中井広恵女流五段(当時)のボヤき(後編)

近代将棋1998年12月号「棋士たちのトレンディドラマ」より、中井広恵女流六段の29歳当時のボヤき、最終回。

なお、今日は朝日杯将棋オープン「木下浩一六段-中井広恵女流六段」が行われる。→中継

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そして、こんなことも……。

数人の棋士が控え室で将棋の検討をしていた時のこと。終盤に差しかかり、あーでもない、こーでもないと研究に熱が入る。

私も横で見ていて、ずっと気になっている手があるのだが、それがちょっと口に出せない。

横にいた森内八段の方を見ると、パッと、目が合ってしまった。すると、彼が急に笑い出したのだ。まわりにいる人達は、2、3人を除き何故だかわからない。

実は、私は、主人に”ひずも”と呼ばれていて、重く、でも結構受け難いという攻めを”ひずも攻め”と名付けているのだ。

我が家によく遊びに来てくれる人達は当然この事を知っていて、棋譜を並べていて筋悪の手が出てくると、

「出た、ひずも攻め…」

と叫んでいる。

私が森内八段の顔を見たのも”まさかこんな手はないよねえ”というような手を、恥ずかしくて口に出せないので、目で訴えていたわけで、森内八段も私の言いたいことがよくわかるので、思わず笑ってしまったのだ。

そこへ、関西のA六段。

「こんな手はないよなあ、まさか」

それは、まさしく私が恥ずかしくて口に出せずにいたその手だった。

森内八段が、大笑いして、

「それ、中井さんと同じ考えみたいですよ」。

すると、A六段。

「そらあかん、そらあかんわ。こんな手は将棋の手には無いね。ガハハハ」

……。 ああ、10年昔に戻りたい。(10年じゃダメか…)

ええ、長い間私の本当にどーでもいいような話にお付き合い下さいまして、ありがとうございました。おかげ様で、数名の敵をつくりながらも、友人を無くさずにこのコーナーを無事終了することができます。また何かの機会に裏話を披露できるよう一生懸命ネタを貯えておきますのでお楽しみに。

(了)

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「棋士たちのトレンディドラマ」は、当時はあまり気がつかなかったが、今読んでみると非常に面白い。

近代将棋で連載されていた、スカ太郎さんの「関東オモシロ日記」とバトルロイヤル風間さんのイラスト、故・池崎和記さんによる記事など、個人的にはこのような普段着の棋士達の姿が描かれている読み物が大好きだ。