米長邦雄王将(当時)「最善手はどちらか。私は八王子の羽生善治邸へ出掛けて行って教えを請うた」

将棋世界1991年5月号、米長邦雄王将(当時)の連載自戦記〔第40期王将戦七番勝負第3局 対 南芳一棋王〕「温故知新」より。

将棋世界同じ号より。

 近年、将棋の戦術が大きく変容を遂げているということであるが、ここらで昨今の流れをまとめてみたいと思う。

 かつては矢倉と振り飛車が戦型の主流であった。ごく最近は角換わり腰掛け銀も一大主流をなしている。塚田スペシャルに代表される急戦調の相掛かりはやや鳴りをひそめているようである。

 このように、戦法の善し悪し、流行りすたりが3ヵ月から半年周期でグルグルと動いている。

 皆、血と汗のにじみ出るような独自の研究、あるいは数人での合同研究のたまものである。確かに次から次に新しい形が生まれ新定跡が打ち出されてはいる。しかし、それで将棋の戦術が進歩し開発されつつあるかというと、必ずしもそうとは言い切れない面もある。

 これはまた後日、違う所で詳しく書くつもりだが、ここに一つ面白い話を載せてみようと思う。A図を見ていただきたい。

 この局面を見てピンと来た方は相当な将棋通、定跡通である。

 これは横歩取りの有名な一変化で、今後手が△6六銀と必殺打を放ったところ。

 横歩取りは先手が有利、取らせる後手が無理というのが大体の定説になっている。ところが研究熱心な若者がこれに新手を試みて、一時成功し、またそれが不発に終わるという歴史を繰り返している。

 A図の△6六銀もかつてしばらく鳴りをひそめていた横歩取りにブームを呼んだ一手で、天才と謳われた若かりし日の谷川浩司少年が愛用した一着である。

 ここの応手が実に難しい。

 本来、このような激しい将棋でこの辺の局面まで来れば、この一手、正解はこれしかない、ということがほとんどなのだけれども、この場合に限っては難しい。

 ▲3三香成と桂を取る手と▲5八金と手厚く受ける手の二通りある。

 最善手はどちらか。私は八王子の羽生善治邸へ出掛けて行って教えを請うた。

 羽生先生は

「▲3三香成の一手です」とのことだった。

 序盤研究の大家、森下先生は▲5八金を推奨した。そして、現在は三冠王となられた中年の谷川先生に訊いてみた。「たしか▲3三香成で一手勝ちになると思います。しかし、この変化は非常に難しく▲5八金と上がるのもありそうです」ということであった。

 確かに▲3三香成は変化が多岐にわたり誠に難解である。私が研究熱心な若者と戦えば、▲3三香成とやっても勝てないような気がする。

 そして▲5八金、この一着は幾多の変遷を経て、この平成の時代にようやく編み出された手かと思いきや、何とこの金上がりは江戸時代の大橋柳雪・宗英の著書に出ているというのである。これには私も驚いた。早速、文献を調べてみると確かに柳雪の本にこれが出ている。

 このことに鑑みて谷川先生曰く、「江戸時代の将棋は相当に深い所まで研究が進んでいたはずです」。

 また羽生先生も「現代の将棋をちょっと見て慣れればトッププロと対等に戦えるのではないですか」。

 江戸の頃の将棋なら、もう序盤作戦などまるっきり稚拙なものだろう、という先入観が私にはあったので、この両者の見解には驚き感心した。このように、先へ先へと研究して進んで行ったはずが、結局元に戻っているということがしばしばある。この横歩取りの結論などはその最たるものだろう。また昨今の矢倉は20年程前に盛んに指された形が主流になりつつある。

 常日頃から教えを請うている森下先生に言われたことがある。

「先生にとって格好の勉強方法があります。それは米長先生の10年前の将棋を一生懸命並べることです」と。

 私も嬉しいような面映い気持ちだった。

 こうして、将棋というものは先へ先へ進んでいるかと思えば、順繰りに回っているようである。だいたいが、角換わり腰掛け銀が升田幸三先生の棋譜を調べるのが一番ということもあるし、矢倉なら10年前の将棋が非常に勉強になるということであるし、横歩取りに至っては江戸時代の文献まであさらなくてはならない。まさしく温故知新を地で行ったようなものである。

 ということで、近頃は女流棋界の将棋まで目を通している若者もいるようだ。

(以下略)

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将棋世界同じ号、先崎学五段(当時)の「公式棋戦の動き」より。

 今月号の米長自戦記。たぶん題名は『温故知新』となっていると思うが、この題に落ち着くまでには紆余曲折があった。とてもじゃないがさしさわりがあってその全部を書くわけにはいかないが、ちょっとだけさわると、最初に米長先生がつけてきた題は温故知新ではなく◯◯◯知新だったそうな。この抱腹絶倒の3文字に将世編集部は議論百出、大いにモメにモメた末にこの題に落ち着いたとのこと。◯◯◯は書いてもいいんだが、マ、書く必要もないのでここでは省略。

(中略)

 升田幸三名人の将棋からヒントを得るのが温故知新なら、俺は清水市代さんの将棋からヒントを得たので◯◯◯知新とのこと。さすが兄貴三人は頭が悪いから東大へ行ったと豪語する人の考えることは違うと一同感心しきり。

 一時は題を変えれば原稿執筆ストライキを起こすとまでに態度を硬くした師匠も、最終的に将世編集部の必死の説得工作を受け入れ、断腸の思いで白紙撤回にあいなったとさ。この一件で本誌の大崎氏は胃潰瘍寸前になったという噂である。

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「先へ先へと研究して進んで行ったはずが、結局元に戻っているということがしばしばある」

現在の角換わり腰掛け銀、▲2九飛▲4八金型は、昭和20年代に現れていた形。雁木は江戸時代の味わい。

コンピュータソフト由来で、当時よりは玉形が薄く、背景となる考え方は異なるものの、形が昔に戻る現象は今も続いている。

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タイトルが「温故知新」に落ち着くまでの経緯。

たしかに、胃がいくつあっても足りなさそうだ。

 

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