香港夜総会

香港の話題が出たので、香港での個人的な思い出話を書いてみたい。

私が生まれて初めて行った海外が香港だった。1989年3月のこと。

仕事の出張で4泊5日だった。

はじめの2日間は一人で日本の顧客の香港支店へ挨拶まわり。この頃は香港に事務所ができる前だったので全くの単身行動。

泊まったホテルは、千昌夫が買収したというホテルで中堅ビジネスホテルといったところ。

3日目と4日目は、日本から出張して来た顧客と合流して顧客香港支店で諸々のことなど。

日本から出張して来た顧客のNさんはとても人柄が良いキーマンだったが、とても遊び好きな方だった。

「飲む・打つ・買う」でいえば、「買う」に8割、「飲む」に2割の重心が置かれていた人だ。

出張前の打ち合わせで、

「ねえ、香港のナイトクラブって行ってみたいんだけれども、いろいろ調べておいてよ」。

私は職場で香港へ出張したことがある人複数名に香港ナイトクラブ事情を聞いた。

香港のナイトクラブは「夜総会」と呼ばれ、日本のクラブとは違い、デフォルトはテイクアウト的なことをしなければならないという。

私は、女性のいる店で飲むのは大好きだったが、その後のことまでは実行したくなかった。

「飲むだけにするにはどうすればいいんですか?」

「女の子が席についた時、今日は飲むだけと言えばいい」

飲むだけではない人は、何も言わなければ店の女性と店外へ出て行くことになる。

どちらにしても、飲んだ後は顧客とは離れ離れになるわけなので、顧客と別行動しても何の問題もない。

—–

出張1日目。

教えてもらった巨大ナイトクラブの前に行ってみた。

入り口にはターバンを巻いたがっちりとしたインド人が立っている。

「明後日来ようと思っているのですが、この店は飲むだけでもOKですか?」

と聞いてみた。

インド人は満面の笑顔で

「OK、OK」。

出張3日目。

顧客のNさんと合流。

その夜。

「いやー、成田空港に親父が見送りに来てくれて、『お前も妻や子供がいるのだから、香港でバカな遊びは絶対にするんじゃないぞ』って言われちゃってさー…」

「えっ、あれほど楽しみにしていたのに」

「だから香港では大人しくしているよ」

Nさんは「買う」以外の部分では真面目なので、父親との約束を破るわけにはいかないという。

「でも、せっかく香港に来たのだから夜総会に飲みにだけ行ってみましょう。はじめに『飲むだけ』と言えば大丈夫らしいですから」

「そう、じゃあ少しだけ行ってみようか」

そういうわけで、Nさんと私、日本から出張に来ているもう一人の人、3人で巨大ナイトクラブへ行ってみることになった。

店に入るとき、一昨日のインド人にあらためて、

「我々は飲むだけです。それでもOKですか?」

「OK、OK」。

私は大学時代の第一外国語が結果的にフランス語になってしまったほど英語が得意ではないが、Nさんも英語は大の苦手。私は初めての海外だが、Nさんもまだ二度目の海外。

Nさんが言う。

「ねえ、あのインド人、とっても恐そうだったよ。店に入らずに帰ろうよ」

「ここは有名な店ですから大丈夫ですよ」

—–

店内は広い。ロールスロイスが飾りで置かれている。今でいえば1000人は入ることができる社会人団体リーグ戦の会場よりも広い店だ。

席に着いて、席の担当のボーイさんに

「入り口でも説明してきましたが、我々は飲むだけですからね」

「OK、OK」。

Nさんたちとは「飲むだけ」で1時間くらいで帰ろうということで意思統一はできていた。

女性が3人席につく。韓国のチームということだった。

韓国のチームを仕切っているママ(チーム毎にママは何人もいる)が挨拶に来る。

「今日は楽しんでいってください。とても素敵な女性がお相手しますから」

「天国の階段」のテ・ミラを更に恐くしたような感じのママだった。

私の隣に座ったのはリーダー格の気が強そうな女性。

香港に来たのに香港の女性ではないのかと少し戸惑ったが、飲むだけなので特にこだわる必要もない。

酒を飲みながら雑談して10分経ったころ、リーダー格の女性が私に対し「あなたがOKと言えば、私たちを今晩好きにできる」と言ってきた。

「いや、申し訳ないけど、お店にも飲むだけと言ってあるし、ごめん」

やや、雑談のペースが落ちて10分後、またリーダー格の女性が

「あなたがOK言えば、私たち今晩好きにできる」

「いや、本当に、今日は飲むだけなので…ごめんね」

女性が3人、韓国語で何か話している。やや激しい口調に聞こえたので、決して良いことではないのだろう。

ステージでは、フィリピン人女性歌手によるショーが始まった。

会話のペースはもっと落ちる。

気まずい雰囲気。

Nさんは完全に固まっており、不安な表情をした蝋人形のようになっている。

これ以上、店にいても国際交流上良くないことなので、リーダー格の女性に「ごめん、そろそろ帰らなければならないので…お勘定を」と伝えた。

リーダー格の女性がボーイさんに耳打ちする。

すると、2~3曲を歌い終えた、フィリピン人女性歌手が私の前へやってきた。

「何かリクエスト曲はありますか?」

流暢な日本語だった。

私は思わず反射的にカーペンターズの「スーパースター」とリクエストしてしまっていた。

リクエストをしている場合ではない、これは彼女達の必死の引き留め策なのだ。

フィリピン人女性歌手は、私の前で「スーパースター」を歌う。

歌はとてもいい雰囲気なのだが、私は針のむしろ状態。

聴いている最中とても辛かった。

歌が終わってフィリピン人女性歌手は去っていった。

去っていった後、リーダー格の女性が言った。

「なんでチップをあげなかったの?」

言われてみればそうだ。初めてとはいえ、ここは海外だったのだ…。

間もなく勘定書が届いた。

18,000

とあった。

当時の1香港ドルは17円だったので、306,000円……。

目の前が真っ暗になり、体中から冷や汗が出た。

何もしていないのに。

何もしていないからこのような金額になってしまったのか。

クラクラしながら勘定書をもっとよく見てみると、通貨が円だった。

この時ほどホッとしたことは、その後の人生の中でもなかなかない。

最終的には、私たちは無事「飲むだけ」で店を出ることができた。

しかし、帰国後調べてみると、彼女達には店からは給料が出ずに、全ての収入はお客から直接受け取るお金だけということがわかった。

どのような仕事でも、人はそれぞれ様々な事情で働いている。

香港での私たちは、彼女たちに1時間以上の只働きをさせたことになる。

本来であれば、何もしないかわりに、その場でチップを渡すなり、外へ食事に連れて行って相応のチップを渡すなりすることが正しい道だったのだろう。

歌手に対するチップも含めて、違った文化を持つ国のそういう場所へ、軽い気持ちで行ってはいけないと痛感した。

帰国後、私はテレサ・テンの「香港」を歌っては、彼女たちに心の中でお詫びをしていた。