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映画『聖の青春』を観る

先週の土曜日に、

  • 今日は昼からの飲み会があるので、来週の金曜日(11月25日)に『聖の青春』を観に行こうと思っている
  • 場所は、新宿か有楽町かで迷っている
  • よくよく思い出してみると、有楽町マリオンで前回観た映画は、2001年8月8日に『ジュラシック・パークⅢ』
  • 8月8日は村山聖九段が亡くなった日
  • ということは、有楽町で観るべきなのかもしれない

と書いたものの、

記事をアップした直後に、

有楽町マリオンでは、2001年11月に『冷静と情熱のあいだ』を観たこと、2001年8月8日が直近ではなかったことに気付き、

昨日(11月21日)になって、金曜日まで待てない、と思うようになり、

要は、昨日、月曜日の雨が降り始めた夜にもかかわらず、新宿で『聖の青春』を観てきました。

今日はその感想を。

——–

このような感じ方をする人は少ないかもしれませんが、映画『聖の青春』を観て、とても爽やかな青春映画だと思いました。

名人になる夢は叶わなかったけれども、必死に、前向きに、自分の夢に向かって生きていく村山聖八段(当時)。

周囲の、魅力的で個性豊かで温かい師匠・棋士・弟弟子。そして両親、羽生善治五冠(当時)。

将棋の過酷さも見事に描かれている青春映画。

エンドロールが流れる時に溢れてきた感情は、悲しさや切なさではなく、前向きな爽やかさでした。

——–

事前の予想と違って、私の場合はそれほど泣くことはありませんでした。

涙が出てきたのは、竹下景子さん演じるお母さんが泣いたシーンぐらい。

ただ、二度目、三度目と観るようなことになったら、松山ケンイチさんが出ているシーン全てで涙が出てくるという確信があります。

今回、最も心を打たれたのは、松山ケンイチさんの後ろ姿。

トボトボと歩く、少し丸まった後ろ姿に、村山聖九段が背負ったものが凝縮されているようで、言葉には言い表せないほど切なく感じました。

森信雄七段の奥様が、撮影の頃の松山ケンイチさんに会うなり泣いてしまった、というのがとても分かるような感じがします。

顔は決して似ているわけではないけれども、松山ケンイチさんから醸し出される雰囲気が村山九段そのもの、特に髪の毛を切った後の様子は、ビックリするくらい村山九段でした。

実際に村山九段と会っていた人たちからすれば、松山ケンイチさんを涙なしでは見れないのではないかと思います。

——–

2時間半のノーカット長回しによる最後の対局シーン。居酒屋での二人のシーンが非常に効果的に出てきて、なおかつ、勝負が決まる頃には、松山ケンイチさんの目に涙、東出昌大さんの目もかなり潤んでおり、凄絶かつ印象的な映像でした。

——–

今回の『聖の青春』は懐の深い映画。

見る人によって、あるいは見る時によって、ボロボロと泣く人、村山九段の強い決意に感動する人、いろいろな感じ方ができると思います。

きっと私は、もう一度、今度こそは有楽町マリオンに休み前の日に観に行くと思います。

松山ケンイチさんの出ているシーン全てで、涙を流してきます。

 

 

 

ブログ8周年

今日は6月4日(土)友引。

2008年6月4日(火曜日、大安)に、このブログが始まった。

昨日で丸8年、今日から9年目ということになる。

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2008年5月18日(日)、バトルロイヤル風間さんと浅草で飲んでいる時に、バトルさんから「どう、ブログ始めてみれば」と言われたのがブログを始めるきっかけだった。

この前日、5月17日が近代将棋最終号の発売日だったので、感傷的になりながらの飲み会だったのだと思う。

近代将棋が休刊した頃

はじめは「ブログを書くなんてありえない」と思っていたのが、怖いもの見たさで、どのようにすればブログを始めることができるのかを調べているうちに、いくつかブログサービスがあるけれども自分ならどれを選ぶだろう、ということになり、徐々にブログをやってみようという気が起きてきた。

バトルロイヤル風間さんの一言がなければこのブログは誕生していなかった。

——–

このブログの一番初めの記事は次のようなものだった。

近代将棋で「将棋ペンクラブログ」の連載が始まったのが2007年3月。当時の吉野編集長から「近代将棋に将棋ペンクラブの広報ページを作ってみては」という有り難い申し出があり誕生したコラムでした。

将棋ペンクラブ幹事である、アカシヤ書店の星野さんと私が交互に書くことになり、タイトルは「将棋ペンクラブ」+「ブログ」の合成語で「将棋ペンクラブログ」としました。将棋ペンクラブ大賞の選考過程など、きちんとした広報の月も多かったのですが、私は後半、日記風に結構好きなことを書いていました。

しかし、59年続いた近代将棋が5月17日発売の6月号をもって暫く休刊することとなり「将棋ペンクラブログ」も14回でフリーズすることに…

不思議なもので、それまでは原稿締切に追われるのが憂鬱だったのに、何もなくなってしまうと、それはそれで心に穴があいたような状態。

というわけで、この日のために「将棋ペンクラブログ」と名付けたわけではありませんが、流れ流れてネットで再登場いたしました。

将棋の話題以外も書くつもりです。そういうわけで「将棋ペンクラブ非公認」と名乗っています。

これからどうなることやら。私のお知り合いの方々、およびまだ私とお知り合いではない皆様、どうか暖かく見守ってやってください。よろしくお願いいたします。

——–

インターネット黎明期の1994年、ある広告会社のデジタル部門の室長の「そこに訪ねていけば必ず新しいことがある、1日最低1回は必ず更新されているようなホームページじゃなきゃいけない」と言った言葉が忘れられない。

この室長は、営業一筋かつ超アナログ、昔ながらの広告会社の雰囲気を持つ人だった。デジタルな人が情報技術先にありきで言うのではなく、そのような人が言うことだったので、私にとっては説得力があった。

ホームページとブログの違いこそあれ、このブログで心がけていることも、毎日更新すること。

桃栗三年柿八年。8年経ったけれども、きっとこのブログは、ネタ切れになるまでは、これからもあまり変わらないと思う。

9年目のこれからも、よろしくお願いいたします。

——–

この8年間で、多く読まれた記事TOP50。

  1. 村山聖八段(当時)の急逝が将棋連盟に伝えられた日
  2. 羽生善治五段(当時)「そんなこと怖くて言えません」
  3. 渡辺明五段(当時)「羽生さんにビールをついできたいのですが……」
  4. 渡辺竜王と藤井九段が驚いた、驚異の羽生マジック
  5. 42人の棋士が語る故・村山聖九段
  6. 羽生善治名人が語る藤井システム
  7. 羽生善治五段(当時)「いえ、森内君の妹にはかないません」
  8. 先崎学六段(当時)「彼が死ぬと思うから俺は書くんだ」
  9. 1998年8月11日の羽生善治名人
  10. 棋士と顔が似ている有名人集大成(女流棋士編)
  11. 「封じ手事件」の真相
  12. 「私、森内の妹です」
  13. ヒールになってしまった羽生善治四冠(当時)…後編
  14. 森内俊之八段-伊奈めぐみさん戦
  15. 羽生善治四段(当時)の超ユニークな自戦記
  16. 林葉直子女流名人(当時)「私の愛する棋士達 先崎学五段の巻」
  17. 天野貴元さん逝去
  18. 第21回将棋ペンクラブ大賞最終選考経過
  19. 打ち上げの席で山崎隆之五段(当時)が渡辺明五段(当時)に話したこと
  20. 谷川浩司名人(当時)「この男、将棋で負かした上に何の話があると言うのだろう」
  21. 点のある・ない論争
  22. 1997年、郷田真隆六段
  23. 佐藤康光竜王(当時)「休み?休みなんか要るんですか。だって勉強は労働じゃないでしょう」
  24. 永井英明さん逝去
  25. 故・村山聖九段が語る羽生善治名人と森内俊之九段
  26. 羽生善治六冠(当時)婚約記事
  27. 森内俊之竜王「話し足りないことがあるので、もう少しいいですか」
  28. 羽生名人を育んだ八王子将棋クラブ
  29. 羽生善治名人が奨励会に入会した頃
  30. 羽生善治王座の、控え室の誰もが思いもつかなかった恐ろしい着想
  31. 藤井猛九段「こっちは優秀かどうかで戦法を選んでない。指してて楽しいかどうかなんだから」
  32. 羽生名人が語るカニカニ銀
  33. 羽生善治竜王(当時)への深夜の電話
  34. 故・米長邦雄永世棋聖は言っていない「兄達は頭が悪いから東大へ行った。自分は頭が良いから将棋指しになった」
  35. 羽生善治名人「体力は森内君にかないませんよ」
  36. 森信雄六段(当時)「村山君よ、安らかに」
  37. 深浦康市六段「「丸山忠久という男」
  38. 村山聖六段(当時)「知らないんですか、羽生先生の将棋を」
  39. 光速の寄せと、迫真の描写
  40. 羽生善治四冠「彼は本物の将棋指しだった」
  41. 行方尚史三段(当時)「もし奨励会を退会するようなことになれば、ぼくは死ぬ以外に無い」
  42. 先崎学五段(当時)の「森内六段(当時)の好きなところ」
  43. 第21回将棋ペンクラブ大賞
  44. 森信雄六段(当時)と山崎隆之少年
  45. 先崎八段と行方八段
  46. 天野貴元三段(当時)の「八十一格の青春」
  47. 佐藤康光王将(当時)「我が将棋感覚は可笑しいのか?」
  48. 鈴木大介八段の涙
  49. 林葉直子さんの新刊「遺言 最後の食卓」
  50. 羽生善治五段(当時)の卒業

 

 

 

僥倖(5月5日:園田競馬の一日・後編)

12:55

仕掛けて仕損じなし、必殺仕事人にいそうなタイプの棋士を頭の中で考えていた。

松尾歩八段、小林裕士七段がパッと思い浮かんでくる。

関西では浦野真彦八段、矢倉規広七段もいい味を出すかもしれない。

井上慶太九段は逆にいなさそうな雰囲気。

藤井猛九段は中村主水タイプか。

行方尚史八段はどっちだろう。

12:56

棋士を外見から無理やり分類するなら、平安系武士、平安系貴族、戦国系武士、江戸時代の侍、必殺仕事人系、になるのだと思う。

平安系武士の代表例は郷田真隆王将、山崎隆之八段

平安系貴族の代表例は中田功七段、高田尚平七段

戦国系武士の代表例は神谷広志八段、中川大輔八段

江戸時代の侍の代表例は中田宏樹八段、三浦弘行九段

12:57

よくよく考えてみると、森信雄七段はどの分類に入るのだろう。渡辺明竜王なども分類が難しい。

どうも、この分類には無理があるのかもしれない。

13:00

昼食の後、森信雄七段がパドックを案内してくれた時に、私は予想屋から「勝馬予想表」を買っている。1日分で300円という安さ。

非常に味のある好々爺といった感じの予想師で、後で調べてみると、園田競馬で長く場立ちの予想屋をやっている大黒社の田中義彦さん。中部地方で”伝説の馬券師”と呼ばれる予想師が田中さんを尊敬しており、田中さんから許可をもらって大黒社を名乗っているほど。

13:01

競馬アマ15級の私は、この予想をもとに、新聞も参考にしながら馬券を買っている。

14:15

「勝馬予想表」も「競馬キンキ」も、3着のうちの2頭が当たっても残り1頭がはずれる展開が続く。

この日の馬券の買い方は、1レースあたり200~300円という可愛いもの。

14:20

この落ち着いた特別観覧室で、雑談をしながら、新聞を見ながら真剣に予想を考える雰囲気が、じわじわと楽しくなってきた。

森信雄七段の園田仲間の方も顔を見せる。

これは、馬券が当たらなくても、十分に楽しめる。

14:30

そのたんを見つけた。

そのたんは、兵庫県競馬組合公式マスコットキャラクターで、森信雄七段のブログでもおなじみ。

そのたんに触れると馬券がよく当たるというということは森七段のブログに書かれており、大石直嗣六段も「そのたんに触ると馬券が当たるという都市伝説がありまして」と2年前に語っている。(大石六段はそのたんと握手して当てている)。

14:31

頭の中に、升田幸三実力制第四代名人の金言「笑えるうちに笑っておけ」が浮かんでくる。

「そのたんと握手しておけるうちに握手しておけ」

そのたんの所へ向かおうとした時に、森七段の奥様が「そのたんの両方の手のひらの☆に触ると良いですよ」と教えてくれた。

14:32

そのたんに近づく。

一緒に来たのはTさんの奥様。

しかし、今日はこどもの日で子供の来場者が多く(?)、そのたんは子供に囲まれている。

無邪気な子供たちの笑顔。

そこへ、馬券を当てたいという欲の皮を突っ張らせた、欲にまみれた私。

周りに大人はTさんの奥様だけ。

どうにも味が悪い。

14:33

子供たちの攻勢が一瞬途絶えた。

Tさんの奥様に背中を押されるようにして、そのたんとの握手に成功。

私の右手の掌をそのたんが両手で握ってくれている。両方の☆に触れることができた。

Tさんの奥様もそのたんと握手。

14:35

特別観覧室へ戻ると、入れ替わりにTさんとKさんがそのたんの所へ向かう。

TさんとMさんは、もっと近い位置で競馬を観戦していたので、この時、特別観覧室にはいなかった。

14:45

私の買っていた三連複が当たる。

3通りの三連複で300円買って450円戻ってくるというような展開。

Kさんも二連単を当てていた。Kさんの方が配当は良かったようだ。

これは、そのたんと握手をする前に買っていた馬券。そのたん効果かどうかは分からない。

(今になって考えて見ると、私が競馬で初めて当たったのがこの時だった)

15:30

次のレースは兵庫大賞典で今日のメインのレース。

「勝馬予想表」の馬番連勝単式予想で出ている4頭が「競馬キンキ」の馬番連勝単式予想に出ている5頭のうちの4頭と一致していたので、「勝馬予想表」で特に薦めている3頭を三連単でボックス買い(3頭の順列で6通りとなるので600円)、「勝馬予想表」の4頭を連複でボックス買い(4頭から2頭の組み合わせで6通りとなるので600円)。

ボックス買いは癖になりそうな悪魔のささやきではあるが、ここで1,200円の買いと勝負をかけた。

15:47

なんと、三連単が当たった。そのたんのご利益は本物だった。

配当は3,700円ほど。連複でも当たったが配当が450円ほどなのでこちらはマイナス150円。

15:48

皆さんから祝福を受ける。ありがとうございました。

15:50

森信雄七段がこれから用事があるということで、ここでいったん解散。

15:55

地元のMさんと19時過ぎの東京行き新幹線指定席を取っているTさんと今日中に東京へ帰ればいい私は最終レースを見ていくことにする。

16:40

最終レースも終わり、地元のMさんの勧めで園田駅ではなくJR尼崎駅行きの無料バスに乗ることに。

新大阪で軽く飲もうということになった。

バスの中と新大阪へ向かうJRで交わされていたMさんとTさんの岐阜県に関する話題が面白かった。

18:00

新大阪駅に隣接したビルにあるスペイン料理店で軽く飲む。

私が知らないだけかもしれないが、東京にもこのような気軽で気の利いた雰囲気の店があればいいなと感じた。

19:15

Tさんが東京へ向かう。

20:00

軽く飲むと言いながら、こんな時間に。

連休を締めくくるのにふさわしい楽しいひと時。

Mさん、Tさん、ありがとうございました。

 

5月15日

10:30

4月30日から始まった連休の将棋にまつわる日々。

とても楽しかったので、まだ連休気分が抜けないほど。

連休の間にお会いした方々に深くお礼申し上げます。

 

森一門の必殺仕事人(5月5日:園田競馬の一日・前編)

5月5日

3:30

3次会が終わってホテルにチェックイン。

3:50

今日は、森信雄七段にお誘いいただいて、園田競馬へ行く日。

寝る前に園田が大阪からどれくらい離れた場所にあるか調べようと思い、スマホで阪急電鉄の路線図を見ると、梅田から4つ目に表記されている。スマホ用の路線図は随分と途中の駅を抜かして表示しているものだなと、酔った頭で呆れながら眠りについた。

8:00 起床

8:10

朝風呂に入る。

8:50

ホテルの1階に設置されているパソコンで阪急電鉄の路線図を調べる。パソコン版の路線図なら詳しく出ているだろう。

すると、園田はやはり梅田から普通電車で4駅目。

兵庫県ということでもっと遠くにあるイメージだったが、あまりの近さにビックリする。スマホで見た路線図は途中駅が省略などされていなかったのだ。

9:45

ホテルをチェックアウト。

今日は、園田競馬場で11:00の待ち合わせ。園田競馬場へ着いたら森信雄七段の携帯に電話を入れる段取りとなっている。

阪急梅田から園田まで電車で9分、園田駅から園田競馬場には無料バスが出ていて所要時間は5分。

淀屋橋から大阪駅まで散歩がてら歩く。

9:50

昨日と同じく、御堂筋を肥後橋方面へ左折し、四つ橋通りを大阪駅方面へ向かう。

どうしても、仕事で来ることの多かった場所を懐かしみながら歩くという習性があるようだ。

10:00

堂島などの北新地も大阪なら、新世界→ジャンジャン横丁→飛田新地→釜ヶ崎という超ディープな所も大阪。どちらも好きな場所だ。

10:30

後から調べてみると、御堂筋を真っ直ぐ大阪駅へ向かっていれば阪急梅田駅へ20分もあれば着いていたようだが、西から大回りになるような格好で駅に到着。

10:35

ホームに到着。阪急にはこれまで一度しか乗ったことがないが、昔から変わらない小豆色の車体が嬉しい。(調べてみるとマルーンという色らしい。マルーンはフランス語のマロンに由来するという)

10:40

電車が出発。

10:49

園田駅到着

10:55

無料バスの乗り場は駅から歩いて約5分。バスが数珠つなぎで待っている。

11:03

園田競馬場に到着。遅れてしまった。残念。競馬場の入り口から少し中ほどに入ってから森信雄七段に電話をする。

今日は森信雄七段が特別なグループ席(7~8名が入ることができる個室)を用意してくださっている。

私以外にも、昨日の祝賀会・2次会に参加されていた5人の方が来られる予定。

11:05

場内のステージで、森信雄七段のブログで見たことのある「ちっちゃいおっさん」が大阪弁の大きな声で何かをしゃべっている。

ちっちゃいおっさん」は尼崎市非公認キャラクターということだが、ゆるキャラといいながら、そのアクの強さ、濃さが凄い。

好きになってはいけない、と思いながらもかなり気になる存在。

11:06

先に来られていた森信雄七段が迎えに来てくださる。

2階のグループ席の部屋へ。

11:08

森信雄七段の奥様にご挨拶する。

とても明るく温かみ溢れる奥様だ。

11:09

「ちっちゃいおっさん」は「八木」という名前のパグを連れているが、最近はあまり連れて来ていないらしい。

奥様のお話では、八木の毛はかなり硬かったということだ。

奥様が撮られたのだろう。2014年の森信雄七段と八木の写真がとてもいい。

ちっちゃいおっちゃんのパグ犬「八木」(森信雄の写真あれこれ)

11:15

私は競馬は人の付き合いで後楽園の場外で2、3度馬券を買ったことがあるのと、やはり付き合いで大井競馬場へ1度行ったことがあるだけ。競馬のアマチュア15級といったところだろう。

それでも、森信雄七段のブログによく出てくる園田競馬場へは行ってみたいと思っていた。

11:16

森信雄七段が買っておいてくれたのだろう。部屋には競馬紙「競馬キンキ」が人数分。

第3レースの馬券を買う。当たらなくても雰囲気を楽しめる。

11:30

Tご夫妻、Kさん、Mさんが到着。

11:45

お昼ごはんを食べようということになり、やはり森七段のブログによく出てくる場内の園田屋へ。

森七段はカレーライス、Tさん、Kさんの男性陣は煮魚、Tさん、Mさん、奥様の女性陣はきつねうどん、私は木の葉丼。

木の葉丼は、薄く切った蒲鉾と青ねぎを卵で綴じた丼で、私は初めて食べる。東京では決して食べることができないものだ。

11:55

木の葉丼が想像以上に美味しい。後で調べてみると、園田屋は出汁が素晴らしいという。薄味で絶妙な味わいの木の葉丼の秘密は出汁にありそうだ。

おでんも同様に美味しかった。

直前のレースで森七段は三連単を当てており、昼食をごちそうしていただいた。

ありがとうございます。

12:30

Tさん(昨日の2次会で澤田真吾六段の隣に座っていたTさん)が到着。

12:50

昨日の2次会の時の話になり、なぜかヒットマンの話題となる。

そこから、澤田真吾六段は必殺仕事人に出てきたらピッタリなのではないかという話になった。

たしかに、外見的にもその通りだと思った。クールで格好いい仕事人。武器は昼間の仕事で使っている職人道具。

その話をニコニコ聞いていた森七段が、「糸谷君も必殺仕事人になれるね」。

なるほど、相手を普通に殴るだけで絶命させてしまう仕事人のイメージだ。

私が、「大石直嗣六段は温厚でいつもニコニコしている雰囲気だから必殺仕事人っぽくはないですよね」と言うと、森七段は「いや、大石くんは中村主水のタイプだね。いい仕事人になれる」。

なるほど、当然といえば当然だが、師匠は弟子をよく見ている。

そして、「必殺仕事人に全く向いていないのは山崎君」と森七段。

狙いをつけた相手にすぐバレてしまいそうだから、というのがその理由。

たしかに、山崎隆之八段に必殺仕事人のイメージはない。

棋士を、必殺仕事人にいそうなタイプといなさそうなタイプに分類するのも面白いと思った。

(つづく)

 

大阪へ行く(5月4日:森一門祝賀会の一日・後編)

19:45

席上記念対局。

1局目は、ペア将棋、山崎隆之叡王・室谷由紀女流二段-糸谷哲郎八段・山口絵美菜女流2級戦。

ペアはくじ引きで決まっている。

20:00

将棋ペンクラブ関東交流会にも何度も来ていただいているHさんとお話をする。Hさんと会うのは1年に1.5回のペースだが、そのたびに、あの面白い話をしなければ、と考えていたことが、いざ会ってみるとすっかり忘れて別の話をしていることが多く、これではいけないとずっと思っていた。

それで、私はHさんに、去年の9月、仙台駅のホームでHさんがファンだったと思われる引退した男性タレントを見かけた、という話から始めた。

ずっと、Hさんに会ったら初めに話さねばと思っていた話題だ。

Hさんは面白そうに聞いてくれていたが、しかし、よくよく考えてみると、森一門祝賀会の場でこのような話をするなんて、エベレストの頂上へ登った時に、半年前に行った千駄ヶ谷のみろく庵で食べた肉豆腐定食の味について語るようなもので、異次元感がありありだ。

前日に森信雄七段とお話をさせていただいたり、前の週の土曜日にはバトルロイヤル風間さんの出版記念イベントがあったり、もっと優先度の高い話題はいろいろとあったわけなのに。

大事件が起きてどのテレビ局も特番をガンガン放送している中、唯一昔のドラマの再放送を流しているテレビ局のようなこのブログを書いている私だから、仕方がないと言えば仕方がないのかもしれない。

20:15

と思いながら大盤を見てみると、室谷女流二段が強手を放っていた。銀を只で捨てるかわりに、金を取りながら急所に飛車が成り込めるというもの。

ところが山崎叡王は金を取らずに敵の攻め駒を責める手を指した。

既にこの前の時点で山崎・室谷組が負けの形になっていたのかもしれないが、間もなく山崎・室谷組が投了した。

山崎叡王と室谷女流二段の読みがあまりにも合わないということでステージ上、会場とも大いにウケていた。

20:16

席上記念対局。2局目は山崎-糸谷戦の予定だったようだが、山崎叡王がリベンジをしたいと再戦を申し出る。

先後入れ替わっての山崎・室谷-糸谷・山口戦。

20:35

ところが、またも勝利は糸谷・山口組。

室谷女流二段に恐縮するとともに悔しがる山崎叡王。

20:36

私は、誰とも読みが合わないのが山崎叡王の強みであり真骨頂なのではないかと思っている。

だから、ペア戦で山崎叡王の組が敗れるのは非常に健全な姿ではないかと感じた。

20:40

お楽しみ抽選会。

色紙や各棋士・森信雄七段の奥様が選んだ意外なプレゼントが抽選で当たるコーナー。

例えば、山崎叡王からのプレゼントは、色紙と超高級トイレットペーパーだった。

最後は将棋世界の田名後健吾編集長から将棋世界年間購読のプレゼント。

賞品もたくさん出品されたが、参加者数が200人を超えているので、当たる確率は10分の1以下であり。私には当たらなかった。

20:45

とても楽しく心温まる祝賀会だった。3時間があっという間に感じられた。

21:00

閉会。そして2次会へ。

21:45

2次会の店は関西将棋会館からほど近い居酒屋。

誰でも参加ができる夢のような2次会。

参加者は40人ほど。40人も入ることができる店を探すのは至難の業だが、それを短時間で見つけるのだから凄い。

23:00

私の隣に大石直嗣六段が移ってくる。大石六段とは2年前にNHK杯戦の観戦記を書かせていただいた時以来。

私「今でも井上真央がお好きなんですか?」

大石六段は過去の将棋年鑑で、好きなタレントは井上真央と答えている。

大石六段「そうですね、今も井上真央さんが好きです。でも他にもいろいろといいタレントが出てきていますね」

23:05

大石六段の正面には澤田真吾六段が座っている。

大石六段「澤田君とは昔からよく一緒に話すことがあるのですが、そういえば、澤田君がタレントでは誰を好きなのか一度も聞いたことありません。誰が好きなんだろう」

私「澤田先生、タレントでは誰のファンですか?」

澤田六段「タレントですか。たくさん好きな人がいますね」

澤田六段の横に座っているTさん「一番好きな人は?」

(ここでのTさんは、『オレたち将棋ん族エピソード2出版記念・32年!大感謝祭』のクイズで1位になったTさんとは別のTさん)

澤田六段「うーん」

私「じゃ、3人あげるとしたら?」

澤田六段「うーん、難しいです」

Tさん「◯◯とか△△とかは好みのタイプ?」

澤田六段「いや、ちょっと違います」

私「有村架純なんかはどうでしょう?」

澤田六段「あっ、いいですねえ」

Tさん「じゃあ有村架純がトップ3に入るという感じですか」

澤田六段「いや、そういうわけでもないんです」

村山聖九段は、1990年の五段時代のインタビューで、「好きなタレントは?」の質問に「たくさんいます」と答えている。

好きなタレントがたくさんいるのは、森一門の伝統と言っていいかもしれない。

23:20

森信雄七段に「明日、園田競馬に行きますが、ご一緒にいかがですか」とお誘いいただく。

森信雄七段のブログで何度も見ている園田競馬に行けるなんて…

もちろんノータイムで「行かせていただきます」。

24:00過ぎ

楽しい2次会が終了。

その後、出席者の方々(合計8人くらい)と3次会へ。

3:30

今日のホテルは予約していなかったが、前日に宿泊していた東横インには『シンデレラリバティプラン』があって、24時以降に直接ホテルに行って空室があった場合、かなりの割引料金で宿泊できるというシステム。(電話予約は不可)

東横イン淀屋橋駅南に空室があることを確認していたのでタクシーで淀屋橋へ向かう。

部屋は空いていて、料金は5,000円でおつりがくるほど。

とても素晴らしいシステムだ。

東横INNクラブカードを提示する。

酔っ払った時に撮られたカードに埋め込まれている私の顔写真、が恥ずかしかった。

 

森一門祝賀会 5,4 アルバム(森信雄の写真あれこれ)