将棋世界1985年7月号、銀遊子さん(片山良三さん)の「関東奨励会だより」より。
関東期待の、いやいや、将棋界全体が”超大物”と期待をかけている羽生善治(はにゅう、などと読んでいては時代に取り残されますぞ。「はぶ」と正しく覚えましょう)が、いよいよ三段まで上がって来た。45年9月27日生まれの14歳である。久々の中学生棋士の誕生はもうどう転んでも確実だろうし、15歳になる前に奨励会を卒業してしまうことも彼には難しくないと思う。
羽生君の素晴らしい才能については、この欄で再三にわたってくどいほどに述べてきた。若い人を手放しでほめてしまうことは、本当は非常に危険なことだと認識しているが、彼の場合は少しも天狗になるではないし、至極順調に才能を開花させてくれているのが筆者としてもうれしい。
家庭環境をはじめ、彼をとりまく状況の全てが恵まれたものになっているのだろう。文句なしに「大器」と断言できる。
1図は三段昇段を決めた、堀川二段との対戦のひとコマである。
先手堀川の5筋歩換中飛車に対し、羽生が気合いよく中央から逆襲に転じて激戦となり、飛角交換で一段落したのが現在の局面。一見、堀川に楽しみの多い将棋とも思えたが、ここから羽生は手ぎわよく優位を確立してみせる。
1図以下の指し手
△6七飛成▲1一角成△2二銀▲1二馬△5六歩(2図)△6七飛成とは、指されてみれば当たり前だが、柔軟な頭でないとなかなか思いつかない手である。▲1一角成を与えまいとばかり考えていると、▲8三角と打たれてキャインと言わされる。
▲1一角成に△2二銀打とガッチリあたため、△5六歩(2図)とたらした局面をながめてみると、これはどう見ても後手が勝勢。無駄なことを考えないスッキリとした頭脳には、将棋とはかくも簡単なものかと凡人にはうらやましくなる。
2図以下の指し手
▲6八香△7八竜▲8三角△5七歩成▲6一角成△6八と▲4八金左△5一香(3図)以下は▲1一金△同銀▲同馬△2二金▲2八玉△5八と▲5一馬△4九と▲4一馬△同玉▲5八香△5七歩▲4九金△5八歩成▲同金△1二金(4図)までで後手の勝ち。
まだ難しいはずの局面から、糸をひくように勝ちきってしまう非凡さを味わっていただきたい。
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銀遊子さんの『若い人を手放しでほめてしまうことは、本当は非常に危険なことだと認識しているが、彼の場合は少しも天狗になるではないし、至極順調に才能を開花させてくれているのが筆者としてもうれしい。家庭環境をはじめ、彼をとりまく状況の全てが恵まれたものになっているのだろう。文句なしに「大器」と断言できる』。
将棋の実力だけではない総合力、システムに例えればアプリケーションのみならずインフラも秀逸、と言うことができるのだろう。
なおかつそれが、中学生の時に既に実現されているのだから、本当に凄い。