将棋世界1987年4月号、銀遊子さんの「関東奨励会レポート」より。
双葉より芳し
奨励会を見るのは楽しい。
競馬で例えると、新馬戦を見ているようなもので、馬っぷり、血統、フットワークなどで各馬の将来性を占う楽しみが、なんとも味わい深い。これは大物だぞ、とにらんだ若駒がポンポンと勝ち上がって出世していった時など、これほど爽快な気分はない。
羽生善治に大物を感じたのは、一昨年の将棋の日、一般公開で行われた「奨励会10分切れ負けトーナメント」でのことだった。一回戦から決勝まで、羽生は楽勝の連続。それも、詰まして勝つのではなく、ことごとく敵を時間切れに追い込んで勝つのであった。難しい局面でも苦もなく手をひねり出すのが羽生、それがほとんどパーフェクトともいえる指し手なものだから、相手ばかりが考え込んでしまって徐々に時間に大差がついてしまうのだ。「早見え」という点で、羽生はまぎれもない天才だと私はこの時に思った。
(中略)
現役では
現役の会員では、森内俊之が将来性ピカ一の存在。
いわゆる、博才に長けたタイプで、終盤の混戦を確実にモノにする勝負勘は天性のものだろう。射程距離が長く、しかも自分それをよく知っているので、終盤の追い込み力はまさにド迫力だ。四段になるのはもう時間の問題、デビューすれば、即、脚光を浴びる存在になるだろうと、ここで予言しておく。
佐藤康光もかなりのものだ。こちらは、学校の勉強も一所懸命やるし、趣味でバイオリンも弾くという秀才型。将棋自体も実に大人っぽい感じで、イメージ的には奨励会時代の青野照市八段をホウフツさせる。目立ったところがなく、それでいて終わってみると勝っている、というのは実は大変なことで、若手棋士の中には森内以上の評価を与えている者もいるほど。これからどういう成長を見せてくれるか、楽しみな人だ。
未知の魅力では丸山忠久二段だ。将棋自体はまだまだ弱い、と評価してる人が多いし、私もそれを強く否定できないでいるのだが、なんとも言えぬ大物感が丸山君にはあるのである。読まない強さ、とでも表現しておこうか、残り時間がタップリある中終盤の難所で、気の迷いを少しも見せずにパッと手を下せる度胸というものに、いたく魅かれるものがあるのだ。
この人は、あるいは壁にぶち当たるかも知れない。しかし、それをどう打ち破るかで玉にも石にもなれると、私は見ているのだ。玉になってくれよ、丸山君。
有難うございました
連載物の大敵”マンネリズム”が、自覚症状をともなって襲って来ました。このあたりで後任者にバトンタッチするのが適切でしょう。
読者の皆さん、私、銀遊子の拙文に長い間おつきあいをいただきまして、誠に有難うございました。今後も相変わらず奨励会に注目してくださるようお願い申し上げて、お礼のあいさつにかえます。
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銀遊子さんによる「関東奨励会レポート」最終回。
銀遊子こと片山良三さんは、このあと、サンケイスポーツに入社することになる。
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それにしても、奨励会員で将来性があると取り上げた三人(森内俊之三段、佐藤康光三段、丸山忠久二段)が全員名人になっているのだから、片山良三さんはものすごい慧眼の持ち主だと言えるだろう。
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「奨励会10分切れ負けトーナメント」、これは出場選手はとても大変だろうが、観る将棋ファンの方々にはとても喜ばれるイベントになるかもしれない。