行方尚史六段(当時)「俺ん家まで挨拶に来い」

将棋世界2002年1月号、野月浩貴五段(当時)の「野月浩貴の将棋散歩」より。

 10月25日、この日から5泊6日で東北方面に車で秘湯巡りの旅が始まった。

(中略)

 初日に一関(中尊寺のある所)までかっ飛ばして、そこから徐々に北上していく作戦にでる。

 一関から花巻(大沢温泉)、十和田湖(奥入瀬渓流)、八甲田山麓の酸ケ湯、秋田の乳頭温泉の黒湯と巡り、帰りに松島を見ながら帰ってきた。温泉と歴史をこれ以上ないというほど満喫してきた。

 総走行距離1800km。嫁さんにも多少運転してもらったのだが、さすがに腰や背中が疲れてくる。温泉に入った効果はあったのだろうか?

 この旅の途中、青森の弘前近辺まで行くことを行方尚史に話すと、「俺ん家まで挨拶に来い」と怒られた。彼の言う俺ん家とは、弘前にある彼の実家のこと。

 お前はいるのか?と尋ねると、「その次の週に帰る」と胸を張る。ふざけた奴だが何故か憎めない。可愛い妹さんや小学生名人戦以来となる彼のお父さんにもお会いしたかったが、諸事情により断念となる。ほんとに残念。

(以下略)

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いつも思うことなのだが、1973年度生まれの、木村一基八段、野月浩貴七段、行方尚史八段、三浦弘行九段のそれぞれの掛け合いがとても面白い。

2006年1月にNHK杯戦の森下卓九段-三浦弘行八段戦を観戦した時のこと。

対局前の控え室で、解説の木村一基七段(当時)が、次のように話した。

「僕と同年齢の、外見が若かった行方君や野月君も最近では年齢相応の顔しています。でも三浦君は子供の頃と顔がほとんど変わっていません。それにひきかえ僕なんか特に…」

少し離れた席に座って精神を集中していた三浦弘行八段(当時)は困ったような照れ臭そうな表情をしていた。

この時の木村一基七段の言葉が、この仲の良い4人の関係を象徴していると言っても良いのだろう。

そういえば、先月放送されたNHK杯戦、三浦弘行九段-豊島将之七段戦の解説も木村一基八段だった。

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3年前の行方尚史八段の結婚披露宴では、行方尚史八段-木村一基八段の目隠し将棋が行われ、大盤解説は野月浩貴七段、秒読みが三浦弘行九段だった。

披露宴に出席したフリーアナウンサー恩田菜穂さんのブログには当日の写真がアップされており、上から4枚目が目隠し将棋の時の写真。

行方尚史八段結婚式(パラダイスな毎日)