将棋世界1994年10月号、泉正樹六段(当時)の「後手必殺急戦矢倉」より。
前置きしたように猛進君もあまりの暑さのため少々バテ気味。そこで今回はまどろっこしい序盤の駒組みなど無視して、いきなり戦場の白熱した場面から次の一手風にアレンジしていきましょう。
意気盛んに飛び出た△8六飛に対して6九の玉をこれが受けの形とばかり力強く▲7八玉と受けたのが1図。
ヒントとして正解手をご自由に選択していただきます。
〔候補手〕
①△8八飛成 ②△5七桂成 ③△6六角
①の△8八飛成を選ばれた方は「どうせ野獣講座なんだから、一番激しい手が正解だろう」とタカをくくっていますネ。どっこいこれには▲同玉に△6八金と攻めたてても、以下▲5五歩△同角▲同金△6七金▲6五金(暗中模索の図)となり寄せが見当たらず四苦八苦。
図以下△8六歩は▲7九桂。△6四歩も▲6八歩△同金▲6六金で簡単にしのがれてしまいます。やはり強攻するときは、それ相応の結果がともなわなくてはいけませんネ。実のところ、私もこのような失敗をイヤという程味わってきましたので、この飛車切りを選ばれた方の気持ちは心中ご察しいたします。嗚呼……。
②の△5七桂成を指された方はきっと「いつも読んでるけど、あんまり勉強にならん講座だなあ~」と、けっこう筋に明るい高段者のはず。仕方のない▲同銀にこれが手筋とばかり△6五歩で胸を張っていることと存じます。しかし残念ながらこの手順は先手の遊んでいた飛車と銀を働かせた罰により、▲8七歩△6六歩▲8六歩△6七歩成▲同玉(一筋縄ではいか図)で、先手に思わぬ復活を与えてしまいます。
この流れを言い換えれば、チェックインしておきながら、なれない酒を彼女に合わせて飲んだことが今になって利いてきたようなもので、とっさに頑張ろうと思って影に隠れてコソコソとドリンク剤を所望したところで「焼け石に水」となる事必定です。な、情けない……。
③の△6六角が真の野獣攻撃をご理解していただいている貴方。▲同銀に△6八金(野獣猛進の図)となれば、この手順が正解なのは一目瞭然、火を見るより明らかとなります。
種を明かせば、実に簡単明瞭な3手の読み問題でしたが、こうも暑いと思考回路が鈍り明快な勝ちを見過ごしてしまいがち。チャンスと思ったときは、トイレに行くふりをして頭を冷やしてくるぐらいのゆとりが彼女のハートを射止める有力な指し手のようです。
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泉正樹六段(当時)の非常に個性的な講座。
選択肢付きの次の一手問題でのこのような比喩を使った解説は、泉正樹八段の専売特許だ。
後年の近代将棋に連載された泉八段の講座での選択肢付き次の一手問題の解説は、もっと切実ではない雰囲気の比喩に変化している。
これは、綺麗な奥様と結婚したこと、愛犬のエルちゃんにメロメロになったこと、が大きな要因と考えられる。
どちらの比喩もわかりやすいことには変わりはない。
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それにしても、この問題図を見て、私が一番初めに思い浮かんだ手は△5七桂成だった。
「筋が良い」「筋に明るい」とは、”力強くない棋風”に直結しているという。
私ももっと精進しなければならない。