将棋世界1990年4月号、脚本家の石堂淑朗さんがホストの対談「石堂淑朗の本音対談」より。
ゲストは先崎学四段(当時)。
石堂 プロ同士で対局して、感想戦をやりますね。あれは本当に奥の手を披露する訳ですか?
先崎 みんなウソつきです。将棋指しはこと盤上に関しては本当にウソつき族ですから。ウソついているのは分かりますね。口じゃこんな事を言っているけど、家に帰れば違うんだろうとか(笑)。
石堂 あなたの仲間で一番ウソつきは誰? 羽生? 森内?
先崎 みんなウソつき。タヌキかキツネという感じですね。ある意味じゃ、それは当然なんですよ。
石堂 加藤一二三さんはウソつきじゃないという気がするよ(笑)。
先崎 加藤先生はクマだから(笑)。確かに加藤先生は自分の研究について、しゃべらないですね。そうか、何もしゃべらないのはウソつきじゃない(笑)。
石堂 じゃあ、二上さん。僕はあの人の感想戦を聞いていて、本当に感動するね。手は分からないんだけど、とにかく顔を見てて、この人はウソつかないな、とことん研究しているなという気がしてね。他の人はやっぱり、曖昧にスッスッと進めるところがある。
先崎 そこでやっている研究が本当に楽しいのか、次の将棋に勝つために研究しているか、という違いがありますね。次の将棋を勝つためにやっているのだったら、手の内を見せるのはマイナスになりますよ。
石堂 二上さんが天下を取れなかったのは、それだと思うんだよ。やっぱり、本当の善人で、二上さんだけはウソつかないという気がする。
先崎 うーん、だまされてますね(笑)。ところで僕、感想戦が大嫌いでしてね。感想戦をやらない方がいいと思うんですよ。
石堂 どうして?
先崎 だって、しょうがないじゃないですか。終わった後の将棋をつついても。
石堂 でも、やっぱり負けて悔しいから。
先崎 僕もたまに1時間ぐらいやる事がありますけど、それは負けた時ですよね。相手が先輩の時はやりますけど、とにかく、終わった後の事をほじくり返しても、しょうがないですよ。あまり何時間もやっていると、読み筋にない局面が出てきて、それをどんどん進めて。意味ないですね。時間の無駄です。
石堂 うん、うん。
先崎 感想戦、なくした方がいいと思いますよ。
石堂 観戦記者用も、もちろんあるんだろうけど。みんな寄ってたかって、やっている雰囲気が僕は好きだけどもね。
先崎 ええ、好きな人間が勝手にやればいいんであって、慣習にする必要はないんですよ。
石堂 高橋道雄さんのように、感想戦をやらないで帰っちゃう人もいるけど。あなたみたいに、嫌いだからやらない、それとも腹が立って悔しいから口を利かない、どちらですか?
先崎 でも、高橋さんは感想戦やりますよ、普段は。たまに帰っちゃうけど(笑)。
石堂 見てたら、本当に怒っているね。
先崎 昔、凄かったですよ、家庭を持つ前は。でも、この間棋聖戦の挑決で帰っちゃったけど、あれは立派な行為じゃないですか。
石堂 俺もそう思った。
先崎 腹が立ったから帰る、素晴らしい行為じゃないですか。盤をひっくり返せばもっと良かったのに(笑)。あれは観戦記者が困るだけで。でも観戦記者だったら―。
石堂 別に困りゃしないんだよ。怒っているなら、その通り書けばいいんだから。
先崎 そうそう、高橋さんが怒って帰った情景は、非常にドラマチックですものね。それだけで観戦記書けるようなものですよね。へんな手の解説よりも、ずっといいと思いますよ。あの程度の事で失礼も何もないですよ、棋士としては。
(以下略)
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高橋道雄八段(当時)が感想戦をせずに帰ってしまった棋聖戦挑戦者決定戦とは、対屋敷伸之四段(当時)戦のこと。
17歳の屋敷四段に敗れた高橋八段は、投了後10分あまり、一言も発しなかった。
→高橋道雄八段(当時)「まずい将棋を指して、申し訳ありません」
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屋敷伸之九段もこの1990年代のこの当時、感想戦ではほとんど無口。
この数年後のこと。
先崎学八段の「フフフの歩」より。
ケチのつき始めは、竜王戦ランキング戦2組決勝の屋敷戦だった。2組は準優勝でも本戦にでられる。つまり、この将棋は本戦出場確定の後の気楽な将棋、棋士仲間でいうところのボーナスゲームなのだ。
伸び伸びし指して―というところだろうが、僕はどうしても勝ちたかった。もちろん優勝賞金も欲しかったが、ここで勝てないようでは挑戦者になどなれないと殊勝なことを考えたりもした。
もう一つ、ちょうどその頃、僕は精神的にすこし参っていて、せめて将棋ぐらい頑張ろうと思ったこともある。ほんの1cmでも気の抜いた将棋を指したら、張りつめていたものが、いっぺんにバラバラになってしまうような気がしていた。
秒読みまで粘ったものの内容は完敗だった。まあ負けちゃったものは仕方がない。問題はその後だった。
投了直後はかなり頭に血が昇っていた。神経は昂っていながらにうつろで、とても口を開くことができない。なにを喋ってもうめきになってしまいそうな状態だった。これは、1分将棋を長々と続けた時にままあることである。
喋る気がしないので黙っていると、相手の屋敷君も口を開かない。普通は、勝った方が冷静なので、会話のきっかけをつくるものである。だが彼も頑としてじっとしている。
観戦記者や棋士が入室してきても沈黙は続く。観戦記がつかない将棋ならば僕はそのまま席を立っていただろう。
うつむいているうちに、僕は悪戯心を起こした。
―このまま俺が黙っていたらどうなるんだろう―
歯をくいしばり、唇をかみしめ、絶対に自分からは喋らないぞという決心をかためた。
屋敷君はじっとしたままである。観察しているとあまりに動かないので不気味ですらある。そのうちにハンカチで顔を拭いたのでちょっと動いてホッとしたが、すぐに元に戻って、やはり口を開く気配は微塵もみせない。
時は無意味に流れていく。空疎な時間は長く感じる。沈黙は1、2分だったか5分くらいだったか、今にして思えば時計を見ていれば良かったが、さすがにそんな余裕はなかった。
僕は負けた。遂に異様な空気に耐えられなくなったのである。
「・・・歩、打った手が・・・・・・悪かったね」
口から出たのはこんな言葉だったか。
「はあ……」
屋敷君が答えて駒が戻された。短い感想戦だった。
(中略)
さらに別の時。
高校竜王戦が福岡で行われ、その帰りのこと。
帰りの飛行機では屋敷君と隣り合わせになった。
二人とも呑ん兵衛である。当然飛行機の中での過ごし方は決まっている。
「屋敷君、ビールでも飲むかい?」
「ええ、飲みましょうか」
衆議一決我々はビールに酎ハイをしこたま買い込んだ。
この日、さすがに夏の疲れがたまって、僕はぐだぐだだった。会話を自分から作るのが億劫ですらあった。離陸すると僕は屋敷君にいった。
「今日は疲れたから俺からはあまり喋らないからなにか喋ってくれ」
「はあ、分かりました」
二人でぐいっとビールを飲んで10数分、彼からは一言も語りかけがない。僕は決して最初からそんなつもりではなかったが、段々と意地になってきた。
「君は、自分から人に喋るということはないのかい」
「はあ、ええそういえばあまりないですね」
「……」
そしてまた静寂が訪れた。僕も、もう後には引けない。お互い、ぐっと腕を組んで前をじっと睨んでみじろぎもしない。あるいは僕の発言が嫌味に聞こえたのかもしれないが、それは誤解で、竜王戦の仇討ちのつもりだっただけなのだが。
羽田まで1時間ちょっと。とうとう二人は一言も口をきかなかった。彼は「もう一本いいですか」もいわないで、スチュワーデスにアイスコーヒーを貰っていた。
仕方がないので僕は、ずっと一人でひたすら酎ハイを飲んでいた。
羽田に着き、まだ二人は沈黙していた。出口を出て、僕は「お疲れさん」といった。屋敷君はニッコリ笑って「お疲れ様でした」といって深々と頭を下げた。
様々な局面があった夏だった。静寂で始まり、喧騒の中に身を投じ、最後はまた静寂に戻って、僕の夏は終わった。
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この当時の屋敷伸之九段は、人から話しかけられれば普通に喋るが、自分から話しかけるのは苦手といった感じだったのだろう。現在からは想像がつかない姿だ。
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そういえば、あれは7年前。
あるパーティーの後、Y新聞のOさんと屋敷九段と3人で飲む機会があった。
飲んでいる時も、喋っている時も、歌を歌っている時も、女性と話をしている時も、屋敷九段は、いつもの笑顔の表情だった。
寝ている時も笑顔なのではないだろうかと思えてしまうくらい、ずっと笑顔だった。
一緒にいて、とても楽しい気分になった。
その屋敷九段も、NHK将棋講座最新号のエッセイによると、酒をやめてから3年経つという。
基本的には将棋のために酒をやめたということだが、詳しくはNHK将棋講座最新号をご覧ください。
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