読む 名人駒 将棋世界1990年2月号、「ホットニュース、今!」より。名人駒 皇居内で名人戦が対局されたことがある。昭和24年の塚田-木村戦で、この一戦に勝って木村義雄名人が不死鳥のようにカムバックした。昭和天皇は地方巡幸中で天覧の栄は賜らなかったが、の... 2019.12.13 読む
奨励会 木村一基三段(当時)「ライバル視している金沢三段、真田三段の2人が競争相手です。ガンバリます」 将棋世界1989年8月号、駒野茂さんの「関東奨励会レポート」より。 野間三段以来、関西とともに新三段誕生の報がなかったが、久々に聞けた。豊川孝弘新三段だ。 彼は以前から有望視されていたのだが、二段に上がってからピタリと勢いが止まり、鳴かず飛... 2019.12.12 奨励会
読む 先崎学五段(当時)「郷田の顔が鬼に見えた」 将棋世界1990年12月号、先崎学五段(当時)の「今月のハイライトシーン」より。 というわけで、僕は順位戦に負けたのである。負けたのだが、まだ負けたという実感があまりわかないのである。 今これを書いているのは順位戦を戦った翌日。時刻は午後6... 2019.12.11 読む
読む 先崎学五段(当時)「羽生は、まだ信じられないといった顔つきでボーとしていた」 近代将棋1990年12月号、先崎学五段(当時)の「ことしの名場面、珍場面」より。ベテランの芸順位戦▲羽生竜王-△吉田七段 6月29日 順位戦の初戦に敗れたのは、今まで挫折を経験したことのない羽生にとっては、今までにないショックだったろう。負... 2019.12.10 読む
自戦記 羽生善治竜王(当時)「ショックが、全身を駆け巡る気がしました」 将棋世界1990年10月号、羽生善治竜王(当時)の連載自戦記「構想力の差」〔B級2組順位戦 対 吉田利勝七段〕より。 月に1局のペースで進めて行く順位戦。明け番などもあるので、月に2局の場合もあります。 本局もその珍しい月で、前局の3週間後... 2019.12.09 自戦記