棋士のエピソード

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心に残る思い出の将棋

1986年の将棋年鑑の棋士名鑑から。「心に残る思い出の将棋」という質問に対する、十五世名人、十六世名人、十七世名人の回答。中原誠名人…昭和47年の名人位獲得の一局これは1972年の名人戦第7局、大山-中原戦のこと。2勝3敗と追い込まれた中原...
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世の中で一番恐いもの

1989年の将棋年鑑の棋士名鑑より。「世の中で一番恐いものは?」という質問に対する回答。---中原誠棋聖・王座は「ホラー映画」。里見香奈女流二冠はホラー映画が大好きなのだが、その正反対ということになる。中原誠十六世名人のことだから、かなり真...
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三浦弘行新人王(当時)の挨拶

将棋世界1999年2月号、カラーグラビア第29回新人王表彰式より。当時の新人王戦の参加資格は30歳以下、六段以下。現在もそうだが、新人王戦は実力・勢いに優る優秀な若手棋士のみで争われるため優勝は至難。この年の新人王、三浦弘行六段はC級1組在...
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棋士たちの釣り日和

12年前の9月頃の、とても楽しそうな情景。近代将棋1997年12月号、大矢順正さんの「棋界こぼれ話 釣り三昧」より。過日、将棋連盟の控室で雑談していると、先崎六段が現れて、「また、何か釣りに行きませんか」と声がかかった。先崎六段とは春先に房...
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1998年8月11日の羽生善治名人

村山聖八段が亡くなったのが1998年8月8日。そして、故人の遺思により親族で密葬。日本将棋連盟には8月10日に訃報が伝えられた。(8月9日付で九段を追贈)8月10日、竜王戦の対局だった羽生善治四冠(当時)は昼休みにこの報せを聞いた。近代将棋...