将棋世界2001年9月号、沼春雄六段(当時)の「将棋再入門」より。
今月号ではあっという間に上達する方法をお教えしましょう…と言いたいところなのですが、申し訳ないことに、実はそんなものはないのです。
将棋の序盤は戦法が多く、中盤の戦い方は広く、終盤で玉を寄せる際は複雑怪奇と、どこまでいっても難しいばかりで、特に初心者には大変なのです。
しかし先月号でもふれました通りで、この難しく面倒な部分こそが将棋の面白味なのですから、繰り返しになりますが、しばらくはガマンしてください。
いつまで辛抱すればよいか、は個人差があって何ともいえないところです。
ただ言えることは、将棋の上達にはこの将棋というものを長く好きになっていただくことが必要だ、ということです。
でも最初から面倒ではせっかく持った興味が半減するのも仕方ないでしょう。
そこで私から初心の方々にお願いなのですが、それはご自分が指す将棋以外にこの将棋の世界そのものを好きになっていただけないか、ということなのです。
つまりプロの対局に興味を持っていただきたいのです。
現在将棋界では竜王戦、名人戦を始めとして数多くの棋戦が戦われています。
プロ棋界を好きになっていただければ棋士達の一勝一敗が面白くなるでしょう。
私は相撲ファンですが、自分で相撲をとろうとは思いません。
また時代劇も大好きですが、まだ人を斬ったことはありません。
つまりプロ棋士への興味ならば技術の上下に無関係に楽しめるはずです。
(中略)
幸い現在のプロ棋界は多士済済、魅力的な棋士が数多くいて、皆様のそれぞれの期待にも十分添えると思います。
強い棋士がお好みならば本誌出演度抜群の羽生善治五冠をはじめ丸山忠久名人、藤井猛竜王などのタイトルホルダーがいます。
ほかに佐藤康光九段、森内俊之八段、先崎学八段ら。そして復活を狙う谷川浩司九段。
また現在タイトル戦に登場中の郷田真隆八段や屋敷伸之七段。
女流棋士達も数が増え、美しさとたくましさも充実しています。
そして悪役が好きならば人柄の悪さ天下一品の……イヤ、やはりこれは名前を出しにくいですね。でもこれも見ていただくうちに誰かは自然に分かる…かもしれません。
いずれにしましても皆様に好かれる要素は充分と、これは我田引水だけではないと思っています。
そしてそれらのプロ棋士があやつる盤上での奇手妙手を理解するためにも上達したい、となってくれれば嬉しいことこのうえもありません。
(以下略)
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「そして悪役が好きならば人柄の悪さ天下一品の……イヤ、やはりこれは名前を出しにくいですね。でもこれも見ていただくうちに誰かは自然に分かる…かもしれません」
沼春雄六段(当時)が誰を思い浮かべて書いていたのかはわからないが、かなり踏み込んだ文章でもあると思う。
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悪役の俳優は人柄の良い人が多かった、あるいは後輩や大部屋俳優から慕われる人が多かったと言われている。
そういう意味では沼春雄七段が書いている悪役とは大きく意味が異なる。
成田三樹夫さん、山本麟一さんなどはその典型だろう。『緋牡丹博徒』シリーズや『仮面の忍者 赤影』などでの悪役で有名な天津敏さんも非常に優しい人だったという。コテコテの悪役とは少し異なるが岸田森さんも同様。
どういうわけか、私は大人になってから悪役俳優が大好きになってしまった。
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プロレスラーも、大人になってから悪役(ヒール)が好きだったことに気づいた。
もっとも外人悪役プロレスラーの場合は、人柄の良い人ばかりではなかったようだが。
あるパーティーで郷田真隆九段(当時)と短い時間立ち話をした時のこと。
プロレスの話になって、「私が好きなプロレスラーは、フレッド・ブラッシーとフリッツ・フォン・エリックです」と私は話していた。
しかし、言った瞬間、あまりにも二人のレスラーの取り合わせというか選び方が、変なことに気付いた。
フレッド・ブラッシーは噛み付き攻撃と急所攻撃の反則技で有名で、フリッツ・フォン・エリックは反則技ではないけれども、鉄の爪と言われるほどの握力で相手の顔面を締め上げギブアップをさせるアイアンクローが有名。
どちらも実力のあるレスラーだが、「将棋で好きな戦法は?」と聞かれて「鬼殺しとアヒル戦法です」と答えるような雰囲気だ。
郷田九段は「ラフファイトのレスラーがお好きなんですね」と品良く言ってくれたが、もっと違うレスラーの名前を出せなかったものかと帰りに少し後悔したものだった。
「デイック・ザ・ブルーザーとクラッシャー・リソワスキーのコンビ、スカル・マーフィーとブルート・バーナードのコンビ」と言っておけば良かったかな、いや、これはもっと墓穴を掘ってしまう。「ハーリー・レイスとブルーザー・ブロディ」あたりが良かったか、いや、これは多くの人がそうだろうから面白くない。いろいろと考えた結果、そういえば私はジャイアント馬場さんのファンであったことを忘れていた。灯台下暗し。