七冠王の強さの分析

若き日の小暮克洋さんによる、非常にわかりやすく説得力がある文章。

羽生善治七冠王誕生直後に書かれた、羽生七冠の強さの分析。

NHK将棋講座1996年5月号、小暮克洋さんのNHK杯戦決勝(羽生善治七冠-中川大輔六段)の観戦記「羽生七冠王3度目の優勝」より。

「羽生フィーバー」の嵐の中、七冠王の強さの正体についての議論が盛んだ。

指し手として表れた範囲で考察すると、その強さは2点に集約できるのではないか。

第一に「局面を点でも線でもとらえることができる」強さである。

将棋の深奥を知る中原将棋は、点の視点から、どう指しても一局という目で虚心坦懐に盤面をとらえることができ、拡張の高い谷川将棋は、線の視点から、継続的で洗練された手順を流れるように表現することができる。

が、その反面、中原将棋は目前の一手に対する大長考が少なくなったし、谷川将棋は過去の一手が気になってきれいに負けることが多くなった。その点、羽生将棋は点と線で用心深く支えられ、一方の歯車が止まっても他方が補う形で大崩れしないのだと思う。

第二に「指し手をひねり出す」強さと「相手の弱さを引き出す」強さである。

升田将棋や米長将棋は前者の代表例で、相手が誰であれ、強腕頼みに大手を広げ、たとえ向こう傷を負っても己の怪力を立ち直りのいちばんの拠り所とする。また、大山将棋が後者の代表例で、押したり引いたりの駆け引きの中から相手の弱点を引き出し、イヤというほどのコンプレックスを植えつけてしまう。

が、升田将棋や米長将棋は格下相手にも自滅してしまうもろさがあるし、大山将棋は勝負術の通じにくい相手には弱かった。

この点でも羽生将棋にはスキがない。直線的な本筋の指し手を求めながらも、不利になったらなったで曲線的なクリンチもお手のものである。

(以下略)

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X軸を「点」派と「線」派、Y軸を「指し手をひねり出す」派と「相手の弱さを引き出す」派にして、それぞれの棋士をプロットしていくのも面白いかもしれない。象限が4つできるので、棋士のタイプが4つに分類されることになる。

一番ロマンがあるのが、指し手をひねり出す「線」派か。

羽生将棋をグラフ上に表現すると、原点を中心とした非常に大きな円になるのだろう。