将棋世界1983年4月号、故・花村元司九段の王座戦二次予選決勝 対大内延介八段戦自戦記「勘が冴えた一番」より。
▲7六歩△3四歩▲9六歩△4四歩▲2六歩△3二銀▲4八銀△8四歩▲6八銀△5二金右▲7八金△5四歩▲5六歩△4三金(1図)
縁起をかついで
日経王座戦、二次予選の決勝で強豪大内八段と戦った一局を紹介しよう。
私は居飛車、振り飛車なんでも指すが、この日は居飛車でいこうと決めておった。というのも今年に入ってこれまで居飛車で3連勝していたからだ。勝ち続けていれば、負けるまでは同じ戦法をとりたくなるのが、勝負師の人情だろう。
(1図からの指し手)
▲6九玉△6二銀▲3六歩△3三銀▲4六歩△8五歩▲7七銀△3二金▲4七銀△4一玉▲3七桂△5三銀▲4五歩(2図)戦形は気にしない
▲3六歩に△3三銀と形を決めて、戦形は矢倉に決まった。大内八段も私も矢倉はあまりやらんが、苦手にしているわけではない。私も30年前には矢倉ばかり指しておったものだ。
大内八段は矢倉の中でも矢倉中飛車を得意にしておる。そこで△5三銀と△6四銀をねらえば、早くも▲4五歩と突っかけてきた。
(2図からの指し手)
△同歩▲同桂△4四銀右▲3三桂不成△同角▲5八金△4五歩▲6六銀(3図)銀桂交換辞さず
▲4五歩には面倒なりと△同歩と取ってしまうのが花村流。銀桂交換は不利とかいわれるようだが少しぐらい駒損しても王さんまで取られるわけじゃあるまい。序盤から乱戦になるのは私にとってはありがたい。
▲5八金に△4五歩とここを押さえておけば後手も形がよいだろう。先手の▲6六銀は△5五歩の防ぎ。1時間以上の長考でなかなか苦心の手である。
(3図からの指し手)
△8六歩▲同歩△同飛▲8七歩△8二飛▲2五歩△6四歩▲7九角△6五歩▲7五銀(4図)気にしていたが
△8六歩に11分と私にしては長考したのは△8六歩▲同歩△同飛の時に▲7一銀と打たれるのがイヤな手に見えたからである。もっともそんな手を考えるのは私くらいのものかもしれん。大内八段も少考で▲8七歩であった。私の△6五歩は▲同銀なら△5三銀と引いて銀を殺すねらい。普通は▲7七銀だろうが、▲7五銀と前へ出るのが、大内八段の棋風である。
(4図からの指し手)
△4六歩▲同銀△4五歩▲5七銀△3一玉▲8八角△2二玉▲1六歩△1四歩▲7九玉△9四歩▲4八飛(5図)戦機到来
このまま▲2四歩から角交換されてしまっては面白くない。△4六歩と突き捨てたのは角道を止めるちょっとした手筋である。
そうしておいて、△3一玉から△2二玉と王さんを固めて戦機を待つ。大内八段の▲4八飛は▲4六歩の合わせのねらいだが、ここをとらえて、私は攻撃を開始する。いかに手をつくるかとくとご覧いただきたい。
(5図からの指し手)
△7四歩▲同銀△8四桂▲6五銀△9五歩(6図)手ごたえあり
手駒は桂が1枚だけだが、△7四歩と突いて”手ごたえあり”である。
▲7四同銀に△8四桂はこの一手。大内八段は▲6五銀と手順に歩を取りながら△7六桂を防いだがここは▲8五銀と引いておいたほうが、固かっただろう。
▲6五銀に△9五歩が快心の一手である。端歩の突き捨てはタイミングがむずかしいがこの時期なら先手も取るしかない。これで攻めが続くと見た。
(6図からの指し手)
▲同歩△5五歩▲同歩△7三桂▲6四銀△7六桂▲6六角△8五桂▲6五銀(7図)勢いのまま
私の△9五歩から勝負は夜戦に入った。大内八段はここまで長考の連続で残り時間は1時間を切っているが、私はまだ2時間使っただけ。勘が冴えている。
▲9五同歩に△5五歩と5筋も突き捨ててから△7三桂~△7六桂~△8五桂と勢いのおもむくままにポンポン桂を跳ねる。大内八段は▲6五銀と打って受けに回る。こうなると攻めきるか受けきるかの勝負である。
(7図からの指し手)
△9五香▲同香△8八歩▲7六銀△8九歩成▲同玉△7七歩▲6八金左△9七桂成▲7七金(8図)ついでに香捨て
ものにはついでということがある。駒損のしついでに△9五香と香も捨ててしまう。ちょっと無理気味に思えるところだが、二歩手に持てば手になると読んでいるのである。
△8八歩に▲7六銀と桂を取るのは仕方のないところ。▲7七桂と逃げれば△8九歩成▲同玉△9七桂成▲7六銀△8六歩としてこれがなかなか受けづらいのである。さて▲7七金として受けとめられたように思えるが……。
(8図からの指し手)
△6五桂▲7八玉△7七桂成▲同玉(9図)攻めは続く
ただのところに打つ△6五桂。これで攻めが続いておる。▲同銀と取れば△8七飛成と飛車のほうでいってしまう。▲同金△同成桂と進めば、これは△5五銀のからみもあって先手受かるまい。
▲7八玉の逃げにはありがたく△7七桂成で金を頂戴する。大内八段が▲7七同玉と応じた局面で私の次の一手がおわかりになるだろうか。角を世に出す手をお考えいただきたい。
(9図からの指し手)
△5五銀▲同銀△6五歩▲9三角成△5五角▲6六歩△8一飛▲8三香△5一飛▲6五銀(10図)もう負けられん
△5五銀が盤上この一手である。一歩あれば△6五歩が利く。この手がすぐわかれば有段者だろう。大内八段は▲同銀と応じたが、▲同角ならば△同角▲同銀として△8八角でも△7五歩でも私の勝ちだ。
▲9三角成と逃げるのは仕方のないところだが、△5五角と銀を取りながら王手で角をとび出してはこれはもう負けられん将棋である。
(10図からの指し手)
△3七角成▲4四歩△4八馬▲同金△8九飛▲7六銀打△8五銀▲7八歩△8八飛成▲6七玉△8七成桂▲5四歩(11図)寄り筋に
△3七角成で△1九角成では寄せが遅れる。大内八段の▲4四歩は△同金なら▲5六桂と打つねらい。ここまできたら、もう自陣は振り返らずに寄せに専念する。
△4八馬に▲4三歩成ならば△5八馬で勝つ。私のほうは▲4三歩成とこられても詰めろになっていないのだ。△8九飛からはすべて一手スキの寄せである。
(11図からの指し手)
△7八竜▲5六玉△4四金▲6二角△4一飛▲4四角成△同飛▲8五銀△4八竜(12図)鬼の如し
△7八竜で敵の王さんを5筋に追ってから△4四金と歩を取る手がぴったりである。自分の王さんを安全にしながら、攻められるのだからこたえられない。勝ち将棋鬼の如しとはまさしくこのことである。
大内さんの▲6二角は形づくりだろう。△4一飛は逃げんでもいいが、これでもはっきりしている。△4八竜の15分で勝ちを読みきった。
(12図からの指し手)
▲同銀△5五歩▲同玉△4六角▲5六玉△5五歩▲6七玉△7七金▲5八玉△6八金▲4九玉△2八角成▲4七銀打△4六歩▲7一馬△4七歩成▲4四馬△3三銀(投了図)
まで、134手で後手勝ち勝つ時はこんなもの
この将棋は序盤から中、終盤と私らしく指せた快心の一局。花村の将棋もまだ捨てたもんじゃないでしょう。最近はすっかり仏の花ちゃんになってしまった私だが、たまには鬼に戻ることもあるのである。
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花村元司九段が亡くなる2年前、65歳の時の自戦記。
「◯◯しておる」、「◯◯はやらんが」のような言葉使い、玉を「王さん」と呼ぶなど、花村九段らしい表現が随所に出てくるのが嬉しい。
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2図での△4五同歩がいかにも花村流。
「▲4五歩には面倒なりと△同歩と取ってしまうのが花村流。銀桂交換は不利とかいわれるようだが少しぐらい駒損しても王さんまで取られるわけじゃあるまい。序盤から乱戦になるのは私にとってはありがたい」は、「東海の鬼」、「妖刀使い」と呼ばれた花村九段の面目躍如。
読みの中に出てくる▲7一銀、5図以降の△8四桂~△9五歩~△5五歩~△7三桂~△7六桂~△8五桂の妖しい攻め、8図での△6五桂、9図からの△5五銀の只捨てなども、花村将棋の真骨頂と言える。
ネット中継のある現代、このような将棋が中継されたら、ファンの方は大喜びだろう。
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たまたま調べてみると、今日は花村元司九段の命日。
花村九段の師匠の木村義雄十四世名人は、「とてもよい弟子だがたった一つ悪いことをした。師匠より早く死んだことだ」と、弟子の死を悲しんだと言われている。