羽生◯◯流

将棋世界1990年3月号、「読者参加 提言シリーズ 羽生竜王の呼び名」より。

 トップ棋士にはそれぞれ代表的な呼び名がある。中原誠棋聖は自然流、米長邦雄九段はさわやか流(最近は泥沼流)、谷川浩司名人は光速流、南芳一王将が地蔵流である。これらは命名上手の原田泰夫九段や棋界ジャーナリストがつけたもので、みんなぴったりした感じがする。年月をへても飽きのこないものがいいようだ。

 さて、最近のチャイルドブランド棋士の場合はどうか。なにしろ羽生竜王はデビュー4年で棋界の最高位についたわけで、実力実績が先行して名称はとくに決まっていない。

 羽生竜王が対局中にじろりと相手をにらむクセから”ハブニラミ”流とか、強くてこわいイメージを姓にひっかけて”毒ヘビ”流という人がある。だがハブニラミは見当ちがいな考えのやぶにらみに通じるし、毒ヘビは棋界の若き第一人者にふさわしくない。

 読者からいただいた名称のなかで、これはと思うものを紹介しよう。

「勝負所の見極めが強い棋風なので、剣聖柳生宗矩にちなんで”新陰”流」(東京都板橋区 Kさん)

 棋士を剣士にたとえての発想である。

 これと同様が、生涯不敗の宮本武蔵になぞらえて”武蔵”流(東京都練馬区 Wさん)。師匠の二上達也九段も、お祝いの席で弟子を「タケゾウのような強さ」と評したことがある。竜王になった現在はムサシというべきか。

(中略)

 表現はそれぞれちがうが、羽生将棋の強さをいいえている。

 ”先進国”流と”先進”流は、本誌2月号の米長自戦記の文中からとったものであろう。先進国流の意味は、発展途上国(棋士)が直線的な考え方をするのに対して、先進国ほど選択肢の多い政策をとり、その一例が米長泥沼流であり、さらに進化させたものが羽生将棋というわけだ。

 先進国流は米長九段の最大級の讃詞であった。だが一般ファンには意味がつたわりにくいのが欠点だ。先進流も谷川前進流(この人の呼び名はけっこう多い)に似てくる。

 このほか八方流、無限流、ウルトラ流、電撃流、異彩流、感性流、無双流、無相流などがあった。

(中略)

 そこで今回は、羽生竜王本人に候補作から気にいった呼び名を選んでもらった。

羽生「え~と、いろいろありますね。米長先生推奨の先進国流は、意味は理解できましたけど、何となく照れくさいですね。”電撃”流はすっきりしていていいです。でもこれ、前に将棋マガジンかなんかで呼ばれたような気がするな。”無相”流が自分としては気にいっています」

 無相流の投稿者は、東京都三鷹市のFさん。そえ書きに「姿なくして自由自在」とある。羽生竜王はどうやらこの言葉にひかれたようだ。羽生将棋の原点がそこにあるかもしれない。

 羽生竜王は同音の”無双”流(東京都足立区Oさん)にも若干心が動いた。無双は三代伊藤宗看の詰物で、伊東看寿の図巧とならんで難解無比な作品として知られる。また辞書には、ならぶ者のないことと記されている(第一人者の意)。

 無相は辞書にのっていない新語である。はたしてこれを使っていいのかわからぬが、定着してしまえばこちらのものだ。このうえは、ほかの棋界ジャーナリストにどしどし”羽生無相流”を使ってもらい、全棋界的に広まっていけば、本誌の企画は一応成功したことになる。

 読者のみなさんも、ぜひよろしく。

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将棋世界1990年5月号、「耳よりな情報」より。

 本誌3月号提言シリーズで羽生竜王の名称を読者に募ったところ、多くのお便りをいただいた。そのなかから羽生竜王自身に”無相流”を選んでもらった。

 本誌はこの無相について、辞書にのっていないと書いたのだが、とんだ認識不足であった。広辞苑によれば、無相とは①形容のないこと ②執着を離れた ③仏教用語で無限絶対とある。

 ご指摘をいただいた無相流投稿者のFさん、Sさん、Hさんには本欄を借りて御礼する。

 さて、この無相流。仏教くさいという声もあるが、おおむね好評であった。姿形にとらわれぬ自由な境地という意は、羽生将棋をそのままいいあてていると思う。

 なお、3月号に掲載できなかった分をまとめて記しておこう。

 強進、豪快、超段、新星、マグマ、緻密、野性、毒牙、神風、万能、新進、天地、鋭角、破天荒、牛若、無限、一刀、若武者、鋼鉄、帝王、弾丸、大王。

 いやはや、いろいろな名称があるものだ。多少目移りするものもあるが、羽生無相流を決定したからには、これを棋界に広めたい。読者のみなさん、報道関係の方々、よろしく。

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意味からしても、羽生無相流はピッタリと思える。

欠点は、たしかに仏教っぽいテイストであることか。

どういうわけか、無相流は定着しなかった。

ウルトラ流もなかなか良いと思うが、付けられた人は絶対にイヤがりそうだ。

ネーミングとは難しいものだ。