羽生善治六冠(当時)「いつも思うんですけど、棋士って不安のない状態はやめるまでありえないんじゃないかと」

将棋世界1997年1月号、「新春十冠対談 羽生善治&清水市代」より。

将棋世界1997年1月号より、撮影は弦巻勝さん。

羽生 忙しいでしょう。清水さんも。

清水 羽生先生にそう言われると、私なんかという気が(笑)

羽生 いや、そんなことないです。四冠王になって、取材が大変だったんじゃないですか。

清水 自分が分からないくらいの状態で毎日スケジュールが動いているという感じでした(笑)。

羽生 清水さんのおかげで、女性の方も興味を持つようになったでしょう。将棋の世界が注目されるのはいい事ですよね。

―清水さんは、女羽生という書き方もしてましたね。

羽生 僕は、将棋世界に載ったバトルロイヤル風間さんのマンガがすごく好きだったんです。男清水って言って、ああスッキリしったっていう。あれは傑作だと思うんですけど(笑)。

清水 あの発想の逆転には驚かされました(笑)。

―タイトルを独占した直後は、生活が一変しましたか。

羽生 変な話ですけど、あまりたくさんの出来事があると時間が速く流れているような感じがするので、例えば七冠王になったのは今年の2月ですけど、すごい過去の出来事のような感じなんですよ。

清水 私の場合も7、8月はすごくて、あっという間に夏が過ぎました、何もしないまま(笑)。でも本当に、いろんな雑誌があるということを知りました。

―取材を受けて、逆に参考になることもありますか。

羽生 将棋の世界は一般の社会からこんな風に見られているのか、と直に感じられるところはあります。いい方のイメージなら、頭がいいと思っているとか。

清水 思っている(笑)。

羽生 思慮深い、何でも先のことが読めそうな感じがするとか。悪い方だと、なんか訳の分からない職業をやってるとか(笑)、古くさい、オジンくさいというイメージを持ってる人も多いし。

清水 私も同じで、地味なイメージを持たれていて。対局中の写真を見てくる方が多いので、怖いというイメージを皆さん持ってこられるから(笑)。

羽生 清水さんも、普段はにこやかだけど、対局中は怖いですもんね(笑)。

清水 そんな(笑)。

羽生 いや、怖いというか、凛々しい表情で。

清水 ちょっとキツイですものね。だから、お会いした人に驚かれたりします。

―最近、清水さんもコマーシャルに出てますね。

羽生 カレーのですよね。CMが集中的に流れる時はそのイメージになっちゃうから、将棋の女流棋士よりもカレーのお姉さんになっちゃう(笑)。私も公文をやった時はそうでした。

清水 影響力がすごいですね。

―初めて会ったのはいつでしたか。

羽生 清水さんが女流棋士か育成会員になりたての頃に、一回会ってるような気がするんですけど、覚えてないでしょ(笑)。

清水 いや、最近は私も年で物忘れが(笑)。

羽生 確か、入間での将棋大会の時に。

清水 あっ、ありました。羽生先生がゲストで呼ばれて、私も一緒に。棋士になられたのは何年ですか。

羽生 昭和60年です。

清水 私も60年なんです。

羽生 何月ですか。

清水 私は4月1日付で。

羽生 私は12月なので少し先輩なんですね。なかなか年数がたっているんですね。清水さんも(笑)。失礼しました。

清水 聞かなきゃよかったかな(笑)。

羽生 でも、その頃から将棋がしっかりしてましたよね。

清水 ありがとうございます。今日は来てよかった(笑)。

羽生 感心してました。初めての席上対局で負かされたし(笑)。

清水 それだけは一生忘れません(笑)。

羽生 棋譜を見てると、最近また強くなりましたね。

清水 えーっ、どうしよう、今日はこんなに幸せで(笑)。

―王座戦と女流王位戦で同じ将棋になりましたね。

清水 場所も同じで。

羽生 あれはですね、ごめんなさい、知らなかったんですよ。またまた午前中に控え室に行って、週刊将棋の女流王位戦の記事を見たら同じ局面が載っているので、慌てて閉じて(笑)。

清水 アハハハ。

羽生 帰ってから熟読しました。さすがにちょっと味が悪いじゃないですか、対局中は。でも、勉強しようと思っても難しいでしょう、今の状態では。

清水『実戦不足にはなりやすいですね。

羽生 勝負の勘も対局が空くと鈍ってしまうでしょう。

清水 ドキッ(笑)。今はタイトル戦しかないので。

羽生 詰将棋をやったりとか。

清水 そうですね、手軽にどこでもできるので。

羽生 長編はやりますか。「詰むや詰まざるや」とか。

清水 若い時はやってました。

羽生 今も若いんですけど(笑)。

清水 タイトル戦が重なるとほとんど移動になるじゃないですか。将棋のことはどこで考えているんですか。移動中ですか。

羽生 いや、あまり考えないですね。

清水 本を読まれてるとか。

羽生 最近は目が疲れるのでほとんど読んでません。清水さんも本が好きなんですよね。

清水 時代小説専門です。

羽生 池波さんでしたっけ。あと永井さんも好きだとか。

清水 学生時代に永井路子さんの本をずっと読んでたんです。

羽生 私も一度永井さんの本を読んだことがありますが、昔の人の名前は長くて覚えられないじゃないですか。だから持統天皇とか、大伴家持とか表に書いて、こういう関係なのかと思いながら、読んだ記憶がありますよ(笑)。

清水 さすがですね(笑)。

羽生 でも、根気があるんですね、そういう本を読んだり詰将棋を解いたり、気が長い方ですか。

清水 どうでしょう。

羽生 短気には見えないですけどね。

清水 そうですか。ご本人はどうですか。

羽生 私は短気です。

清水 どういうところで。

羽生 すべての面において(笑)。瞬間的には結構激しいですよ。激しい性格だから。

清水 そう見えないんですけど、見せないように努力を。

羽生 努力はしてませんが(笑)。でも、最近はお弟子さんや後輩と対局することが多いですね。

清水 10代ばかりで。

羽生 女流の世界もここ1、2年で急に変わってきた感じがしますね。若返ったというか、層が全体的に厚くなってきた。

清水 その中で、ベテランの先輩方も頑張ってらして。

―催しなどで、若いファンが増えていると感じますか。

羽生 というか、最近思うのは、催し物に来る将棋ファンの人と、将棋大会に参加するファンの人は、全然別の層なんですよ。同じ人もいるんですけど、雰囲気とかが違うんです。今までとは違う層の人が来てるのかなという気はします。

清水 日本シリーズなどでも女性の方が前に座ってらしたり、指さないけど見るのが楽しくてという方もいらっしゃいますね。将棋のイメージが少し変わってきている気がします。

羽生 先輩の先生方はいい方ばかりなんですけど、少し怖い感じの先生が多かったじゃないですか。升田先生というと、ちょっと近寄りがたいとか(笑)。ギャップがある分、ビックリされてるかもしれないですね。

清水 最近の若い棋士はソフトな印象を受ける、というのはよく聞きますね。

羽生 本質的なところはほとんど変わってないと思うんです。将棋に対する姿勢とか。

清水 何が変わったんでしょうか。ファンの方に対する意識、見られるという意識ですか。

羽生 私の場合は、最初のタイトル戦が公開対局で、そこからスタートしているので、あまり違和感がないんですよ。例えば、対局が終わった時に本当にいい将棋を見たなと思って拍手してくれたことに対して、これは公開でやったから自分がいい将棋を指せたのかなというプラスの部分を直接的に感じる機会があったのは、昔の棋士の人と違うところという気がしますね。そういう経験があったかなかったかは結構重要ですから。

清水 本当に将棋界が開かれてきてますね。

羽生 女流の方も随分公開でやるようになりましたが、やりにくいですか。

清水 特に女流棋士は、棋士である前に女性という意味でも、見られるということには皆さんすごく意識してますので。見ていただきたいという気持ちと、見られてるから制約を受ける部分が少しありますよね。対局が始まると集中してしまうので、外のことに気が配られなくなるのがちょっと怖い部分もあるんです。身だしなみとか(笑)。

羽生 でも、清水さんは対局中の姿勢がすごくいいですね。

清水 そうですか、ありがとうございます。やっぱり気持ちいいですよ、姿勢がいいと。

羽生 普通はだんだん崩れてきて、私なんかどんどん丸まってきますけど(笑)。

将棋世界1997年1月号より、撮影は弦巻勝さん。

将棋世界1997年1月号より、撮影は弦巻勝さん。

(中略)

―10年後の自分はどうなっていると思いますか。

羽生 いや、いつも1年後も分からないので、10年後はまったく分からないですね。例えば、ここ3年くらいでもいろんなことがあって、先のことは全然分からないということがよく分かった時期だったので。

清水 タイトル戦にいろんな挑戦者が出てきますが、そういう時は相手を意識して指しますか、それとも自分を一番意識して。

羽生 両方ですね。基本的には、自分がいい状態で向えるかどうかを最優先に考えます。

将棋の内容とか戦法も、相手が何が得意かというのはあまり考えないんですか。

羽生 それはすごく難しい質問なんですよ。基本的は考えてないですじぇど、無意識の中では分かってるわけじゃないですか。あと、流行っている戦法とか、自分の中で今のテーマもあるし、いろいろ入り交じった中でやってるという感じですね。

清水 常に自分の中に課題みたいなものを持っている。

羽生 全然完璧じゃないから、それは常にありますよ(笑)。

清水 プロになった時と、タイトルをたくさん取った今では、将棋界のイメージが全然違いますか。ほかの皆さんを大したことないなとか思っちゃいますか。

羽生 別にそんなことは思わないですけど。

清水 淡々と現実を受け入れていくタイプでしょうか。

羽生 というか、清水さんもたぶんそうだと思うんですけど、タイトル戦で圧勝だったなと思うことってありますか。

清水 ないですね。

羽生 そうでしょう(笑)。

清水 ないんですよ、不思議ですよね(笑)。

羽生 プロの世界だったらほんのちょっとしたところで決まってるから、すごい力の差を持っているとは思わないし、実際にそういうふうに勝ってれば思ってもいいんでしょうけど、そうじゃないんだから(笑)。

清水 満足してるわけじゃない。

羽生 それに、満足しちゃったらあまりやる意味がないでしょう。それで終わりでいいわけですから。

―トップに立っているのはどういう気分ですか。

羽生 いつも思うんですけど、棋士って不安のない状態はやめるまでありえないんじゃないかと。プロに成り立ての頃は夢も希望もたくさんあるけれども、その分先が見えないという不安もあるし、上がれば上がったで今度は維持していかなくちゃいけないとか、ほんの少しでも上がりたいとか。だから満足してる状態はないので、どの場所にいても結局同じことじゃないかという気はしてるんです。ただ、その時その時で不安の種類みたいなものがちょっと違うかもしれないですけどね。

―清水さんはどうですか。

清水 確かにそうですね。

羽生 いや、それだけじゃなくて何か言ってください(笑)。

清水 自分で思ってることをどう言葉にしたらいいかなと考えていたら、そのまま言葉にしてくださったという感じです(笑)。立場も世界もちょっと違う部分があるので、まったく一緒というのも失礼ですけれども。

羽生 一つ変わったことを聞いてもいいですか。清水さんは、いくつくらいまで棋士をやるつもりですか。

清水 えっ、いくつまで。

羽生 女流の人は、いろいろ難しいと思うんですよ。歴史も短いし、だからどうなのかなと。

清水 今は独身で将棋だけやってればいいという贅沢な生活をしてますけど、先輩方は結婚していろいろな部分をクリアされてます。私としては、年齢で決めてたことはないですね。例えば50、60になってもまだタイトルを取りたい、勉強をしたいと思っているうちはやってるだろうし。

羽生 情熱が続く限りという感じですか。

清水 逆に言えば、そういう気持ちがなくなれば、指してること自体が将棋に対してすごく失礼かなという気もして。それは入った時からずっと変わらないので。年齢で決めてらっしゃるんですか。

羽生 いや、私もまったくないんですけど。勉強になりました(笑)。

清水 なにか漠然とありますか。例えば、こういう大きな目標があってとか。

羽生 いえ、それはないです。同じですよ、まったく。

清水 自分の中で。

羽生 まあ、この辺までかなというところまでですよ。

―プロ棋士という職業を続けている一番の動機はなんですか。

清水 何故棋士をやってるかということですね。

羽生 将棋への興味ですね、私は。ほかにはあまりないです(笑)。

―タイトルをいくつ取りたいとか、できるだけ長く保持したいということは。

羽生 もちろん、まったくないことはないですけど。でも、難しい変化を考えてて面白いなと感じているから続けているという感じですね。

清水 棋士になって、将棋がつまらないなと思ったことは一度もないですか。

羽生 つまらないというか、嫌気がさすことはありますよ。

清水 どういう部分で。

羽生 自分自身に対してのこともあるし、将棋が複雑なことに嫌気がさすこともあるし。

清水 将棋自体に対して、あまりやる気が起こらないということもありますか。

羽生 疲れて、やる気が起こらないことはあります(笑)。気力が戻ればやる気が起きますけど。

清水 気力が戻らない時もありますか。

羽生 いや、ないですよ。

清水 だから今まで指してるんですものね(笑)。

―最後に、来年の抱負、目標をお聞かせください。

羽生 うーん、目標はあんまりないんですけど(笑)。マイペースで、来年も一年無事に過ごせればと。

清水 私も羽生先生をお手本にして、ペースをしっかりつかみたいと思いますね。今はまだ少し流されている部分があるので、自分のペースをしっかりつかんで頑張りたいと思います。

将棋世界1997年1月号より、撮影は弦巻勝さん。

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この対談が行われた場所は、東京・元赤坂の「明治記念館」。

明治記念館では、女流棋戦を中心に就位式が数多く行われている。

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「僕は、将棋世界に載ったバトルロイヤル風間さんのマンガがすごく好きだったんです。男清水って言って、ああスッキリしったっていう。あれは傑作だと思うんですけど(笑)」

「あの発想の逆転には驚かされました(笑)」

二人が賞賛するバトルロイヤル風間さんの漫画は、将棋世界1996年9月号に掲載された次の4コマ漫画。

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「変な話ですけど、あまりたくさんの出来事があると時間が速く流れているような感じがするので、例えば七冠王になったのは今年の2月ですけど、すごい過去の出来事のような感じなんですよ」

いろいろな出来事があると時間があっという間に過ぎて、1年前のことがつい最近あったことのように感じてしまう、という場合も多いが、羽生善治六冠(当時)の場合は、ひとつひとつの出来事が非常に大きい、歴史的なことでもあったので、すごい過去の出来事のように感じられたのだろう。

羽生六冠にしか見えない世界というものもあったと思う。

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「カレーのですよね。CMが集中的に流れる時はそのイメージになっちゃうから、将棋の女流棋士よりもカレーのお姉さんになっちゃう(笑)。私も公文をやった時はそうでした」

私が小学校に入る前の子供の頃、相撲の千秋楽に歌われる「君が代」を相撲の歌だと思っていたことがあった。

昭和の頃は、それほどテレビの影響が大きかった。

羽生六冠も、子供たちに公文のお兄さんと思われていたことがあった。

羽生善治六冠(当時)「めざせ、算数名人!!」

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「感心してました。初めての席上対局で負かされたし(笑)」

「それだけは一生忘れません(笑)」

この席上対局は、この対談の8年前、1988年の第1回東京都知事杯争奪都民将棋大会で行われた一局。

羽生善治五段VS清水市代女流名人の席上対局と歌謡ショーもあった「第1回東京都知事杯争奪都民将棋大会」

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「すべての面において(笑)。瞬間的には結構激しいですよ。激しい性格だから」

このように語る羽生六冠だが、そう見せないような「努力はしてませんが(笑)」ということなので、やはり基本的には激しくはないのだと思う。

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「最近思うのは、催し物に来る将棋ファンの人と、将棋大会に参加するファンの人は、全然別の層なんですよ。同じ人もいるんですけど、雰囲気とかが違うんです。今までとは違う層の人が来てるのかなという気はします」

このことにいち早く気がついた羽生六冠の感性は、やはり鋭い。

これは現代にも通じることでもあり、異なるニーズを持つ新しい層のファンが増えてきているということで、将棋界にとっては良い追い風が吹いているということになるだろう。

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「というか、清水さんもたぶんそうだと思うんですけど、タイトル戦で圧勝だったなと思うことってありますか」

タイトル戦で圧勝だったと思ったことは一度もないなど、当事者でなければ語れない実感と説得力がある。

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「いつも思うんですけど、棋士って不安のない状態はやめるまでありえないんじゃないかと」

深い。

逆に考えると、時代によって内容は変わるけれども、不安を持ち続けるということが、棋士であり続けるために必要不可欠なことなのかもしれない。

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「将棋への興味ですね、私は。ほかにはあまりないです(笑)」

「でも、難しい変化を考えてて面白いなと感じているから続けているという感じですね」

このような思いは、現在も変わらずに羽生九段の中に流れ続けるDNAのようなものであるという感じがする。

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「清水さんも、普段はにこやかだけど、対局中は怖いですもんね(笑)」

「私は12月なので少し先輩なんですね。なかなか年数がたっているんですね。清水さんも(笑)。失礼しました」

「いや、それだけじゃなくて何か言ってください(笑)」

羽生六冠の意外なツッコミが面白い。

 

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