木村一基八段らしい文章

将棋世界2002年5月号、「昇級者喜びの声 C級1組⇒B級2組 木村一基六段 来期も頑張るぞ!!」より。

 2月3日、日曜日。

 落ち着かない。順位戦、何をやろう、やっぱり角換わりかな。・・・大体俺が負ける訳がない、だって俺は・・・なんて考えているとカミさんが「あらまあ」と言った。NHK杯、藤井さんとの対局が映っていた。

 俺は老けたな、オッサンだな、しかも一段と……ああヤバイと思いながら見る。そのうちに腹が立ってきた。

 大逆転負け。あら、藤井さんニヤッと笑っている。俺「呆れた」とぼやいている。ひたすら口惜しがる弱い男。

 あ、ここで放送終わりなの、いくら何だってかっこ悪すぎだあ。

 憂鬱になる。

 2月5日、ついにやってきたこの日。緊張感が全然ない。その割に集中して全力を出し切れる状態になっていたのは、大勝負を何度か経験したからだろうか。

 夕食休憩までは自分の構想が上手くいき過ぎた。俺は強すぎる、なんて思う程楽観気分だったのが、その後なぜか必敗になってしまった。

 どうしても勝ちたい。間違えろ、とひたすら念じた。

 何とかいい勝負、という所まで漕ぎつける。あとは運だな、と思えるくらいの接戦が続いて、少し流れが傾いた。

(中略)

 自分のいい所も悪い所も出尽くした、記憶に残る1局だった。

 24歳直前でやっと四段になった時、「1回でも昇級できればいいな」というのが正直なところだった。今回は嬉しい誤算だ。順位戦に限らず、充実したシーズンだった。

 いつの間にか欲張りな自分がいて「もっと上に行けるかも」と思ったりする。きっとこう思えるのもせいぜい数年だろう。一生懸命頑張りたい。

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木村一基八段の解説と同様、軽妙でとても面白い文章だ。

自虐ネタが入っているところも木村一基八段らしいし、ものすごく謙虚なところも木村一基八段らしい。

この期のC級1組は木村一基六段(当時)が全勝で昇級している。

昇級を決めたのは、ラス前の対畠山鎮六段戦。

畠山鎮六段(当時)も最終局で8勝2敗となり昇級を決めている。

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2月3日に放送されたNHK杯戦は、準々決勝の藤井猛九段-木村一基六段戦。

NHK杯戦は、対局者であっても、どのように撮られているのか、解説者が何を話したのか、などは放送当日まで知ることができない。

自分が対局者として出演している番組の感想を対局者自らが語る、という企画も面白いかもしれない。

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現在放送されているNHK将棋講座「木村一基の”先読み”受け方エクササイズ」は、初心者はもちろんのこと、有段者にも参考になりそうな内容だ。

受けに特化した著書や講座は少ないので、受けの感覚を勉強しなおすのに非常に良い機会だと思う。