"村山聖"

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村山聖七段(当時)「総ての人のおかげで僕は生きている気がします」

将棋世界1993年5月号、村山聖七段(当時)の「昇級者(B級2組→B級1組)喜びの声」より。 昇級、昇段  どうしよう、僕は迷っていた。  それは3戦目の順位戦、勝浦先生との対局だった。  4日前から体の調子がお...
観戦記

村山聖六段(当時)「実力が足りませんでした。弱すぎます」

将棋世界1993年4月号、中野隆義さんの第42期王将戦第4局(谷川浩司王将-村山聖六段)観戦記「聖よ、もっと爪を伸ばせ」より。 「終盤は村山に聞け」という物言いが耳に入ってきたのは、村山がデビューして間もなくのことであった。関西将...
観戦記

村山聖六段(当時)「もう終盤なので戸惑いなく封じました。しかし形勢はちょっと悪そうなんで憂鬱です。攻め合いは一手負けそうなんですよ。どうしましょう」

近代将棋1993年4月号、井口昭夫さんの王将戦七番勝負第4局〔村山聖六段-谷川浩司王将〕観戦記「王将戦第4局を見て」より。  村山六段は悲観型の棋士らしい。3局までの将棋を見、その感想を聞いても実際以上に悪くとっていることが多かっ...
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羽生善治三冠(当時)が村山聖六段(当時)に送った声援

将棋マガジン1993年3月号、羽生善治三冠(当時)の「今月のハブの眼」より。  12月は角換わりの将棋がとても多かった。8局中4局、ちょうど半分である。矢倉が主流となっているプロ棋界ではとても珍しい。  と言うわけで、今月は...
観戦記

挑戦者・村山聖六段(当時)

将棋世界1993年3月号グラビア、第42期王将戦七番勝負第1局〔谷川浩司王将-村山聖六段〕「生きるは戦い」より。  棋士の戦いの場は将棋であり、将棋に対する時がすなわち戦いの時である。棋士・村山聖は、生きること自体が戦いであった。幼少の頃...
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