将棋世界2000年4月号、河口俊彦六段(当時)の「新・対局日誌」より。
3図は中原得意の戦型。森下八段が△3四金と歩得をしたところだが、はなれ駒が生じた。中原永世十段は、待ってましたとばかり攻撃を開始する。
3図以下の指し手
▲1五歩△同歩▲同香△同香▲8四歩△同歩▲8三歩△同飛▲5六角△8二飛▲3四角(4図)1筋で一歩を持ち、8筋に手をつけて飛車金両取りを狙う筋は、プロなら第一感で浮かぶ手で、控え室でも早くから調べられていた。
佐藤名人が早くから継ぎ盤の前に座り、中原門下の小倉六段が中原側を持って攻めまくっている。常連の石川六段、勝又五段は解説役といった感じで意見をはさむ。なんべんやっても先手側がおもしろい。ついに手順中の▲8三歩に△6二飛と逃げる手まで調べられたが、▲8四飛とさばかれては、香得でも後手いけない。
とすれば、何処かで後手は攻めをかわさねばならないが、一本道で変化の余地がない。勝又君いわく、「森下さんは金香交換でも指せると思っているのかもしれませんよ。これですからね」と後手駒台へ手をやった。そこには歩が山盛りになっている。
実戦は予想通り4図まで進んだ。
この局面、十人中九人が先手側を持ちたい、というだろう。しかし森下は、歩得が大きいの信念を変えない。中原さんの頑固さも相当なものだが、森下八段もそこは負けていない。
(以下略)
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この一局は、終盤まで互角の戦いが続き、最後は森下卓八段(当時)が勝っている。
森下卓九段の「駒得は裏切らない」という言葉が有名だが、森下八段は、「香と歩3枚」と金1枚の取引が決して損ではないと判断したことになる。
そういえば、谷川浩司九段が駒の価値を点数化したものがあったと思い、調べてみると、まとまっている記事があった。
→3人のプロ棋士が教える将棋の駒の価値の比較(じゅげむの将棋ブログ)
3図から4図へ至るまでの「香と歩3枚」と金1枚の価値を計算すると、
谷川浩司九段の理論では6点対6点
渡辺明竜王の理論では6~6.5点対6点
青野照市九段の理論では7点対8点
ほとんど等価であることがわかる。
厳密には、3図の一手前、△3四金と歩を取って「攻めて来い」と言っているのだから、「香と歩4枚」対「金1枚」の交換とも考えられる。
この場合、谷川理論と渡辺理論では「香と歩4枚」の方が得、青野理論では等価ということになる。
理論で積み上げると飛車金取りをされても問題なし、なのだが感覚的には飛車金取りを食ってはマズいという概念が先に立ってしまう。
なかなか気が付きにくいところだ。
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とはいえ、森下九段だから、駒台に歩が5枚乗っていると、”らしい”と言われるわけで(子供の頃から駒台はいつも歩の山だった)、その辺が個性というもの。