将棋世界1994年12月号、神吉宏充五段(当時)の「対局室25時 in 関西将棋会館」より。
「さ、さ、さ、冴えんな」この口調が十八番の森(信)先生。最近とみにその「冴えんな」を連発している。しかし、ほんとに「冴えん」わけではなく、調子が良い時でもこう言っているので、親しくなると今日はどっちの「冴えんな」か、瞬間に判断出来るようになる。
「冴えんな」
「ははあ、その冴えんなは、なんか考えとる冴えんなですね。今日はなんですか?」
「わかるか…今年は将棋連盟が出来て何年になるか知ってるか」
「え?さあ全然知りませんわ」
「なんや、冴えんな。将棋連盟70周年やで。凄いやろ」
「ほんまですか。私が35歳やから、その倍やがな。ごっつい経っとんですねえ。なんか記念行事やらんのですか」
「いや、それなんや。今度の関西の将棋の日のイベント、盛大に70周年記念やろと思とんや」
「あっ、それ誰かに聞きましたわ。なんか一流ホテルでドバッと派手にパーティーやるんでしょ?」
「流石に情報が早いな。そうなんや、11月20日に大阪のホテルプラザで午後4時から8時まで、パーティーするんや。これまでにない盛大な将棋の日にするで」
さてそのパーティーの会費だが、なんと2万円!(女性は1万5千円)聞いたときはごっつい高いんちゃうかと思ったけど、関西在住の棋士がほとんど出席して無料指導対局付き。一流棋士(羽生・谷川・有吉・桐山・南・小林・福崎)との指導対局も、ポラロイドのサイン入り記念写真付きで5千円と、いい思い出になりそう。
これが第一部で、第二部が立食での懇親パーティー。もちろん感謝の記念式典、表彰式もあり、しっかり将棋ファンに感謝させてもらいます。おおきに、おおきに。で、この後に羽生・谷川の二人に手頃な価格の2寸盤や駒をオークションしてもろて、ついでに羽生ファン・谷川ファンが泣いて喜ぶようなモノもオークションするつもりでっせぇ~。さて何が飛び出すかは来てのお楽しみですがな。
さらにはアトラクションで、いろいろな豪華賞品が抽選で当たるっちゅうねんから至れり尽くせりや。そこまで聞いて納得しましたわ。きょうび、一流ホテルのパーティーなら、これぐらいの値ぇしまっせ。聞くところでは予算オーバーで、連盟は持ち出しなんやそうですわ。そういう意味では絶対に皆さんに損はさしまへん!ということで、これ読んでる関西在住のあなた、かっこええ羽生や関西の生んだ大スターの内藤・谷川、ついでにカンキに逢って話せるチャンスでっせ。今からでも間にあうかもしれまへん。さあ、関西将棋会館に電話、電話(オモロイ司会するから、みんな見に来てなぁ)
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将棋世界1995年1月号、神吉宏充五段(当時)の「今月の眼 関西」より。
さて翌日の20日は今度は将棋界のパーティーが、大阪はホテルプラザで「将棋連盟創立70周年・第20回将棋の日」と銘打って盛大に行われましてん。
とにかく会費2万円のパーティーに300人以上のファンが集まってくれたんには感謝を飛び越えて感動しましたで。ほんまにありがとさんです。そんなパーティーを盛り上げようと棋士達も頑張りましたで。とくに羽生名人と谷川王将。交通遺児のための「あしなが基金」のチャリティーに、いろんなものを提供してもらいまして…。例えば羽生名人はブレザー2着にネクタイ3本、対局中使った扇子2本出してくれたんですわ。
いやあ驚いたんわ、それを紹介するときたくさん来てはる女性ファンが、ジッと舞台見てはるんですな。オークションで高い値段つけようもんなら恨まれそうな気配に、さすがの私も「ネ、ネクタイ1000円、扇子100円!」と、なんかディスカウント洋服店みたいになってもて…あー怖かった。
圧巻だったのは谷川王将の提供してくれた生原稿。これは将棋ペンクラブ大賞とったときの手書きの原稿で、ファックスで将棋世界に送ったので、幸い手元に残っていたらしい。
「さあさあ、谷川記念館を造ろうと思てはる人には喉から手が出るほどの逸品ですよ。いくらで買いますか!」
「1万円!」「3万円!」「5万円!」結局いくらで落札されたかわかります?何と11万円ですわ…。え、安いってか。うーん、こればっかりは価値観の問題やからねえ。でもほんまに谷川記念館出来たら、これって物凄い価値出まっせ絶対。
オークションには他にも廉価な盤・駒も出され、集まったお金は653,000円。いやいや、ええ人が多くて感謝、感謝ですわ。(今度はカンキのメシ代助けるチャリティーしてくれんかいのう)
パーティーはこの後、桂三枝さんが飛び入りで来てくださったり、内藤九段の歌が聞けたりと、最高の盛り上がりを見せて笑顔のうちに散会となりまして…いやあなかなかええパーティーやったですわ。またあるときはぜひ今回来れんかった人も来てな。待ってまっせ!
(以下略)
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11万円で落札された谷川浩司王将(当時)の原稿とは、将棋世界1994年2月号に掲載された第63期棋聖戦第1局〔羽生善治棋聖-谷川浩司王将〕自戦記「納得できない敗戦」のもの。
この自戦記は、1994年の将棋ペンクラブ大賞観戦記部門大賞を受賞している。
7分も残っていたのにノータイムで指してしまった終盤の敗着の一手。
最終選考委員の故・山口瞳さん、中原誠永世十段、高橋呉郎さんから、棋士の心理と悔しさが見事に表現されていると評価された自戦記だ。
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直筆原稿は、現在と違って手書き原稿が主流だった当時ならではのお宝出品。
古書店(神保町・夏目書房)のホームページで直筆原稿を調べてみると、高額なものでは、岸田劉生草稿「舊劇美論」(400字詰め105枚)1,620,000円、芥川龍之介未定稿「湘南の扇」(200字詰め21枚) 864,000円など、低額のものでは5,400円などと様々。
今の時代、どのような著名作家でも、パソコンに作家自らが打ち込んだ原稿がUSBメモリに入れられて売りに出されたとしても、高い値段はつかないだろう。
IT化・デジタル化も、このような面ではなかなか難しいところがある。
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森信雄六段(当時)の「冴えんな」が、いつもながらとてもいい味を出している。