奨励会 話さなくても良いことを次々と話してしまった奨励会員 近代将棋1983年1月号、「関東奨励会」より。 奨励会の合同旅行は盛会であったようだ。関東の連中の感想を聞くと関西はなかなかやるというのが多かった。もちろん将棋のことである。 将棋のあとはやはり恒例の行事が行われたようであった。 何年か前の... 2018.11.22 奨励会
奨励会 「こいつは弱そうなやつだから、ここではわざと負けて後でおいしくいただこう」 近代将棋1983年1月号、八尋ひろしさんの「駒と青春」より。 奨励会への入会希望者は年々増えてきている。今年は71名の受験者数であった。 受験者の中にはアマ強豪で鳴らした古作登君(19歳、松下九段門)中学生名人の中川大輔君(14歳、米長九段... 2018.11.21 奨励会
読む タイトル戦対局開始寸前に起こった珍事 近代将棋1984年7月号、能智映さんの「呑んで書く 書いて呑む」より。 あれは第12期王位戦の大山-中原戦だった。この年の春から夏にかけ三度にわたる飛行機墜落事故があり、「飛行機はいやです!」という関係者を無理やり乗せて福岡に飛んだのでよく... 2018.11.20 読む
棋士のエピソード 対局後の「終電で帰るのに悪手なし」 近代将棋1983年3月号、金井厚さんの第6回若獅子戦2回戦〔島朗四段-大野八一雄四段〕観戦記「強くなった島四段」より。 大野は、碁、麻雀、酒のうち、一つは捨てろと師匠からいわれたそうだ。修行のさまたげになってはいけないという親心である。そこ... 2018.11.19 棋士のエピソード
インタビュー・対談 升田、大山に好かれた男 将棋世界1993年8月号、炬口勝弘さんの「素顔を拝見 剱持松二八段」より。十九年目の昇段 早くから八段の器と謳われ、昭和48年に順調に七段になりながら、それから十九年。今年の一月中旬、七段以来、190勝目を挙げて、やっと八段昇段を決めた。 ... 2018.11.18 インタビュー・対談