観戦記

「中学生当時の三浦君は、口はへらぬし、ガサゴソ動きまわるしの腕白小僧で、およそ将棋が強くなりそうには見えなかった」

近代将棋1993年12月号、甲斐栄次さんの「アマプロ勝ち抜き戦 蛭川敦アマ対三浦弘行プロ」より。甲斐栄次さんは甲斐智美女流四段のお父様。 祇園精舎の鐘の音に諸行無常の響きあり、沙羅双樹の花の色は盛者必衰のことわりをあらわす―「平家物語」では...
日記など

羽生将棋の真似をするには・・・

昨日の記事に、元・近代将棋編集長の中野隆義さんからコメントをいただいた。>「自分が羽生だったら簡単に抜けれるのではないかと考え、羽生将棋を研究し真似したら勝てるようになった」>これは、「自分が福山雅治だったら簡単にモテるのではないかと思い、...
棋士のエピソード

とても素直な三浦弘行三段(当時)

近代将棋1993年5月号、「昇級者のプロフィール」より。C級2組へ(新四段)三浦弘行 群馬から東京の連盟へ通うハンデを跳ね返したのは、毎日続けた詰将棋だった。百手を超すような長いものをやらないと落ち着かない。この鍛錬で培ったヨミの力がギリギ...
読む

羽生善治五冠(当時)「誰か詳しくこの話を知っていたら私に教えて下さい」

近代将棋1994年1月号、「戌年の将棋まつり」より。羽生善治五冠(当時)の「年男になって」。 平成6年は犬年。いわゆる私にとっては年男になるわけだが、あまりピンと来ない。 基本的には記念日的なものにはうとい方なので、誕生日や正月やお盆やクリ...
読む

藤井猛四段(当時)、打率0.167

近代将棋1994年1月号、「戌年の将棋まつり」より。藤井猛四段(当時)の「ヒットが出た ―私の野球」。 私はスポーツはあまり得意な方ではないが一年半前に将棋連盟野球部「キングス」に入部して野球を始めました。 それまでは野球は見るのが専門で子...