真部一男八段(当時)「僕そんなこと、言ったっけかなあ」

将棋世界1990年2月号、大崎善生さんの第2期竜王戦(島朗竜王-羽生善治六段)第7局観戦記「竜王、島朗の意地」より。

 双方端歩を突き合う展開となった。

「端歩は心の余裕だよ」。奨励会時代の島に、当時奨励会幹事の真部八段が言ったというのは有名な話である。

「僕そんなこと、言ったっけかなあ」

 副立会人として本局に随行していた真部が、そう言ってニヤリと笑った。

 心に残る言葉は、言った人間よりも、言われた人間が心に刻み、あるいは発掘するものなのかもしれない。

 しかし、本局に限り”心の余裕”どころか、9筋と1筋が最前線となり、早くも局地戦が展開されている。

(以下略)

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「心に残る言葉は、言った人間よりも、言われた人間が心に刻み、あるいは発掘するものなのかもしれない」

この言葉自体も名言だ。

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この観戦記には、大崎さんの印象的な表現が多く出てくる。

 ▲7一銀が43分の考慮の末島があみだした、△9四桂を上回る受けの絶妙手であった。飛車取りにポンと打つ手が受けの手というのも変な話だが、ちょっと気づかない間接的な受けの発想なのである。

 △7二飛とされれば、すぐに死んでしまう銀だが、しかし、それには▲3三香と攻め合いに出て、△7一飛と銀を取った形がひどく、折角の大砲が誰もいない砂漠に向けられることになってしまう。

 銀を犠牲にしても、二手かけて飛車を自陣の最大の弱点8筋から左遷する、という深謀遠慮の受けの手なのである。そして、島の得意技をご存知の読者にはお解りと思うが、ポツンと置かれた銀が、心強い前進基地になってもいるのだ。

(中略)

 この頃、控え室に谷川名人から電話が入った。神戸の自宅からである。指し手を伝えた後「どちらがいいんですか?」。青野八段が「それはご自分で判断して下さい」。それを読売の記者が電話で伝えると「それは、そうですね」。

 こんなやりとりに、難解な形勢に過熱気味だった控え室に、久々に笑いが起こった。

 モニターでは羽生が眠気をぬぐい去るように、大きく伸びをした。

 ▲2四歩、△8六歩と互いの玉頭の歩を手抜きし合う、足を止めた激しい打ち合い、直線的な将棋が急に曲線的な軌跡をたどり始める。

 攻め合いの順もなく、時間もなく、私の頭は混乱してしまった。だから、あなたにはもっと混乱してもらいたい。お互いにそんな感じの指し手が続く。

(中略)

 ▲8二金が”入玉の島”と恐れられる、島の面目躍如の一手。もっともゲジゲジみたいに入玉してくる、島ゲジ流とおっしゃる先生もいた。

 しかし、実際に▲8二金と打った局面は、ポツンと孤立していた基地が急に衛星都市として息づいて見えてくる。

 羽生の飛車を逮捕しながら、安住の地にネオンを灯したのである。

(以下略)

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非常に豊かな表現力。素晴らしいと思う。

ちなみに島ゲジ流だが、この頃NHKのドンと呼ばれていた島桂次NHK会長のニックネーム”シマゲジ”にかけたものと推察される。

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故・島桂次氏は政治部記者歴が長く、豪腕で型破り。会長になる前から週刊誌などでその名が取り上げられた。

会長任期中は衛星放送の本放送を開始したり、関連会社の体力を強化したり、受信料に頼らない経営を指向した。

良い意味で、昭和の名物男の一人と言えるだろう。

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