剱持が勝つと言えば絶対勝つ。(2)

昨日に続いて、湯川博士さんの振り飛車党列伝、「勝つと決めたら勝つのが男 剛剣軟剣両党遣いの、剱持松二八段」より。

—–

勉強しない、運が強いと強調する人に限って、人知れず努力している。剱持さんの将棋で有名になったのが、羽生を順位戦で負かして羽生の出世を遅らせたことだろう。

photo

図(1988年・C級1組順位戦)は、終盤の寄せ合いで自陣桂(▲3七桂)を打った局面。羽生は飛車角4枚+金銀3枚。剱持は金銀5枚+桂4枚。まさに肉を切らせて骨を断つ、剛剣の極みだ。

図から△2四玉▲1一成香△2三玉▲6四歩△1一角▲2五銀△2四歩▲1四銀!。

途中で一歩補充するところが、剱持流の人を食ったような落ち着き。そのときの将棋年鑑には「剱持七段から受けた黒星が重く、同星の頭ハネを食った。年間成績4部門1位の羽生にとって、唯一悔いが重く残る棋戦…」とある。

剱持さんはこの対局の半年前、順位戦で当たる羽生の将棋を調べた。

「ほとんどが序盤悪くして中終盤に逆転して勝っている。羽生はほんとは弱いのに、皆ミスを出して負けている。だから序盤で差をつけたら、中終盤ミスを出さないようにすればいい。私は将棋教室の会報で半年前、羽生には勝つと言ったんだ」

剱持が勝つと言えば絶対勝つ。

この信念がなによりも凄い。

この剱持流哲学は読者も大いに使えると思う。

「私はね、ここぞというときに本気出す。そうすると、私のお客さんは先生凄いですねと感心するんだ。そういう勝負に1回勝つと、1年から2年は持つよ」

持つ、というところで筆者は感激した。なかなかそうは思っていても口に出せないことばだが、剱持さんが言うと人生の味わいすら感じる。

—–

(この頁には当時の週刊将棋の記事が掲載されている)

[見出し]

見たか ベテランの底力

剱持、羽生に熱いお灸

[左側写真]眼光鋭い羽生五段

[右側写真]羽生のにらみを全身で受け止める剱持七段。ベテランの貫禄がにじみ出ている

[記事]

昨年の成績が八割の羽生と二割台の剱持の対戦とあれば、多くのファンが羽生楽勝を予想したことだろう。しかし、関係者にはそう思わなかった人も多かった。

前局で堀口五段に快勝したように、剱持は若手と対すると、別人のようにファイトを燃やす。そして本気になったときの剱持は怖い。五年前と三年前の二回にわたって、高橋七段を負かしたこともある。(以下略)

—–

竜王戦は後発ながら、その高額賞金で名人戦と肩を並べる棋戦になった。毎年アマ強豪4人が参加することでも話題になった。気の弱い棋士は、どうかアマに当たりませんようにと願っていると聞くが、我が剱持先生は違う。

平成10年、剱持八段は竜王戦の6組で、林隆弘アマとの対局がついた。林アマは前年度アマ準竜王である。学生ながら、1回戦で伊奈四段を破り勢いにのっている。一方剱持先生は、自分が経営する道場で、こう言ったそうだ。

「私が本気出せば、学生に負けるわけがない。負けたら道場を畳みますよ」

この噂はたちまち広がり、当日の将棋会館には観戦者が押し掛けた。

緊張した対局室で、試合開始前の談話。

「君は早稲田だってね、何学部? あ、そう~。ウチのせがれは法学部だよ」

林アマは思わぬ盤外口撃に、顔を上気させていた。観戦記者によるとプロがアマにプレッシャーをかける姿は珍しいという。

(中略)

結果は、剱持八段の完勝だった。道場の常連客は、やっぱりウチの先生は強いと喜んだ。

翌年も剱持八段はアマに当たる。

しかも今度はアマ棋界で1,2を争う早咲誠和アマ。アマ名人2回をはじめアマ竜王、アマ王将などタイトル総なめ。1回戦では若手強豪(のち新人王)の松尾四段を破っての登場だ。

だがこのとき剱持先生いささかもあわてず、早咲アマの棋譜を調べた。

「本を見て覚えた将棋ですよ。固めるだけで駒がぶつかったら弱い。あれでは剱持流に勝てない」

剱持が勝つと言えば勝つ。

これも観戦者が大勢見守る中、完璧な穴熊の姿焼きをつくった。

「穴熊にさわらないで投げさせようとおもっていたんだけど、ウチの会報に棋譜を載せることを思い出して、寄せにいったけどね」

図(1994.1.28竜王戦)は早咲の飛角損でまったく勝ち目がない局面。ここまで攻めずに駒を取る辛さが、剱持流真空切りの極意だ。

柔らかく受け、出ばなをタタキ、差がついたら触らずに斬る!

(図は、先手が早咲アマ、後手が剱持八段)

photo (1)

つづく