権戦は、決勝一番勝負、16回から三番勝負となって今年で4年目、まだ一度も3局目が戦われたことがない。そして、スタッフの4月に発表される年間スタジオ対局スケジュールにも、やはり3局目は用意されていない。

 もちろん、そうなった時には4月の第一土曜日に最終局を放映する準備が、プロデューサー・ディレクターの間で打ち合わせられているが、そうならない所が不思議である。

 解説は大山康晴十五世名人、聞き手は観戦記者の田辺忠幸さん、重量感溢れるメンバーで両対局者を含め、4人で何キロになるのだろうと、ふと計算してしまった。

(中略)

 対局前も休憩の時も、中原名人はご機嫌そうに見えた。前日、王将戦のカド番を凌いでいるので、当然なのかもしれないが連投の疲れがまるで見られなかった。

 片や、加藤九段、初めから終わりまで無口。今日はどうしたのだろうと思う程、一人の世界に浸っていた。

 それでも、いつもの40手が終わった休憩に一歩一歩踏みしめて歩く、シコを踏むような運動はちゃんと行われた。今回は誰もいない階段を、3メートル先に目を向けて幾度も幾度も登ったり降りたり……。

 ちらっと見た中原名人の「僕もやらなくっちゃね」と人のいないメーク室の中を歩き始めた。胸をはってゆっくりのびのびと、こういう感じを負ける気がしないというのだろうか。

(中略)

 テレビ東京の特色の一つに、対局者のその瞬間の表情が見られる事がある。脇六段のメガネからはみ出た睨み潰す目・高橋王位のジャンプ競技のような前傾姿勢、田中寅八段のまるで「ああ分からん」と言っている様な眉間に皺を寄せて首を早く振る顔・谷川棋王の「あれ、この人これで良いのかな」と勝つ前に必ず幾度も首を傾げる姿、等々。

 それが加藤九段の場合は、ズボンを中腰になってズズズゥと引き上げるあのポーズだったのだが、今回はもう一つあった。画面から時折聞える「グォー」という音。準決勝の時が一番すごく、初めはスタッフの雑音かと大慌てをしたが、鼻の音か声か、一体あれは何だったのだろう。

(中略)

 ご機嫌の中原名人、1局目を勝って1時間の休憩に入った。4畳半程の畳敷きの控え室もあるのだが、メーク室の一番奥に椅子を3つ4つつなげて、ごろんと横になり足を伸ばしていた。鏡の壁の手前では、記録の神田女流1級、読み上げの山田女流初段がお昼と食べてこなかったのか、大きなスパゲティのお皿を抱えておしゃべりをしていた。鏡の下から中原先生を覗くときちんと靴が揃えてあって目を閉じた穏やかな顔から、スースーと規則正しい音が聞こえた。

 加藤先生はどこへ行ったのだろう。声も聞こえないし姿も見えない。控え室の一つに入ったのだろうか、どうもこの日の加藤先生は不思議だった。

(中略)

 2局目も中原先生が勝って、すぐ表彰式となった。

 準備の間、大山十五世名人に奥様の車やゴルフの話を伺った。お正月のテレビや毎日グラフで拝見したのだが、「口が悪い所を除けば80点、駒で言えば金」と大山先生がおっしゃる。背筋の伸びたシャキッとした素敵な奥様で、私が半年で乗る距離をひと月で乗っているとのこと、びっくりしてしまった。上手になるにはよく乗ること、その為にはゴルフをやってゴルフ場へ行けばいい「あなたもやりなさいよ」と言っていただいたのだが、木、石、塀、ポール、停止中のトラック等、動いていない物にばかりぶつかる私の場合はきっと性格に問題があるのだと思っている。

 静かな表彰式は、すぐ終わり、加藤先生もすぐ帰られた。

(中略)

「チカちゃん、30センチ以上は近づかないように…」「そう、お願いします」

 新鋭戦の時の解説中村修六段の聞き手長沢千和子女流二段に、神田真由美女流1級、山田久美女流初段が牽制球を投げている。すかさず、応援に来ていた塚田六段に告げ口をすると、「気が多いんだから」と不愉快そうな顔をしたので、嬉しくなってしまった。

「誰ならチカちゃんが近づいても良いの?」とやはり応援に来ている島六段を指さすと、「島さんならいいです」「えー、でも研修会の幹事だから…」。脇さんは?ダメ、森先生は?ダメ、谷川さんは?ダメ、塚田さんは?イイ、田中さんは?イイ……ああそう、よーく分かりました。

(中略)

 この春から、残念ながら番組が45分になることに決まってしまった。

 突然のことだったが山東昭子さんから引き継いだ詰将棋、それに続いた次の一手のコーナーも打ち切りとなった。

 全て、スポンサーが見つからないということが原因なのだが、これから民放各局,スポーツニュース等に将棋が登場するようになる為の登竜門だということを、関係者全員が受け止めて欲しいと、私は思っている。

 長い間、私のコーナーをご覧くださった皆様どうもありがとうございました。番組はこれからも4月から6月までは早指し新鋭戦、7月中は新たに始まる女流棋士によるお好み対局、8月からは第20回早指し選手権戦と続きますので、どうぞこれからも、ますますおもしろいテレビ東京の将棋対局をよろしくお願いします。

(以下略)

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テレビ東京の早指し選手権は、1972年8月から2003年3月まで放送されていた棋戦。

スポンサーがつかなくなってからは、日曜日の午前5時15分から放映されていた。

私にとっては、土曜日の夜から思う存分遊んで(要は外で酒を飲んで)、家に帰ってテレビをつけた瞬間に放送されている番組だった。

不思議と、早指し選手権が終わってからは、私の土曜日の夜遊びも激減した。両者に相関関係はないが、人生とはこのようなものなのだろう。

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日下ひろみさんは田中寅彦九段の奥様。田中寅彦九段と結婚をする前から詰将棋コーナーと次の一手コーナーのアシスタントを担当していた。

この文章の頃はすでに結婚をしている。

将棋世界1980年7月号、「メモ帖より」より。

田中四段とひろみさん結婚

 数ヵ月前からうわさされていた田中寅彦四段と日下ひろみさんの仲がめでたく纏まった。日下さんは「早指し選手権戦」のテレビ画面でおなじみのアシスタント女性。美人のうえに頭の回転が早いという印象がある。

 6月2日に東京・新宿の京王プラザホテルで結婚式をあげる。媒酌人は芹沢八段夫妻。

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「40手が終わった休憩」と書かれているが、早指し選手権は放送時間が短かったので、収録時は41手目を封じ手にして休憩。放送では初手から40手目までの棋譜を読み上げ係が読み、両対局者がそれにしたがって盤面に指し手を再現するところから始まっていた。そして、記録係が封じ手を明らかにして、対局再開となる形式。

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「スポンサーが見つからない」と書かれているが、これはそれまでのスポンサーだった日本船舶振興会(現在の日本財団)がやむを得ない事情(財団の資金の使途配分をめぐって国会で追求された)でスポンサーを降りざるをえなかったことに起因している。

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「脇さんは?ダメ、森先生は?ダメ、谷川さんは?ダメ、塚田さんは?イイ、田中さんは?イイ」

ここでは、ダメと言われた棋士の方が喜んで良い状況。

イイと言われてしまった塚田泰明六段(当時)だが、後年、早指し選手権の読み上げ係となった高群佐知子女流二段との結婚を決めている。

南の島事件

聞き手:勝新太郎/聞き手:笹川良一、だったことのあるテレビ棋戦

 

 

将棋関連書籍amazonベストセラーTOP30(2017年10月14日)

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将棋ペンクラブ末席幹事による将棋ペンクラブ非公認ブログ。近代将棋に連載していた「将棋ペンクラブログ」のネット版です。