林葉直子女流名人(当時)「私の愛する棋士達 先崎学五段の巻」

将棋マガジン1991年6月号、林葉直子女流名人(当時)「私の愛する棋士達 先崎学五段の巻」より。

”私の愛する棋士達”。次は先崎を書こうと思う、と口にしたところが、

「ねェ、直子ちゃん、それ私のイジメた棋士達に変更したほうがいいんじゃないの?」

 と言われてしまった。

 どこをどう間違えて、こういう情報が流れたのかしらん、と思いながらも思い当たるフシがないわけではなかった。

 すいぶん昔のことだ……。

 初めて先崎くんに会ったのは10年近く前になるか、米長家に私が内弟子としておいていただくことになったときである。

 師匠であった米長先生が、女の子ひとりで内弟子になるのは寂しいだろうとご配慮して下さったのだ。

 半ズボンにTシャツ姿。

 スポーツ刈りでプクプクしたほっぺたは、いかにも健康優良児そのものであった。

 私が中学1年生。先崎くんは小学校4年生だった。

 そして約3年、米長家で先崎少年と私は一緒に過ごすことになった。

 イジメた、話はこの頃のこと。

 自由奔放で怖い者知らずの性格は今でもちっとも変わっていないが、しかし、子供の頃から、そうだったのである。

 身体も小さく、いやいや年齢だって10歳そこそこのボウズが、一人前のことを大人の人と対等にしゃべるのだ。

 年齢と身体だけは、私のほうが上回っていても、他のことは全部、彼には敵わない。

 当時の私は、内弁慶で誰とでもしゃべれるような子供ではなかったので、そんな彼が憎らしくてしょうがなかった。

 ”天才”というのは、彼のような人物にあてはまるのではないか、と子供心に思ったものである。

 口も将棋も敵わない。

 将棋は超早指しでポンポンと指してくる。

 三年近くの内弟子生活を共にしたのだが、将棋を指したのは数えるほどではないだろうか。

 私に”先崎は年下”という感覚があったので指して負けると面白くなかったのである。

 おまけに、したり顔で、

「こんな手指すようじゃ、ダメだよ」

 と三つも年下の子供に言われては腹が立つというもの。

 大人になればなるほど歳の差は縮まって感じるものだが、子供の頃の三つの差は大きい。

 今ならば、先崎先生に平手で教えてもらえるなんて光栄だ!?と思えようものの、当時は生意気なヤツとしか思えなかったのだ。

 子供は子供らしくしなさいよね、三つ年上ということで姉さん風を吹かしまくった私……。

 大人の人の前ではおとなしかった私も、自分より年下の先崎ボウズには強くでれる。

「ちょっと、先崎」

 と、どこぞやの親分が子分に言うそんな感じだ。

 いわゆる出来の悪い不良学生が勉強のデキる頭の良い子に嫉妬してるという情景である。

 ちょっと怒ったらビーィェー、とまるで赤ちゃんが泣くように泣いていた先崎少年……。

「口は災いのモトよ」

 なんて怒った気もする。

 今思えば、パコン、いやパチンッと……恐れ多くもあの天才先崎先生のオツムを叩いた気がする。

(と、こんなことを書いたら林葉直子のイメージが!? 崩れてしまうかしら。でも、本当に当時の先崎くんは生意気で可愛くなかった……)

 おかげで、当時のことを先崎先生は根に持っておられるようで、困ったものだ。

 約三年間の内弟子生活を終えたその後は、私が女流棋士一本に絞り彼に会うことが少なかったのだが、最近よく顔を合わせる。

 お互い20歳と23歳と大人になったものだ。

 童顔なので、表面的には背がのびたナ、ぐらいの印象しかないのだが、ずいぶんとしゃべり方や物腰が大人っぽくなった。

”マセたガキ”の面影が、好!?青年へと変わったのである。

 私はつい昔のクセで「先崎」と呼び捨てにしてしまうが、それがイケナイことのように思わされてしまうぐらいなのだ。

 そもそも男性棋士、五段であるのだから「先生」と呼ばなければならないのかもしれない。

 しかし、私が先崎先生!なんて言おうものなら、彼は私が何か企んでいるとしか思わないだろう。

 つい先日も一緒に食事に行き、彼にビールついだところが、

「林葉先生にこんなことしてもらって申し訳ないですねぇ」

 とケラケラ笑われてしまった。

 私も負けじと!?

「先崎先生にビールをつげるなんて光栄ですわ」

 と言ったところで目を見合わせて笑ってしまうのだから「先生」をつけての呼び方では話にならない。

 結局昔と々「直子ちゃん」「先崎」という呼び方になってしまうのである。

「昔は直子ちゃん、怖かったもんねぇ……」

「悪かったわね。でも先崎が可愛くなかったんだもの」

「あ、そう」

 そういいながらフッと口許を緩めグビグビとビールを呑みほす先崎五段。

 立派に成長したもんだ、とひとりごちながら彼についでもらったビールを有難く頂戴した私である。

 昔むかしの泣きベソ先崎は今、”先ちゃん”と誰からも親しまれる人気者だ。

 相変わらずとんでもないことを平気で口にする彼だが、どこか憎めない愛嬌のある奴だと棋士仲間からも一目おかれているのだろう。

 当然、棋士だけではなく一般の将棋ファンも多いようだ。

 しかも、意外なことに女性ファンが先崎の名前を口にするのだ。

「先崎さんって、面白いですよね。笑顔は可愛いし、なんといってもあの声がいい、と思いません?」

 と言うほどである。

 しゃべることが面白い、笑った顔が可愛い、というのはなんとか納得できるものの、声がいいというのはびっくりした。

「そうでしたかぁ…?」

 小首を傾げる私にその女性ファンの方が力強く、

「うん、先崎さんはステキです」

 と……。

 ここまで言われては、私も返す言葉がなかった。

 大きなタイトルを手にして有名になった若手棋士、というのではない。

 だが、何か先崎学の持つ人間性とは光輝いているのであろう。

 つい先日、NHK杯戦で優勝するという偉業を成し遂げた先崎くん。

 これからは、益々活躍することだろう。

 けっして彼に、気品の良さは感じないものの、その魅力的な人間性で将棋界の面白さをファンに見せつけてほしいと思う。

 先崎ならきっとやれるはずである。

 (中略)

〔直子の先崎学分析〕

特徴

 先崎学、20歳、独身 東中野に独り住まい。

 マル顔でぷっくらホッペの童顔。酒が強い、将棋も強い、文も上手で口も立つ。

”先ちゃん”のニックネームで親しまれている。

 羽生、森内、等の若手棋士とよく飲みに行く。

 カラオケスナックに行っても彼はあまり唄わない。

 しかし、けっして上手でないわりにはお客さんの拍手が多い。

 楽しい雰囲気を作るのが上手なのだ。

 そんな彼の笑い方は独特で、

「ギャハハハハッ」

 とお腹を押さえながら、大口を開けて笑う。

 いつだったか、先崎&林葉の笑い方は似てる、と言われた。

 心外だが(先崎くんも同じだろう)よく観察してみると、似ているような気がした……。

(うそうそ、私はずっとお上品です)

口グセ

「へぇー、そうなのぉ」

 眼鏡に手をやりながら、頷く。

趣味

 競馬、マージャンなんでもござれ。

 最近スポーツはあまりやらないようだが、水泳、スキーはお上手。

 お酒を飲みながら、評論するのも好きなようだ。

性格

 カラッとしていて、クヨクヨしないタイプ。

 しかし、納得いくまではトコトンぶつかっていく性格である。

 調子にのり易くて早合点する傾向がある。

 男同士、棋士仲間ならホンネで勝負するが、こと女性に関しては、態度とは裏腹に!?奥手のようである。

(そんなこと、私が知るわけないか)

棋風

 中盤から妙に力が出る、と某八段のお言葉。

 NHK杯戦で優勝するという実績からも早見えする、感覚派タイプ。

 定跡通りの将棋よりも形を崩していく。

(ここまで書いていて、私はなんだか自分のことを評価しているように思った。でも、私と先崎先生のレベルは雲泥の差がある……)

(以下略)

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林葉直子さんと先崎学八段の歳の差は3歳(学年でも3学年)。

先崎八段は1980年に米長邦雄永世棋聖の内弟子となっているので、10歳での入門ということになる。

中学1年と小学4年の差は年齢差以上に大きい。

3年経っても高校1年と中学1年の関係。

手合いでいえば大駒1枚以上違う感覚だ。

たとえいじめられなくても、絶対に敵わない年齢差なので、先崎少年が泣いてしまうのも無理はない。

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ちなみに、林葉さんと先崎八段は、この文章が書かれた数年後、駒音コンサートで「男と女のラブゲーム」をデュエットしている。