坊主になった郷田真隆二段(当時)

将棋世界1986年7月号、片山良三さんのリコー七人衆VS奨励会・プロ新鋭軍観戦記「南、郷田に完勝!」より。

 ”史上最強の社会人チーム”の評を欲しいままにする、あのリコーが、得意の団体戦で出だし3連敗という意外なスタートを切らされた。

 「なんだって?そんな凄いチームがいるもんか!」と訝る前に、表題をよくご覧になっていただきたい。ノンプロのチャンピオンチーム「リコー」の相手は、そのワンランク上、プロの二軍チームなのである。それも並みの二軍ではない。奨励会幹事の滝六段、松浦五段が将来性を最も重視して熟考選抜した精鋭がズラリ。しかも後方には清原、桑田級の黄金ルーキー、富岡英作五段と羽生善治四段が控えているのだから、リコーといえども苦戦を強いられても意外でもなんでもないのだ。

 組み合わせと、これまでの結果をご紹介しておく。

小倉久史1級◯-☓藤森保
小林広明初段◯-☓佐々木修一
森内俊之二段◯-☓浜下哲夫
郷田真隆二段 - 南尚文
中田功三段  - 瀬良司
羽生善治四段 - 野山知敬
富岡英作五段 - 谷川俊昭

 ”職団戦の無敗男”佐々木が敗れ、準名人2回の藤森、”大物食い”元学生王将の浜下も不発に終わって早くもカド番に立つリコーチーム。南、瀬良、野山、谷川と全国名人クラスを残し、ここから手負いの猛反撃といきたいところだが、プロチームのメンバーもますます強力だ。

 「一番ぐらいは入れておきたかったですね」という谷川主将の一言は本音に違いない。

 「こうなったら全勝。いや、案外富岡さんあたりが危ないかも」と、始まる前は内心”リコー神話”に不安をかくせなかったプロ側傍観者達も幸先よい出だしにすっかり余裕が出た。今月は、郷田真隆、中田功という奨励会きっての絶好調男二人の出番だけに、南尚文、瀬良司という有名アマ強豪相手でも楽勝を疑っていないようである。

 が、それは気楽な外野席の話。盤に向かった時以外はいつも陽気なはずの中田が、今日は開始30分も前から控え室に入ってムッツリダンマリ。

 最近はアマプロ戦といっても一時ほどの緊張感が失せたと言われてはいるが、当事者が(特にプロ側が)ものすごいプレッシャーに悩まされることだけは変わっていないようだ。

 筆者も奨励会にいたことがあり、数回アマとの対抗戦に出た経験があるが、公式戦以上にフルエまくったことをよく覚えている。つけいるスキがあるとすれば、その点だろうと思う。

(中略)

 郷田君は昭和46年3月17日生まれの15歳。大友昇八段門下。春、駿台学園高校に入学したばかりのフレッシュボーイだ。この日(土曜日)も午前中はちゃんと授業に出て、制服のまま対局室に駆け込んで来た。切れ長のキリッとした目がいかにも利発そうな印象。「彼がつまずくとすれば、女の子にモテすぎた時だけでしょう」と言ったのは滝六段だが、なるほどと思った。本当にいい顔をしている。

 奨励会入会は昭和57年12月。羽生四段、森内二段、佐藤(康)二段、木下二段、豊川二段、小倉初段、秋山初段ら、この期はスター候補生の宝庫といわれている。その中でも郷田は最年少。それだけをとってみても、郷田の未来にどれほどの期待がかかっているかがおわかりだろう。人呼んで”勝率八割男”。7級から1級までほぼ1年間で駆け抜けた剛腕だ。

 南さんは中央大学のOB。タイトルは関東学生名人ぐらいのものだが、2着や3着をあげれば数え切れないぐらい。全国レベルではあまり名が売れていないのかも知れないが、実力の証明はこのリコー七人衆の中に入っていることだけで十分だろう。

(中略)

 振り駒の結果、郷田プロの先手、南さんはどこからか「郷田君は振り飛車党」というニセ情報をつかまされてきており、いわゆる「ウソ矢倉」に誘導しようという立ち上がり。郷田君のほうは△3二金を見て「なるほどそういうことですか」と▲6八銀、▲7八金。彼は矢倉が大好きなのである。

 しかし▲7八金はいかにも早すぎ、南さんに△5二飛と機敏に作戦をかえられて「オヤ?」となってしまった。早くもプロの作戦負けだ。

郷田坊主1

(中略)

 △2四歩(2図)を▲同歩は△2一飛までで受けがない。で、先手は歩が2七まで進んで来る間に暴れなければいけないわけだが、後手はその面倒を見てやれば自然に優勢が転がりこんでくるのだから楽で仕方がない。”攻めの郷田”もこうなっては持ち味が出しづらい。

郷田坊主2

(中略)

 負けても淡々としている郷田。

 しかし、それは外見上そうつくろっていただけのことで、指導すべき立場に最初からいるプロとしてアマチュアにしてやられたショックが大きくないはずはない。公の場ではグッとこらえて見せていたものの、きっと、家へ帰り着いた後で見せ場さえも作れなかったふがいない将棋が、ビデオテープのように何度も何度もグルグル回って見えたことだろうと思う。

 南さんはアマ強豪に珍しいぐらいの紳士だから、勝ったからといって大喜びするわけでもなく、ましてや驕った態度をするでもない。それがまた、勝って当たり前という立場にいる(意識過剰と言われようとも、気持ちはそうなのだ)プロはよけいに辛いのである。この気持ちはやった者でなければちょっと理解できないかも知れないが。

 二日後、奨励会例会に現れた郷田は、長髪をバッサリと刈り落とした見事な坊主頭。アマチュアに負けたらそうするべし、という規定があるわけではないからこれが彼のケジメのつけかたなのだろう。なにも言わないけれど、読者の皆さんに攻めっ気120%の”郷田の元気の出る将棋”をお見せできなかったことをわびているはずである。

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昨日の記事の「銀遊子」が片山良三さん。

最後の「なにも言わないけれど」にグッと来る。

まだ15歳というのに、男の中の男だ。

郷田真隆九段らしさがこの頃から既に発揮されている。