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森内俊之名人(当時)の名人戦史上稀に見る絶妙手

将棋世界2005年7月号、第63期名人戦〔森内俊之名人-羽生善治四冠〕シリーズ前半を振り返る「面白くなる予感」より。佐藤康光棋聖と郷田真隆九段の特別座談会。

第2局 平成17年4月25・26日 於・三重県鳥羽市「戸田家」
○森内-羽生●

―まず第2局ですが、羽生四冠の注文で第1局と同じく一手損角換わりの出だしになりました。

郷田 一手損角換わりは流行の戦法ですが、2局連続で指すとは意外でした。

佐藤 先手棒銀に対する△4四歩から四間飛車はぼくが最初に指した将棋です。

郷田 封じ手の△3五歩(2図)は羽生さんの勝負手。森内さんは意外だったのではないですか。

佐藤 羽生さんにすればこの一手なんでしょうけど。ふつうに囲っていたのでは勝ち目がないと思ったんでしょう。

郷田 この手には▲4七銀と引いて、以下△4五歩▲同歩△同飛▲4六歩△4二飛▲7七銀にようにじっくり指すのもあったかもしれませんが、森内さんとしては良さを求めたいと▲3五同銀と取り、一番激しい戦いになりました。

佐藤 森内さんの▲6五角はノータイムの手でしたが。あまりうまくいきませんでしたね。羽生さんの△3一歩(3図)がいい手でした。

郷田 指されてみればなるほどという手で、陣形がしっかりしましたね。森内さんはここで▲4六銀と指しましたが。

佐藤 ▲4六銀は早い指し手でしたが、屈辱的な辛抱といえる手です(笑)。この手で▲2四歩△同歩▲同銀と攻めるのは、△4四飛▲3三銀成△同桂▲2一飛成に△4七角で先手苦しい。先の△3一歩が生きる展開です。

郷田 ▲4六銀以下は、△4四飛▲4五歩△4一飛。▲6五角の手から考えるとちょっと不可解な手順ですが、以下も、森内さんがひたすら耐え忍ぶ将棋になりました。

(中略)

郷田 羽生さんはそれほど形勢がいいとは思っていなかったんですかね。森内さんが▲6六角と香取りに角を打ったのが4図で、攻め合いにいきます。

4図以下の指し手
△3九角▲1一角成△4八角成▲同金△2八飛▲3八角△4五銀▲3九銀△5六銀▲6六馬△3八飛成▲同金△4七銀成

郷田 △3九角と決戦に出ましたが、羽生さんが攻め急いだ感じがします。この手では
△3三角と合わせ、▲4四銀△同金▲同歩△2五歩(A図)。これで次に△2四角とのぞく手を見せてじわじわ指せばどうだったでしょうか。

佐藤 ▲3八角が森内さんの好手だったんですね。ふつうは銀を使うところを角で受けて▲3九銀と打つ形を残したのがうまかった。

郷田 羽生さんは、この▲3八角を軽視していたのかもしれません。

佐藤 ▲3九銀に飛車を逃げるわけにはいかないので△3八飛成と飛車を切りましたが、羽生さんにとっては不本意な手のはずです。飛車を渡したことで、逆に羽生さんが忙しくなりました。

郷田 こういう進行になるのだったらやっぱり他の手段を選ぶべきです。

佐藤 形勢を持ち直してからの森内さんは、指し手が早かったですね。

郷田 苦しい将棋だったこともありますが、開き直れたのが勝因でしょう。しかし、厳密の形勢は、まだ羽生さんに分があるのではと私は見ていました。△4五歩(5図)がどうでしたかね。△5八竜と竜を引く手の方がよかったと思いますが。

佐藤 歩を打つなら△4三歩とどこかで打つ形です。おそらく勝利を見通して勝ちに行ったのでしょうが、直後に森内さんに妙手が出ました。

郷田 5図で▲4八金が妙手。△3九竜は▲5七金と成銀を取られますので△4八同成銀と取りましたが、成銀がそっぽに行ったので後手の攻めが遅れ、先手玉が寄りにくくなりました。

―▲4八金は名人戦史上まれに見る妙手と話題になりました。鮮烈な森内名人の逆転劇でしたね。

佐藤 この将棋での羽生さんの指し手は凄く慎重でしたね。先手の端の位が大きいと判断して決戦に行ったようですが、どこかに誤算があったんでしょう。

(つづく)

* * * * *

森内俊之名人(当時)の5図からの▲4八金(6図)が絶妙手。

後手からの寄せのスピードを遅らせることができれば、▲6六香~▲6三香成の攻めが超特急。

* * * * *

佐藤康光棋聖(当時)の「先手棒銀に対する△4四歩から四間飛車はぼくが最初に指した将棋です」が、とても嬉しそうだ。

佐藤康光九段が繰り出す新手・新戦法を誰も真似てくれない、と嘆いていたのがこの3年前のことだった。

佐藤康光王将(当時)「我が将棋感覚は可笑しいのか?」

 

郷田真隆九段「裸になって気持ち良くね(笑)」

将棋世界2005年7月号、第63期名人戦〔森内俊之名人-羽生善治四冠〕シリーズ前半を振り返る「面白くなる予感」より。佐藤康光棋聖と郷田真隆九段の特別座談会。

―3期連続の羽生-森内の名人戦七番勝負。一昨年の名人戦以来、いくつものタイトル戦で熾烈な闘いを演じてきた経緯があり、このシリーズはさまざまな意味で注目を集めています。

一時は羽生さんから立て続けにタイトルを奪って、三冠を保持する快進撃を見せた森内名人ですが、昨年12月に渡辺明さんに竜王位を、そして今年2月には羽生さんに王将位を奪還されました。シリーズ開幕前の予想では、森内名人不利の声が多い印象がありましたが、第3局を終わった時点では、森内名人の2勝1敗というスコアです。ここまでの流れをどうご覧になっていますか。

佐藤 森内名人が、竜王・王将と立て続けに失ったのは、疲れもあったと思います。三冠になって立場も変わりましたし、一年間続けてタイトル戦に出るという経験がこれまでなかったわけですから。でも、2月に王将戦が終わったあと名人戦までかなり間があったので、ゆっくり自分の将棋を見つめ直すことができたのではないでしょうか。森内さんは調子を取り戻したという感じを私は持っています。

郷田 裸になって気持ちよくね(笑)。このシリーズの森内さんは、第1局から第3局まで、戦うごとにだんだん良くなってきている印象があります。

―第1局は森内名人が黒星スタートでした。先月号で詳細に紹介しましたが、内容的には森内名人も負けてはいませんでしたね。

郷田 非常に接戦でしたね。終盤はどちらが勝ってもおかしくないという感じでした。

―印象に残っている局面とか興味深いところがあったら教えてください。

郷田 難しい将棋でした。中盤は森内さんのほうが形勢がよかったと思いましたが、なぜ途中で△5五馬と引かなかったのかが気になりました。時間がなかったせいもあるでしょうけど。

佐藤 この間、先崎八段と話したんですけど、終盤で△8四歩(1図)と指した手がありましたが、私は見ていてそれが一番驚きましたね。あの忙しい最中によく突いたなと(笑)。形勢が悪いとそういう頑張りはなかなかできないものですが、なんとなく森内さんらしい手だなと思いました。負けはしましたが、第2局で勝ったことで、第1局の将棋が生きたという感じがしました。

―それでは、森内名人が巻き返しを見せた第2局、第3局を、順を追ってお二人に振り返っていただきましょう。

(つづく)

* * * * *

佐藤康光棋聖(当時)と郷田真隆九段による、森内俊之名人-羽生善治四冠の名人戦前半を振り返る非常に豪華な企画。

登場人物的には1982年12月奨励会入会の羽生世代棋士が全員揃った形だ。

* * * * *

郷田真隆九段の「裸になって気持ち良くね(笑)」が唐突な感じがするが、気持は良くわかる。

* * * * *

1図以下、▲6三銀△同金▲同歩成△8二飛▲5三と△8五銀と進む。

1図の△8四歩は、△8五銀と抵抗するための一手。

たしかに執念がこもっている感じがする。

 

中原誠名人「いやいや。私はB型ですからね(笑)。そういうことはしませんよ」

将棋世界1985年8月号、「これが中原名人だ!本音直撃インタビュー」より。

聞き手は、田中寅彦八段(当時)、バトルロイヤル風間さん。

本誌 今日は3年ぶりに名人復位を果たした中原名人にお越しいただき、プロ代表の田中寅彦八段とアマ代表のバトルロイヤル風間さんに、いろんな質問をしていただくことにしました。皆さんよろしくお願いします。

田中・風間 名人復位、おめでとうございます。

中原 どうも(笑)。まあ、お手柔らかにお願いしますよ。

本誌 バトルロイヤル風間さんは、無名ですが最近売り出しの将棋漫画家です。

中原 知ってますよ(笑)。週刊将棋でね。将棋はどのくらいですか。

風間 どのくらいの顔に見えます?

中原 昔はわかったんだけどナー。高柳道場の手合係やってたからね(笑)。

風間 3級か5級くらいなんです。お恥ずかシー。ボクは将棋以外のことを専門に質問させてもらいます。(キッパリ)

中原 まあ、そう言わないで、何でも聞いてください(笑)。

本誌 はじめに第1局から第5局までを軽く振り返っていただきましょう。田中八段には、プロの目で見たポイントを指摘してもらいます。

田中 まず第1局、あの大逆転の将棋ですね。ポイントと言っても難しいんですけどねえ。

中原 プロの思うポイントってのは、わかりにくいからね。

(中略)

本誌 第2局、この急戦相掛かりがすっかりこの名人戦の主役になりましたね。

中原 そう、偶然ね(笑)。これは小林(健二)先生の専売特許ですからね。

風間 秘密兵器じゃないんですか。

中原 いやいや。私はB型ですからね(笑)。そういうことはしませんよ。

田中 この将棋は、終盤谷川さんの攻めがわずかに足らなかったということになってますけど、2図の局面で△6六金と打たれると、受けがわからなかったんですけど。

(中略)

本誌 さて、第三部はこれまでおとなしかったバトルロイヤル風間さんの素人気ままインタビューです。

中原 いよいよ風間さんの出番ですね。

風間 どうも。いやあ将棋は難しいですねえ。見てても全然わかりませんでした。わからないついでにいろいろ聞かせてもらいます。

中原 なんでもどうぞ(笑)。

風間 第3局の時、ボクも2日間対局場に連れてってもらったんですけど、見てるだけでグッタリ疲れちゃったんです。対局者ってのは、きっとものすごーく疲れると思うんですけど。

中原 そうね、一局指すとかなり疲れますよ。やっぱり。

風間 例えて言うとどのくらいですか。

中原 あんまり疲れたって言いたくないんだけどね(笑)。でも、家に帰ってきて寝ると、ぐったりしちゃいますね。

風間 タイトル戦の1日目は、今までに何度も指した形になりますよね、それでもその間はちゃんと考えてるんですか。

中原 それは考えてますよ。ずーっと。ボクは遊んでる時間は少ない方ですからね(笑)。

風間 2、4、6局と同じ戦法を採られましたけど、あれは研究済みの局面に谷川名人(当時)を誘導したわけですか。

中原 そんなことはないですよ。研究といってもそんなに研究しているわけではありませんし、研究した通りにいくわけでもないし。経験の多い形になれば、少し有利ってことはありますけどね。

風間 3-2になった時は、一瞬ヤバいなって感じだったと思いますけど、そんな時、普段の生活まで暗くなりませんか。

中原 フフ、そうねえ、3連勝した時にちょっと浮ついた気持ちになりましたからね、普段の生活も。だから2番負けてかえって元に戻りました。

風間 米長棋聖が四冠王になった時”米長時代到来”って言われましたよね、その時、中原名人はどんなお気持ちでした。

中原 フフ、いやボクもそう思いましたよ。フフフ。しばらくすごく充実されてましたから。

風間 名人はこれで三冠王になったわけですけど、これで将棋界の名人も落ち着くところに落ち着いたという気がするんですよね。考えてみればこれはすごいことだと思うんですけど、やっぱりご自分でもすごいと思いますか。

中原 ハハ、いや、思いませんよ。だけど地位というより、名人戦のような大きな舞台で将棋を指せるだけでもありがたいっていう気持ち、そういった謙虚な気持ちが名人戦9連覇の後半の頃は薄れてきてましたね。だから、そういった気持ちを失わないようにこれから指していきたいと思います。

風間 名人に復帰して一番嬉しかったことはなんですか。

中原 やっぱり二人の大先輩の名人が成し遂げたことを自分もできたということですね。自分にとってはそれが常に大きな目標として目の前にありましたから。

風間 ということは、もうカムバックできないと考えたことはありますか。

中原 ええありましたよ。しばらく調子が悪かったし、今期も最初はとても挑戦者になれるとは思えなかったですし。

風間 名人を取って年収はどのくらい増えますか。ズバリ。

中原 フフ、名人戦の賞金もボクが持っていた頃よりだいぶ上がりましたし、そうですねえ、2,000万円くらいははっきり違うでしょうね。

風間 やっぱりニコニコするわけですねえ、それじゃ(笑)。第3局でボクが見に行った時はすごいいい天気だったんですよね。そんな時”外はあんなにいい天気なのにどうして将棋なんか指してなくちゃならないんだろ”って思いませんか。

中原 それは全然思いませんね。思いませんけど、天気は少し悪いくらいの方が集中できますね。

風間 できれば、いつ頃まで名人でいたいですか。

中原 フフ。でも田中先生が許してくれないだろうからね。田中先生が挑戦してくるまでは名人でいたいです(笑)。

田中 是非お願いします。

風間 対局中に相手の顔が憎ったらしくなることはありませんか。

中原 顔見て?顔はあんまり見なかったですけどね。でもたまに見るとあまりいいことなかったですね。谷川先生の顔は闘志が湧きにくいですよね。やっぱりあどけないし…。年齢相応の顔をされているなと思いました。そういえば、相手をにらみつける人もいるらしいんですけどね(笑)。どうですか、田中先生。

田中 いや、ボクはあまり自分では意識してないんです。知らないうちに見てるらしいんですけど。

風間 将棋のどんなところが一番面白いんですかね。

中原 難しいところかな。それが長考しているうちに少しずつわかってきたりした時…そんな時ですね。

風間 中原先生はまちがいなく天才だと思うんですが、自分でどんな時に”アッ、オレって天才だ”と思いますか。

中原 いえ、ボクは天才だなんて思ったことないですから……。将棋界で天才と思った人は一人もいませんよ、正直言って。これから現れるかもしれませんが。

風間 米長棋聖が勝負論の本を出してますけど、ああいうのは参考にしますか。

中原 フフ、参考にしますよ。

風間 自分以外で誰が一番強いと思いますか。

中原 一人だけ?そう、やっぱり大山先生です。

風間 じゃ、ライバルは。

中原 目標にしているのは大山先生ですね。ライバルは他にもいっぱいいます。

風間 将棋を指したくない相手は。

中原 強い人ですね。(深刻に)あと同門ね。フフ。

風間 長考し過ぎたりして、脳みそがウニみたいになって働かなくなることがありませんか。

中原 ウニ?ハハ、よくありますよ。第4局の終盤なんか完全にウニですよ、ウニ。第6局もウニだったね、途中。

(以下略)

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「タイトル戦の1日目は、今までに何度も指した形になりますよね、それでもその間はちゃんと考えてるんですか」

「名人を取って年収はどのくらい増えますか。ズバリ」

「対局中に相手の顔が憎ったらしくなることはありませんか」

「3-2になった時は、一瞬ヤバいなって感じだったと思いますけど、そんな時、普段の生活まで暗くなりませんか」

「米長棋聖が勝負論の本を出してますけど、ああいうのは参考にしますか」

など、バトルロイヤル風間さんが、”聞いてみたいけれどもとても聞きにくいこと”に見事に斬り込んでいる。

しかし、よくよく考えてみると、答えによっては全て4コマ漫画のネタになりそうなことばかりだ。

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この頃のバトルロイヤル風間さんは将棋4コマ漫画で週刊将棋にデビューしたばかり。

略歴は次のように紹介されている。

本名、国籍不明。昭和31年東京で生まれたらしい。法政大学をA7個で卒業後、某出版社へ入社。学習雑誌の編集に携わるも3年で退社。現在は謎のマンガ家として売り出し中。元プロレスラーらしい。

元プロレスラーは冗談だが、バトルさんは全日本プロレスを受けて、ジャイアント馬場社長と面接をして合格している。もちろん、これはレスラーとしてではなく職員として。

しかし、バトルさんは出版社に就職する。

この時の上司が、週刊将棋を発行している毎日コミュニケーションズに転職をして、その元上司(週刊将棋初代編集長の大崎千明さん)から声がかかったことが、バトルさんが週刊将棋で4コマ漫画を描くきっかけとなった。

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バトルさんは法政大学をA7個で卒業。

私は別の大学でA21個だった。

この21個の中には、卒業研究(誰でもAになる)、教育実習(Aにならなかったら相当問題がある)、先生が所属サークルの顧問だったのでAにしかなりようがない仏語2A、仏語2B、仏語3A、仏語3B、などが含まれるので、私もバトルさんとあまり変わりはないと思う。

そもそもAが21個とはいえ、9段階評価で下から3番目に位置付けられていた。

会社に入ったら、Aの数が1桁だったという同期が多かった。会社は明らかにAの数が少ない人間を選んで合格させたのではないかとしか思えない状況だった。

数年経ってから人事部長に聞くと、少し変わった人間を積極的に採用する方針だったので、結果的にAが少ない人ばかりが残ったのだろうということだった。

たしかに、会社は自由で明るい雰囲気だった。

それはそれで良いのだが、私も変わっている人間だと認定されていたことになり、少しだけ落ち込んだ。

 

 

羽生善治七冠(当時)「15歳ぐらいの私なら経験の差で、何とかあしらえると思うんですけど(笑)」

将棋世界1996年4月号、「七冠達成直撃独占インタビュー 羽生七冠王の将棋宇宙」より。聞き手は大崎善生編集長(当時)。

―昔は棋譜はほとんど覚えていたけど、最近は忘れることが多くなったとおっしゃっていましたが、それは進化の過程なんですか。

羽生 じゃなくて、退化の過程(笑)。退化の見事な証明。

―人知れず退化してる(笑)。でも忘れることがプラスになることもあるわけですよね、色々な状況において。

羽生 そういうこともありますが、でもまあ覚えていた方がいいんでしょうね。年齢が上がっていくに従って忘れるというのは当然のことであって、そういうマイナスを補うプラスがあればいいんです。記憶力を、30代40代になっても維持するように努力するよりも、それはそれで落ちていくのは仕方がないことで、別のことでプラスアルファがあれば、トータルでは力が持続できるということですね。

―別の何かというのは、例えば発想の自由さとかですか。

羽生 そうですね、ええ。自由な発想もあるし、勝負ということでいえばハートの面もあるでしょうし。

(中略)

―羽生さんの読みというのは、例えば15手目ぐらいの局面がパッと見えちゃうんですか。

羽生 いや、そういうのは最後の場面で、こういう形で詰み上がればいいなとかそういうのはありますけど、それであとからつじつまを合わせるとかいうのもあるし。後は、今までの指し手の連続の中で、この局面はこの一手でなければおかしいということをよく考えます。つまり、今までの指し手の流れの中からいって、この局面ではこの手が最善手でなければならないはずだっていう仮定をたくさん立てるんです。だから前の指し手があればあるほど、それは次の手を考えるヒントというか材料がたくさんあるということだから、考えやすいんですよ。しかし、序盤はそれが極端に少ないからわからない。だから終盤の方が考えやすいということはありますね。

―つまり最善手というのは今までの指し手を矛盾させない手ということなんですか。

羽生 一局の流れの中で次を見るんです。今までこういう仮定でこういう駒のテンポで動いてきたから、その次は今までの指し手の意味を継承するか、あるいは相手の指し手の弱点を突くか、どちらかの手が最善手であるわけですから。それは多分この手だろうと見当をつけて、それに裏付けを取るということですね。

―やっぱり逆算と正算みたいな読みを繰り返して。

羽生 そうです。両方をやって。

―カンとかあらゆることを駆使して。でも指される手は一手だけなんだ。

羽生 そうですね。

―以前の本誌のインタビューで升田先生と将棋を指したいと語っていましたが、どういう所に一番魅力を感じますか。

羽生 最後まで指さなくていいんですけど、序盤戦だけ、20、30手位を10局位指したいんです。そうすると、どういうことを考えてああいう発想をしたのかということがわかるかもしれないから。

―ああいう発想とはどういう発想ですか。

羽生 つまり、升田先生は、未来を見る目を持っていたんですよ。だから、その時はわからなくても、この先何十年か経った時には、この手がいい、新手として残るという、そういう未来を見る目をキチンと持っていた。その未来の目を持つためには、どういう感覚が必要なのかと、どういう発想が必要なのかと、そういうことをできれば知りたかった。

―それは対局の中においてしか知りようがない。

羽生 ないですね。棋譜で見てそれがわかればいいんですけど。もちろん、対局してみる方が数段いいと思います。

―あの人間性が面白いとかいうんじゃなくて(笑)。

羽生 人間的にも面白いと思っていますよ(笑)。個人的には凄く好きな先生です。

―格好いいですもんね。しっちゃかめっちゃかで(笑)。奥さんも面白い方ですよ。

羽生 そうですね。将棋世界の話は面白かった(笑)。ああいうキャラクターでないとああいう発想が生まれて来ないのかなあ。

―大山先生はどうですか。

羽生 勝負術ですね。勝負術ということに関していえば、将棋以外のありとあらゆる勝負事にあてはめられるような勝負哲学をお持ちになっていたという気がします。

―精神面は特に凄いですよね。異質な強さというか、独特な強靭さ。

羽生 大山先生は一言でいうと相手を疲れさす強さですから。だから、何十時間という持ち時間があってある局面でゆっくり休んで、またそれで指すのだと多分苦手だと思うんですよね。限られた時間の中で、この一局の将棋に勝つということに関しては素晴らしいものがあったと思います。

―羽生さんはプロの四段の実力になったのはおいくつぐらいの時ですか。

羽生 いや、多分、それは三段とか四段位の時……。

―しかし、四段になってすぐに本誌で当時のタイトルホルダーと対局する企画があって勝ち越したんですよね。ということは、その時にはすでに八段位はあったと……。

羽生 それはですね、あれは全部持ち時間が短いですよね。だから例えば10秒将棋とかでトーナメントなりリーグ戦をやったら三段リーグの人が優勝するかもしれませんよ。短い時間であれば、15歳でプロになって、18とか19とかそれ位までが一番強い時期だったんじゃないですかね。ただ、長い持ち時間になると話は違ってくるでしょうけど。

―というと、やっぱり段が上がるにつれて、実力も上がっていったということですか。

羽生 実力が上がってきたというか、持ち時間が長い将棋のレベルが上がってきたということですね。10分切れ負けとかだったらもう力が落ちてますから、昔の私に勝てませんから、今は……。20歳の私は手の見え方が違いますから勝てない。

―15ぐらいの私には?

羽生 15ぐらいの私なら経験の差で、何とかあしらえると思うんですけど(笑)。

―結構手強いですよね。

羽生 結構手強いですよ(笑)。ムチャクチャやってきそうだし、大変だと思います。

(以下略)

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昔の自分と今の自分が戦ったらどちらが強いか。

これは永遠のテーマになるのだと思う。

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例えばアイドル歌手。

どんなに売れたアイドル歌手がいたとしても、10年同じスタイルを続けていればどんどん人気は落ちてくる。

うまく女優などに転身できれば、例えば小泉今日子さんのように活躍しつづけることも可能となる。

昔の小泉今日子さんと今の小泉今日子さんを戦わせたら、どちらが強いか。

これは、どのような軸で比較するかで変わってくるわけで、一概には決まらない。

現在の羽生善治竜王と22年前の羽生善治七冠を戦わせたらどちらが強いか、も同じような問題になるのだと思う。

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それにしても、25歳の段階で「自身の退化とそれを補うもの」について考え始めているのだから、本当にすごいとしか言いようがない。

 

 

羽生善治七冠(当時)「自分は負ける時は大差になることが多いので後遺症がないということが大きいかもしれませんね」

将棋世界1996年4月号、「七冠達成直撃独占インタビュー 羽生七冠王の将棋宇宙」より。聞き手は大崎善生編集長(当時)。

―タイトル戦で8割5分。これを考えていると、もしかしたら羽生さんは終盤力とか定跡力とか大局観の差とか、従来の理屈でなく、何か将棋というゲームに対する理論自体が違うのではないかと思うことがあるんですが。

羽生 考え方とか理論とかは基本的にそんなに差はないと思うんですけど、やっぱり個人個人、微妙な所では将棋に対する捉え方、さっき言った定跡のこととか、終盤力のこととか、取り組み方とか違う所はあると思ってるんですけど。

―例えば「打ち歩詰めのルールがなければ将棋は先手が必勝なのではないか」という羽生さんの発言があるんですが、そういう言葉はルール自体、つまり将棋の根源的な存在、ゲームの存在の本質に常に関わっていなければ、なかなか出てこない言葉だと思うんです。

羽生 今、自分が思っているのは、将棋というのはつまり、どういう結論になるのか、ということは常に念頭にありますね。10代後半の頃であれば先手必勝だろうと思っていたし、またそれから数年経てばいやむしろ後手の方がやれるんじゃないかと思っていたり。あるいは今はなんとなく、カンだけれども打ち歩詰めがなければ先手必勝になるという気がしている。なんとなくそういうカンですよ。

―カンですか。

羽生 ただ、それが一応盤面に向かう時の一つのスタンスみたいなものですね。あとは気持ちの持ちようでやっていくということですね。例えば、それが何なのかというと、自分は10代後半の時は先手必勝だと思っていたから、先手を持てばうまくやっていけば必ず勝利に結びつくものだということを前提に指していくわけです。後手番の時はどっちにしろ最初から悪いんだから、思い切ったことをやっていこうというスタンスになります。ただもちろんそんなこと(先手必勝)はあり得ないですよ。だから、その時、その棋士がどういう将棋の結論を持っているかということは、結構大きなことだと思うんです。

―なるほど。

羽生 今は先手必勝と思っていないです。まあどちらを持っても引き分けの可能性が高いという気はしています。

(中略)

―羽生さんはコンピュータがチェスで人間に勝つというのは、チェスの理論をコンピュータに教え込むことができるからだとおっしゃっていましたが、将棋も々ことですよね。つまり将棋の理論をコンピュータに教え込めば、コンピュータが人間に勝てる可能性がある、そう解釈してもよろしいですか。

羽生 構いません。

―人間VSコンピュータという図式で考えてしまいがちですが、実はそういう図式はないんですよね。

羽生 コンピュータは人間が作り出すものですから結局は。人間が作り出したコンピュータVS人間なんですよね。

―そういう意味で、羽生さんが将棋の理論を教えるとすれば、どういうことを教えますか。

羽生 私はその辺は詳しくはないのですが、もし自分がやるとすれば、つまり定跡とか詰まし方ではなくて、この形の時にはこう動かした方がいいとか、この形とこの形を比較したら、こっちの方がいいとか。そういう部分的な良し悪しなり、部分的な形なり、こっちの方がいいケース、これはこっちの方が悪いケースというのを莫大な量を入力していくのがいいと思います。

―それは駒の損得でもスピードでもないんですね。

羽生 そうです。場面、場面の形、形です。ただもちろんその中には駒得とかそういうこともあるので、形が悪くても駒得の方がいいという判断のケースとかも沢山入れていくのがいいのではないですかねえ。

―それはすなわち羽生さんの将棋の考え方に非常に近いのではないんですか。

羽生 そうです。つまり、自分が将棋の手を考える時にどういう判断をしているかということをインプットしていくわけです。

(中略)

―羽生さんは将棋は宇宙だということを、あるいは宇宙のように広いものだということをおっしゃっているんですが、羽生さんは対局している最中に、どんどん物凄い量の読みをしていくわけですよね。その時にどういう感覚になるんですか。

羽生 そうですね、考えている時、本当に集中している時は無意識なんです。ただ、色々と考えている中で、もちろん勝ちたいということも思うんですけど、あきらめる気持ちによくなりますね。つまり、それはいい手とか悪い手とかじゃなくて、なんか、結局自分で考えてもわからないからというあきらめの気持ちですね。どんなに考えてもわからないから。

―私の場合は3手か5手先で頭が真っ白になってしまうんですが。羽生さんでもここから先は読み切れないという局面が、毎局のように続くわけですよね。

羽生 そうですね。まあそういう時はカンですね。わからないから。しょうがないですよね。ただ、自分の方から自信のない局面でも、相手の方から見て自信がないという時もあるので、だから、こんなもんだろうなっていう感じで指していくことが多いですね。いつも自信満々に一手一手指せるわけではないですから。

―結構、不安と共にある。

羽生 ええ、常にそうですね。

―不安と共にありながら、やっぱり結果が出てくるというのは、どういう所が違うんですか。結果が伴う理由というか。

羽生 何が違うかっていうのは、そんなに違うところはないと思うんですけど。ただ、自分は負ける時は大差になることが多いので後遺症がないということが大きいかもしれませんね。勝つ時は大体接戦だし、苦しんでいるから。だから次にまた油断するということもないし、そういうことは結構、1年とか2年とか長いスタンスで見れば大きいのかなあという気がします。

―負け方がうまいということですか。

羽生 うまいというか(笑)、負け方がヘタなのかもしれませんけど、大差で負けているから。

(つづく)

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たしかに、大差で負けた時は、かえって心の痛手が少ない。

「あそこでああやっておけば……」などのような思い残すことがあるほど、尾を引いてしまうことが多い。

宝くじが好例で、バラで買って、1等賞と2番違いが1枚あったら、一生悔やみ続けるかもしれない。