深浦康市六段「「丸山忠久という男」

深浦康市六段(当時)による、名人戦挑戦者丸山忠久八段評。

将棋世界2000年7月号、深浦康市六段による観戦記、第58期名人戦七番勝負・第3局「丸山忠久という男」より。

サッカーの中田英寿はシドニーオリンピック出場を決める日本代表の試合前日、こう話した。

「(今のオリンピック代表チームでの試合は楽しいか?と聞かれて)サッカーは楽しいからやっているのではない……」と淡々と続けた。

私はその映像をまじまじと眺めてしまった。このインタビュアーもセンスのない事を聞くなぁと思ったが、中田の返し方もある意味、”プロ”を感じた。

今期名人戦の挑戦者、丸山忠久も同じ事を言うかもしれない。

「将棋は楽しいからやっているのではありません」

恐らくこう話したとしたら、棋士の大半は違和感を覚えるのではないかと思う。

実際、楽しいから続けていられる商売なのではないかと思う。絶対そうである。

しかし丸山はこう言うと思う。丸山は中田と同じ匂いを感じる。新しい”プロ”の誕生の匂いを。これまでの常識をくつがえすかもしれない、という匂いを。

中田英寿と丸山忠久は似ている。中田はイタリアプロリーグに渡る時、あまりのマスコミやカメラの多さに「目に悪いんで」とサングラスをかけ記者会見を行い、奇行の人、と報じられた。しかし中田にとってすれば、視野の広さを武器とする自分にとって視力の落ちる事は大きな問題である。従って自分の仕事を大事にしたつもりが、マスコミに嫌われ、本人も嫌になった、という経緯があった。

丸山は対局以外の仕事をほとんどしない。また、対局の時は扇子は持たないし、ミネラルウォーターなども飲まない。カバンも持たない。常に将棋盤と自分だけである。これは徹底している。

中田と同じで、常に自分と仕事との関係が9割以上をキープしている。また、これに害する様な事柄はすべて排除しようとする。この形が21世紀をリードするトップランナーとなり、新しいプロフェッショナルの形、スペシャリストとなっていくと思う。

(中略)

名人、佐藤康光はその点、丸山とは一線を画する。名人戦での厳しい形相も、一度離れると実に温和な男に戻る。

関係者一行は長崎空港に降りたったが、滑走路に着いた時の揺れが激しかったらしく、「荒い運転でした」と気弱な面を見せた。

かつて青森での仕事に、予定の飛行機に乗り遅れ、勢い秋田行に乗り込み、嫌がるタクシー運転手に秋田-青森間(約185キロ4時間)を走破させた男には見えない。

その行動の裏には青森での仕事が、身障者の方の将棋大会で佐藤プロと会える事を心待ちにしていたという実情があったのだが(島朗八段著「純粋なるもの」参照)。

名人になってからも普及には人一倍の情熱を持っている。羽生四冠にも谷川棋聖にもそれは同じ事が言える。丸山にそれがないとは言わないが、明らかに新しいタイプの棋士である。

(以下略)

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先輩棋士である丸山忠久八段を評して、深浦康市六段は”新しいタイプの棋士である”と述べているが、深浦康市六段自身は「新しくないタイプの棋士」の道を歩んできたと思う。

それにしても、佐藤康光九段の秋田から青森にかけてのエピソードは感動的だ。