中村修七段(当時)「後手番二手目の可能性(1)・・・△9四歩編・△2四歩編」

将棋世界1993年9月号、中村修七段(当時)の16ページ講座「後手番二手目の可能性」より。

 初手の指し手は何通りあるかご存知ですか。正解は30通りです。

 とは言っても▲7六歩と▲2六歩以外の手はほとんど指されず、たまに▲7八金や▲3六歩などを見かけると新鮮に感じ、プロ間でも話題になります。

 初心者の頃、”初手は大駒の利きを良くする▲7六歩か▲2六歩が一番自然な手”と教わりました。確かにその通りだと思います。しかし、他の手では先手が悪くなるのでしょうか。そこでひねくれ者の私は考えました。初手▲8六歩と突くのは以下△8四歩▲7八金△8五歩▲同歩△同飛▲8七歩と進んで、これだけは先手明らかに損。では例えば初手▲9八香はどうでしょうか。先手は飛車を振り、いずれは上がる可能性の高い香車を先に上がったと思えばそれほどマイナスにはならないでしょう。後手が最善を尽くしても、▲9八香の一手をとがめての作戦勝ちは難しいと思います。それでも私自身とても指す気にはなれません。▲9八香の一手を生かすため、駒組みも制限されますし、何と言っても先手の得である主導権を握る指し方とは違うからです。

 「すると後手番ならどうだろうか」

 そんな気持ちから今回のテーマを思い付きました。序盤から相手に追随していくのは面白くありません。

 それならいっその事、乱戦へと引き込み、自分のペースで楽しく戦おうではありませんか。今回解説する変化は、初手▲7六歩(限定させてもらいます)に対して△3四歩や△8四歩といった平凡な手ではないため、多少無理なところもありますのであしからず。

 この講座をヒントに工夫を加え、読者の皆さんのオリジナル新戦法が生まれる事を楽しみにしています。

 さて講座に入りましょう。

 当然ながら初手▲7六歩に対する応手も30通りあります。ただし、成立しそうな順は10通りぐらい。それ以外では後手の作戦負けとなるでしょう。

 後手のポイントとなるのは、先手の飛車先歩交換に対抗する作戦があるかどうかです。

 ちなみに、初手▲7六歩に、先手番の▲9八香と同じ意味で△1二香と上がると、▲2六歩△3四歩▲2五歩以下後手困ります。普通の振り飛車にもできず、△1二香の一手が働いていません。

 それでは具体的に調べてみましょう。

『△9四歩』

 2手目に△9四歩。

 伝説の棋士、阪田三吉贈名人・王将によって指された一着です。

 昭和12年2月、東西の対抗意識が強かった頃、相手は関東の星木村義雄十四世名人(当時八段)でした。

 京都の南禅寺で行われたこの対局は7日間の死闘となり、今も「南禅寺の決戦」と言われ長く語り継がれています。

 将棋は3手目に▲5六歩と突き、中央の位を生かした木村先生の勝利となりました。結果はともかくとして、2手目△9四歩は悪手だったのでしょうか。

 そうとは思えません。

 しかし、狙いがハッキリしないため、まとめ方が難しく力戦模様となるでしょう。ヘタをすると緩手になりかねない△9四歩だけに、あまりお勧めできません。ただし、常識に挑戦した大胆な指し手として十分な価値があります。

 その精神を大いに学びたいと思います。

 プロ棋戦では皆無の△9四歩ですが、最近非公式ながら指された将棋があります。先手滝川幸次名人-後手氷室将介奨励会員です(週刊将棋ビッグコミックスピリッツ『月下の棋士』より)。

 残念ながら4手目封じ手となり、勝負はつきませんでしたが、今後の展開が期待されます。

『△2四歩』

 角頭歩突きの△2四歩(4図)。

 前に先手の初手▲8六歩は成立しないと述べましたが、後手の場合はどうでしょうか。

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4図以下の指し手

▲2六歩△3四歩▲2五歩△同歩▲同飛△8八角成▲同銀△3三桂(5図)

 後手△2四歩は先手を挑発し、乱戦に持ち込む作戦です。

 2手目△2四歩と突かれると、振り飛車党ならともかく10人中9人は▲2六歩と指すでしょう。以下必然の手順を経て5図へ進みます。後手は負担となりそうな角を交換して、軽く桂馬を跳ねます。予定通りの大乱戦です。

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5図以下の指し手

▲2三飛成△2二飛▲2四歩△2三飛▲同歩成△4五桂(6図)

 当然の飛車成に対して強く飛車をぶつけ、先手はと金を作りましたが、後手も手に乗りながら桂馬を捌いて双方飛車角を持ち合った6図。形勢はどうでしょうか。局面の見方としては先手の2三と、そして後手の4五桂、どちらが働くかにかかっています。

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 すぐには△5七桂不成はありませんが(▲2四角で抜ける)▲4八金と受けるぐらいでしょう。対して角打ちを避けて△6二玉、そして▲2五飛ぐらいか、どちらも怖い局面です。

 少し戻って5図から工夫してみましょう。▲2三飛成△2二飛▲2四歩に△3二金と上がります。

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 以下▲3四竜なら△4五角で後手良し。飛車交換は仕方ありません。

 ▲2二竜に△同銀は▲2三角と強引に打ち込み、先手良し。そこで△2二同金と形悪く取ります。一見すると以下▲2三歩成△同金▲2一飛で決まりそうですが、△2二角(8図)とされて難しくなります。

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 以下▲3二角△2四飛▲2三角成△同飛▲3二金△2九飛成▲3一金△1二角▲2八銀打△2一角▲同金△2七歩▲3八角などが予想されますが、どこまで行っても難解です。

 7図に戻って▲2二竜△同金に▲2三角も有力です。次に▲4一飛と▲3四角成があるため、普通は△2三同金▲同歩成△4五桂▲2一飛と進み、後手にも△5七桂不成の楽しみがありハッキリしません。

 結論として2手目△2四歩は成立しそうです。

 ただし、人間関係を悪くしますし、また、序盤から激しい変化が多く、ある程度研究しておくか、終盤に自信のある人以外は指さない方が賢明です。

(つづく)

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後手番二手目の可能性、非常に面白い企画だ。

先手番初手▲8六歩と後手番二手目△2四歩の比較に見られるように、もしかすると、先手番一手目の可能性よりも、後手番二手目の可能性の方が幅が広いのかもしれない。

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ところで後手番二手目の△2四歩。

通常の角頭歩突き戦法は先手番の戦法で、▲7六歩△3四歩の後に▲8六歩の手順。

それを後手番で二手目に△2四歩。

ものすごい乱戦になるが、それでも指せてしまうところが恐ろしいし、驚いてしまう。

▲2二竜に△同金と取るのも、いかにも中村不思議流らしい一手。

後手番二手目の△2四歩、真正面から相手にすると、いろいろと面倒そうだ。

△2四歩に対し、私ならば、▲7五歩とおとなしく相振り飛車を目指すところか。