「米長哲学」という言葉がある。
「自分には消化試合であっても、相手にとっては一生を左右するほどの大勝負には全力投球すること。それができない者は、この世界では見放される」というもの。
確かに、この言葉には非常なインパクトと説得力がある。
今日は、「米長哲学」誕生の一局を見てみたい。
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1969年度B級1組順位戦最終局。
この期は内藤國雄八段が既にA級復帰を決めており、最終局で残り一枠が決まる展開だった。
昇級候補は、大野源一八段、芹沢博文八段、中原誠七段。
最終局の組合せは次の通り。
- 大野源一八段-米長邦雄七段戦(大阪対局)
- 芹沢博文八段-中原誠七段戦(東京対局)
大野八段は勝てばA級復帰の自力型。
大野八段が負けた場合は、芹沢-中原戦の勝者がA級へ。
振飛車名人の大野八段は60歳で、大野八段のA級カムバックはマスコミやファンが望むものだった。
そのような大野八段と戦った、昇降級には関係のない米長七段。
結果は米長七段と中原七段が勝ち、中原七段がA級へ昇級した。
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大野流▲5七銀型中飛車の出だし。(大野八段の先手)
米長七段の引き角により、大野八段は向飛車へ転向。
その後折衝が続き、△5三銀打に対して、大野八段の見事な捌きが繰り出される。
以下、▲7八飛△7四歩▲7五飛△同歩▲5三角成
大野八段の猛攻。▲7一角からの展開を狙っている。
△同金▲7一角△5二飛▲5三角成△同飛▲4四銀。
攻める振飛車ファンから見たら感動の鳥肌が立つ大野流。
以下、△4三飛▲同銀成△同銀▲8二飛△5二飛▲8一飛成…と進み大野八段の攻めが順調。
ここから米長七段の粘り腰。
△3一金▲4一金△2二銀▲3一金△同銀▲4一金△2一金▲ 5一銀不成と、大野八段の攻めは続く。米長七段もなかなか決め手を与えない。
103手目、大野八段が二枚飛車で迫る。
大野八段は秒読みに弱かった。相手が秒読みの時も慌ててしまったという。
ここから▲4三竜。米長七段は△6六馬。
そこから▲5五銀△同馬▲5二竜引なら大野八段に勝機があったらしい。
110手目の局面では▲6五歩でも良かったのかもしれない。
ところが大野八段は▲5二竜引。
しかし、△3九銀からの詰みがあった。
大野八段投了。
ほとんど詰みまで指した大野八段の無念さが表れている。
大野八段にとっては非常に惜しい一局だった…