谷川浩司竜王(当時)「コテコテにしてやります」

将棋世界1991年6月号、先崎学五段(当時)の「公式棋戦の動き」より。

棋聖戦

 いよいよ大詰めに近づいて来た。ビッグネーム3人(中原誠名人、谷川浩司竜王、南芳一王将)の中に入って、郷田の健闘は特筆ものだろう。米長が勝っていれば、名人戦の最中でもあり、実におもしろかったのだが、中原-郷田の初対戦も興味津々である。

 名人戦を羨ましげに横目で見ながら、谷川の快進撃が続いている。1回戦こそ相手が玉を逃げ間違えるというラッキーな勝利だったが、2回戦の森下戦は、その鬱憤を晴らすかのように鮮やかな勝ち方を見せた。

(中略)

 ▲1八香が名手。森下「まったくうっかりしていました」とのことである。本譜の1筋と9筋の攻め合いではハナシにならない。以下は光速の寄せが炸裂した。谷川は局後「過激すぎましたかね」「どうも悪い癖で」を連発していたが、これは、僕には「どうです。私の寄せはすごいでしょう」といっているように聞こえた。

 さてあと2番。谷川はいう。

「私は常々1回戦で負けるのも挑戦者決定戦で負けるのも同じだと思っています。ですからここまで来たら頑張りたい。南さんは一番負けたくない相手で気合いが入ります。見ててください。コテコテにしてやります」

 最後の一言は読者へのリップサービスか、それとも……。


将棋世界1991年7月号、谷川浩司竜王(当時)の連載自戦記〔第58期棋聖戦 対 南芳一王将〕「勝負所で読みを欠く」より。

 対局がない、とにかく対局がない。

 平成3年度に入ってから2局目。1月から数えても12局目で、本来ならこれは、私の2ヵ月間の対局数である。

 今行われているのが、名人戦と、竜王戦、王位戦、王座戦なのだから、対局がないのも無理はないのだが―。

 というわけでこの棋聖戦。挑戦権まで2勝というところまできているし、かなり気合が入っていた。

 不安だったのは、最近南王将に対して負けが込んでいる事。

 先月号の棋戦の動きのページで、私の抱負が出ていたが、ただ、最後の「コテコテにしてやります」は、殆ど担当者の誘導尋問である。

 対局は、将棋世界発売直後の9日。普段南王将とは仲が良いので、これを読んで彼が怒った、という事はないと思うが。

(中略)

 これで棋聖戦も敗退。昨年11月の竜王獲得後、何もできないままに半年が過ぎた。

 覚悟を決めて、王位戦、王座戦、竜王戦。3つの防衛戦を戦い抜くしかない。

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近代将棋1991年4月号表紙より。

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「私は常々1回戦で負けるのも挑戦者決定戦で負けるのも同じだと思っています」

対局料収入的には大きく違うわけだが、谷川浩司竜王(当時)ならではの心意気だ。

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「コテコテにしてやる」は「ボコボコにしてやる」とほぼ同じ意味と思って間違いないだろう。

コテコテと言うと、どうしても濃厚でくどいお好み焼きソースを連想してしまうけれども。

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「今行われているのが、名人戦と、竜王戦、王位戦、王座戦なのだから、対局がないのも無理はないのだが」

この当時の谷川浩司九段は、竜王・王位・王座の三冠。

この三冠を持つと、4月~5月はほとんど対局がつかないということになる。

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「ただ、最後のコテコテにしてやります、は殆ど担当者の誘導尋問である」

苦しい言い訳のようになっているのが面白い。