羽生善治四冠(当時)の絶妙な銀2枚損の攻め

将棋世界1994年4月号、中野隆義さんの第63期棋聖戦第5局〔羽生善治棋聖-谷川浩司王将〕観戦記「七番指し決着す」より。

棋聖戦第5局。将棋世界同じ号より、撮影は中野英伴さん。

 記録係の庄司俊之三段が白布の上に散じた5枚の歩の行方を、羽生は追わなかった。「歩が3枚です」という報告を、口をへの字に結んだまま聞く。これで、対谷川戦におけるタイトル戦の番勝負最終局での振り駒の結果は、3局のその全てが羽生の先番となった。

 谷川も振り駒を見遣らず。後手番になった事実だけを静かに受け止めていた。

 先手番の序盤革新が進む昨今。先手番の勝率は、5割4分の数字を示すまでとなった。出入り8分。最終局の振り駒が持つ意味は、確かに大きい。が、しかし、先番を当てた者が8分の有利を思うことは、勝ちに近づいたがゆえにおこる勝利への重圧を増すことになり、また、後手番を引いた者が、8分の不利を意識することは己に負けの言い訳を作ることにしかならない。両雄の振り駒に対する反応はそれを知る者の態度であった。記者も最終局の振り駒は、勝負にそれほど大きな比重を持つとは思っていない。

 振り駒の瞬間を目を皿のようにして見たのは、有利と思われている先番をどちらが引くかということとはまた別の理由があった。

 羽生が49手という短手数をもってして敗れた第4局を見たファンに、酒場にて尋ねられた。第5局を1週間後に控えし頃だ。

「いったい、羽生はどうしちゃったんでしょうか。あんな手数で負けちゃったなんてタイトル戦ではほとんど例がないでしょ」。棋聖戦の主催紙である産経新聞を愛読し、毎週日曜日のNHK杯戦は欠かさず見ているという、熱心でいてなかなかに通の方なのである。生なかな答えでは納得してもらえない。私は思うがままを喋った。

「相撲で言うと、確かに、相手に電車道で持って行かれた格好です。でも、あれは腰砕けとか、引き技の失敗とかで押し込まれたのではなく、自分にとって最良の差し手を求めて突っ張った結果、相手にさらに厳しく攻められてしまったものです。結果論的に見て多少は無理だったかもしれませんが、実際の場面でそれをきっちりと咎め切れる相手が何人いるか。あの将棋は谷川が見事であったと言うべきでしょう」

「そうかい。俺はまた、羽生が調子を崩しているんじゃないかと思ったんでね。ほら、3局目のトン死も酷かっただろ」

 敵は実に鋭いところを衝いてきた。こちらも本腰を入れなければならない。

「あれは確かに詰まない王様を逃げ損なったんですが、その場面まで漕ぎ着けたところに羽生の強さがあるのであって、あの将棋をちゃんと鑑賞すれば、詰んだの詰まなかったのってのは二の次なんです。だって、あれ、羽生じゃなかったら、谷川の奇麗な一手勝ちになってたでしょうから。羽生だから追いついちゃって、自玉が詰まなけりゃ勝ちだという局面を作った。それを最後のトチリを指してトン死だトン死だなんて。そりゃまるで、一度も優勝決定戦に出たことない者達が、森下をつかまえて”準優勝男”だなんて言ったのとおんなじ。何も分かっちゃいないんだぁ」

 最後の一言は少し気合いが入り過ぎたようだが、これは酒の勢いによるものだけでは決してない。

 羽生は調子を崩してはいないし、流れも悪くしてはいない。これが最終局を前にしての記者の考察であった。そのことをこの目で確かめるべく、私は朝の対局室にいたのである。歩が3枚。やはり羽生の強運は健在であった。

(中略)

 局面は本シリーズ初の本格的な相矢倉戦へと進んで行った。20数手までみんな同じようで、と、アマの皆さんからの評判があまり良くない陣立も、今日は新鮮に見えた。

 1図。羽生の攻撃陣は、雀刺しならぬ”トラ刺し”である。

「この攻めの形は、僕が五、六段の頃に指したものです。飛車先不突矢倉の原点ですね」と、副立会の田中寅彦八段。

 従来の雀刺しは、右の銀が4八でストップするため、前線への銀の酸化が思うに任せない不満があった。それを解消して”攻めは飛車角銀桂香”の理想形を具現したのがトラ刺しの値打ちである。命名は、観戦記者の東公平氏。

「最近、羽生君は僕の将棋を調べているらしい。他の人は、理解できないからマネしないけど」

 おっ、出たぞ。久々のトラ吠え。

(中略)

 2図は夕食休憩前の盤上。

 ▲5四銀とは、なんと豪気な一手であることか。1四で銀がタダになりかかっているから忙しく立ち回らなければならないとはいえ、何もこっちの銀も献上しましょうというのはいかに羽生でもやり過ぎではないのかと思えた。案の定、継ぎ盤での検討は△5四同金▲6三飛成△1四香▲5四竜は△8六歩▲同歩と突き捨てての△4九馬が厳しく谷川勝ち、という結論を導き出した。手順中、△1四香と2枚目の銀を取った瞬間は、後手の銀2枚得である。誰だって2枚得しているほうが勝つと思うだろう。

 ところが、田中が「まてよ、こんな手があるかもしれないぞ」と言って、△1四香の後に▲7二竜と指した。

「えーっ。そんな手ありっこないですよ。だって銀2枚損ですよ。それで後手玉を寄せ切るなんてできませんよ……」

 検討を数手進めるとすぐに負けたが、それは田中と記者との棋力の差がなせる業であって、局面の正しい形勢を示しているとは思わなかった。

(中略)

 夕食休憩後、指し手はパタパタと進み谷川△1四香が着手された。やはり谷川勝ちかと見てると、羽生の手がモニター画面に伸びて▲7二竜(3図)。

 あり得ないと思っていた手が、今確かに盤上にある。モニターが眩しい。部屋の電灯が急に暗くなったように思えた。

 谷川の手がなかなか伸びてこない。うまい受けがあるのなら、数分で次の手が指されるはずの場面である。26分の時は、あまりにも長かった。

 ▲7二竜に△3一飛は、▲4三桂!で飛車をどこに逃げても▲3一角。また、本譜のように△4一飛なら▲1一角が痛打である。4三も1一も、先手の銀を取ったために空いた穴ぼこだ。なんという恐ろしい手の作り方なのであろうか。

 もう一歩で完成した谷川の必勝陣。それを打ち破った2枚の銀捨てから▲7二竜と突っ込んだ一連の羽生の指し手を、記者は忘れることはないだろう。

 投了図以下は、△同玉▲2二銀打△1二玉▲1三歩△同馬▲同銀成△同玉▲2二角△1二玉▲1三歩△2一玉▲3二竜△同金▲1二歩成△同玉▲1三香△2一玉▲1一香成までの即詰み。盤上から5七の馬を消さずにおくのが棋士の嗜である。

 かくして、”七番指し”は決着した。今はただ、両雄の健闘を心から讃えたい。

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羽生善治四冠(当時)にとっては竜王位を失った後のタイトル戦だっただけに、流れから言っても、いつにも増して負けられない番勝負。

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「羽生が49手という短手数をもってして敗れた第4局を見たファンに、酒場にて尋ねられた」

この棋聖戦第4局は、羽生棋聖が2手目に△3二金と指し、谷川浩司王将(当時)は5筋位取り中飛車に進めている。

後手玉が3一にいる瞬間をとらえた谷川王将の6筋、5筋からの攻撃の構想が素晴らしく、谷川王将らしい鮮やかな展開となった。

中野隆義さんの「実際の場面でそれをきっちりと咎め切れる相手が何人いるか。あの将棋は谷川が見事であったと言うべきでしょう」の言葉通りの一局だった。

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1図のトラ刺しは、飛車先不突矢倉の精神をそのまま具現化したような駒組み。

「最近、羽生君は僕の将棋を調べているらしい。他の人は、理解できないからマネしないけど」

田中寅彦八段(当時)は、この時まで対羽生戦は4戦全勝の、羽生キラーだった。

このような場面でこのように吠えるところが田中寅彦九段らしくて最高だ。

この一戦でも、その時の立会人や副立会人や大盤解説者の得意戦法を採用する羽生流が出ている。

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羽生棋聖の銀2枚損からの収束が見事すぎる。

「4三も1一も、先手の銀を取ったために空いた穴ぼこだ。なんという恐ろしい手の作り方なのであろうか」

本当に凄い。

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「かくして、”七番指し”は決着した」

この期の棋聖戦五番勝負は、第2局で千日手が二度続いており、この二度の千日手局を含めると七番指しとなる。

千日手が一日に二度続いたタイトル戦〔羽生善治棋聖-谷川浩司王将戦〕

羽生棋聖は四冠を保持。谷川王将は翌期の棋聖戦にも挑戦者として登場してくる。

 

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