B級1組順位戦最終局の日の出来事。
将棋世界1999年5月号、河口俊彦六段(当時)の「新・対局日誌」より。
南九段と田丸八段が負け、田中九段と森九段の、昇級と残留が決定してしまった。さっきまで控え室で遊んでいた森九段も、夜戦になると顔を見せなくなった。大阪の結果を知るのが怖かったのだろう。
(中略)
いつの間にか控え室には、佐藤名人、羽生四冠、森内八段と、時の人がそろっていた。しかしくり返すが、期待した波乱はなく、さっぱり盛り上がらない。まだ10時前なのにちょっと疲れた。そこで例のエレベータ脇の老人シートに行き、一息つけていると、対局室から田中九段が出て来た。将棋がわるいから、悲痛きわまりない顔だ。よっぽど大阪の結果を教えようと思ったが、それはしない方がよいのだろう。仕方ないから眼をそらした。田中九段は無言でエレベータに乗り、お茶かんを3つかかえて戻って来た。時間一杯まで投げないつもりなのだ。
郷田対高橋戦はペースが上がった。一回高橋九段に長考があったが、それ以外は両者淡々と指しているように見えた。大差がついていたからである。
では、郷田棋聖が昇級を決めた場面。
14図以下の指し手
▲2三歩△3三銀左▲4五馬△同歩▲2一銀△3六角▲2二歩成△同銀▲3二銀成△同玉▲2二飛成△同玉▲2三歩△同玉▲2四歩(15図)まで、郷田棋聖の勝ち。見事なものである。いつも書くことだが、14図から勝ち方はいく通りもある。そういう局面で、どういう手を選ぶかに私は興味がある。そこに才能があらわれるからである。また、棋風とか考え方の違いもわかる。佐藤名人や羽生四冠なら、どのようにして勝つだろうか。
私だったら、飛車の利きを通したままで、▲4四桂と跳ぶ筋を考える。そして△4六銀▲3二桂成△同玉となり、意外に寄らないので慌ててしまう、ということだってあるだろう。すくなくとも、▲2三歩は思い付かない。だから感心するのである。
▲4五馬から▲2一銀が▲2三歩と関連した寄せ手順。△3六角をうながし、▲2二歩成から完璧の手順で寄せ切った。▲3二銀成と取ってからは詰みで、15図以下は説明するまでもない。
感想戦も短く終わり、郷田棋聖が控え室に引き上げて来た。そこで勝利インタビューが行われたが、特に記すようなこともなかった。昇って当たり前の人が昇ったからだろう。気が付くと控え室は閑散としていた。継ぎ盤はとっくの昔に放置されている。しかし、田中、森両君は粘っていた。私も帰ろうかなと思ったが、意地になって残ることにした。
ぼんやり座っていると、毎日の山村記者がまめに対局室と控え室を往復しているのに気が付く。細やかな気遣いである。もし、決定していたからと放ったらかしにすれば、対局者は、決定していることに気付く。それが、同じように棋譜を取りに出入りしていれば、大阪の方はまだ終わっていないか、あるいは、南と田丸が勝ち、東京の進行を気にしている、というように対局者は読む。投げるに投げられなくなるわけだ。
午前零時を過ぎたころ、まず森対中村戦が終わり、すこしたって、田中対神谷戦が終わった。森九段と田中九段が負けた。
残っていた5、6人といっしょに控え室を出るとき、私が「おもしろいから、寅ちゃんに、残念だったね、と言ってやろうか」と呟いた。これをうしろにいた田中誠君が聞きつけ「それはいい。ぜひ言って下さい。お願いします」やけにきっぱりと言った。みんなくすくす笑っている。誰かが「この親にしてこの子ありだ」なんて言っていた。
ぞろぞろと対局室に入るが、一同無言で感想戦を見ている。室内は凍っていた。私は、田中君の所を覗き、それから森君の所に移った。数分黙っている間、「ひどいや」など森君はしきりに泣きを入れている。頃合いを見て「君はね、とっくに助かっていたんだ」と言った。とたんに「なんだ!早く教えてくれよ」泣き笑いみたいな顔になった。間をおかず、遠くから「寅ちゃん、君も上がっていたんだよ」。「なんだって!」二人とも同じことを言った。声がオクターブ上がったのも同じだ。雰囲気がガラリ一変し、みんなニコニコしている。
勝負の世界でありながら、敗者の悲哀がない、なんていう場面をはじめて見た。
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将棋世界1999年5月号、田中寅彦九段の「昇級者喜びの声(B級1組→A級)より。
3月13日午前零時32分、「負けました」と作業を終えた私の体は、重く、熱く、引きつっていた。
反対に頭の中は、64分の1を引き当てた予感で凍りついている。
何かしないと息が止まりそうなイヤな気分になってきたので懸命に感想戦を始めた。
勝負がついた事を知った担当記者や取材記者、そして奨励会員の息子らが入室し盤側に座った。
だまったままで……。
私は、あんなに熱いと感じていた体のあちこちが、氷山のように冷たく固まり出してくる様を覚える。
そんな最中、皆に緘口令を敷いていた河口六段が口を開く。
「大阪は早くに福崎が勝ったよ、控え室の盛り上がらない事ったらなかったよ」
ちょっとした演出で私を喜ばせようとしたのだろうが、凍りついた頭は反応しなかった。
「なんだ、意味ない、意味ない、飲みに行きましょう」と言う神谷七段に、
「もう少し」と言って感想戦を続けてもらった。
体がすぐに動かなかったからである。
今期は出だしから調子が良かった。
中盤で競争相手を順番に負かせたのが楽なレース展開に持ち込めた原因だが、最後の2局は自分に負けた。
図は10局目の対福崎八段戦の投了図、指せる将棋を寄せ間違え、自玉の詰みを承知して形作りにいった将棋。
福崎八段は私の読み筋にない華麗な王手で迫ってきた。
(そうかこんな旨い手もあるのか、読めてないなあ、しょうがない次頑張ろう)
と考え投了したのだが、相手を信用しすぎた。△1三同桂▲同桂成△2五金で自玉は詰まず、勝ちだった。
4回目のA級昇級。
幸運とともに得難い体験ができた。
もうなにも怖くない。
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「残念だったね」と言って驚かせようという計画
↓
室内は凍っていた
↓
言葉を発するような雰囲気ではなかった
↓
黙っていたら、(やはり駄目だったのか)と思われた
という展開。
黙っていることが「残念だったね」と言うことと同じ効果になってしまうのだから、他の世界ではほとんど見ることのできない劇的な空間だ。
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この後、残留を決めた森雞二九段は、A級昇級を決めた弟弟子の郷田真隆棋聖(当時)と一緒に夜の街へ向かう。
その模様は、明日をお楽しみに。