将棋世界1995年10月号、河口俊彦六段(当時)の「新・対局日誌」より。
控え室へ引き揚げると、郷田五段が遊びに来ていて、出版部の中野君と碁を打っていた。覚えたばかりのようだから、棋力云々はなし。将棋で言えば、駒組みを知っているが、詰まし方は知らない、といった感じである。郷田君なら、まず詰碁に熱中しそうだが、碁と将棋は違うのだろう。
先崎君も見ていて、なんとなくムズムズしてきたらしい。たまたま、日経の松本記者がいるので、弁舌たくみに盤の前に座らせた。先崎君はだいぶ強い(といっても有段者、というだけのこと)ので先崎対郷田戦とはならない。レベルが大違いだが、升田対大山戦もなかった。そんなところが、将棋界らしいと思いませんか。
二局を見ていて、真部八段に、すぐ来い、と電話したくなった。この碁なんかは、最高の酒の肴だろう。
これが将棋の天才とはどうしても思えない、などの決まり文句を言いあいながらのビールは、さぞ旨かろう。酒は別腸・碁は別智、と言うそうだが、たしかに、碁の強い弱いは、頭のよいわるい・将棋の強い弱いとは関係ない。誰が言ったか知らないが、昔の人はうまく救ったものである。
それにしてもこの碁は……。
これ以上いると、貴重な囲碁ファンを失いかねない。口を押え、そっと帰ったのだった。
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ここに出てくる「出版部の中野君」は、中野隆義さんのこと。
中野さんからのコメントに次のようなものがある。
>△1四飛に▲3三香成と桂を取れば、△4四角▲7七金△3三金にて”蛍の光”。
これって最高に面白い表現ですね。読んでいてブッと吹き出しました。確か、蛍の光ってのは真部さんが言っていたですかね。
私めと碁を打っているときに「蛍の光か・・・」とつぶやかれたことが何でかあります。
投了を催促されていることに気づかない私めは、ほっほっホタル来い、こっちの水はあーまいぞ、とやって、「それは蛍。この碁は蛍の光なの!」ときつく言い渡されたものです。
郷田真隆五段(当時)と中野さんの囲碁は、とてもほのぼのとした雰囲気で行われていたのだと思う。
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私が32歳か33歳の頃のこと。酔っ払いながら書店に寄って、「囲碁入門」と「35歳から始める英語」の2冊を買って帰った。
飲んだ帰りだから衝動買いだったのだろう。
その頃の私は、将棋は道場で三段とか四段だったが、囲碁もやってみれば面白いのかなと考えたのだった。
しかし、本を読んでみると、感覚的に理解できないことばかり。
序盤の戦法のようなものもなさそうだ。
読んでいるうちに、そもそも囲碁の勉強をする時間があるのならその時間を将棋の勉強にあてるべきだろう、と思い、囲碁の入門書はすぐに読まなくなった。
「35歳から始める英語」は、35歳になってから読み始めた方が効果が出る本なのではないか、と考え、すぐには読まなかった。というか、今になっても読んでいない…
どちらにしても、囲碁と将棋は、食べ物でいえば、ハンバーグとメンチカツの違いどころではなく、スポーツドリンクとカレーライスくらい性質を異にしているものだと感じたものだった。
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囲碁も強い郷田真隆九段なんて郷田九段らしくない。
郷田九段は将棋。
そのように思わせてくれるところが郷田九段の魅力の一つなのだと思う。