羽生善治四段(当時)の夕食時のジュース

近代将棋1988年2月号、湯川博士さんの「十代、この凄いルーキーたち」の「二十世紀最後の名人?」より。

 連盟特別対局室、午後5時。冬の夕方は日が落ちるのが早く、5時ともなれば外は真っ暗だ。

 中原-羽生戦(天王戦準決勝)が終了し棋士や奨励会員が部屋に詰めかける。検討の焦点は終盤の羽生の寄せに対する中原の受け。中原名人しきりに首をひねり、「うーん、こっちは歩ゥタタいていいと思っちゃっているからね……。でもこうやっても受かんないのかねェ」

 羽生はほとんど口を開かず、大先輩の検討手順には無言で指先で応えている。しかしその指先があやつる駒は、名人の動かす駒を、ことごとく粉砕している。名人はいろいろな角度から受けてみるが、羽生はなんのてらいもなく正確な殺人マシーンのように、すべて破壊してゆく。

 30分ほど駒のくりかえをした後、「こんなに手順を尽くしても、駄目なんだねェ……」と中原名人が言い、そのことばを汐に検討が終わった。

 感想戦の間、観ている棋士達はほとんど口を出さないで見守っている。単なる四段の棋士がそこに座っているのと、まるで雰囲気が違う。中原名人の態度も、なにか暖かいものを感じる。

 局後夕食をいっしょにする。羽生クンは一皿にいろんなものが盛ってある、サービスランチふうの食べ物とジュースを注文。

 いつごろから強くなったんですか。

「はじめて東急デパートの子供大会に出た時に低学年の部で準優勝しまして、その時にはじめてアレッと思ったんです。それからデパートの大会にはあちこち出まして、森内クン、郷田クン(奨励会二段)、先崎クンなんかと顔見知りになって、かわるばんこに優勝してました。トロフィーをいくつももらってうれしかった思い出があります」

 奨励会に入ってから苦労したことはありますか。

「香落ちの下手はガンガン攻めるだけでいいんですけど、上手のいなし方がわからなかった。特に居飛穴の出現以来、それまでの香落ち定跡が役に立たなくなりましてね。師匠格の中嶋さん(克安五段 八王子将棋クラブ)にはずい分香落ちを指していただきました。だんだん後ではかえって上手が楽しくなりました」

 強くなるためには、たとえば将棋年鑑を並べるとかしたんですか?

「年鑑は並べないです。将棋雑誌も読むけど並べない。重要な局面だけ頭に入れる程度です。詰将棋は適当にやりましたけど。ほとんど実戦ですね。室岡五段の研究会に入っているんですけど、いろいろ勉強になります」

 今の若手旋風(20代棋士のタイトル独占)についてはどう思いますか。

「今の若手には勢いがあると思います。中村さんの将棋なんか、勉強になります。でも、勢いがゆるんだ時が怖いと思います。このままとは思わないですね」

 醒めた眼がジッと先輩棋士の動きを追っている。

 こういう凄いことを、お子様ランチふうの夕食を食べ、ジュースをストローで飲みながら、サラッと言う。食べる速度も落とさず、いつものままという感じでしゃべる。

 今高校生ですけど、大学のことは考えたことありますか。

「大学は行きません。今は時間がなくて。学校から帰ると4時か5時では。夕食のあと将棋のことを考える時間が少ないです。卒業したら……自由でしょうね。学校へ行かなくていいと思うと……楽しみです。海外旅行にも行ってみたいですし。時間があれば本も読めますし」

 学校は高校でたくさんだ、という気持ちのようだ。

 羽生の将棋の強さのひとつに投げっぷりの悪さ、というのがあるが、将棋観について。

「将棋は心理面での作用が大きいと思います。気持ちは諦めればいいんだけど、心理面は思うようになりませんから」

 羽生は聞いたことには答えてくれる人で、割合インタビューはしやすい方だろう。しかし余計なことばは使わないから、聞く方の技倆が逆に問われることになる。

 このことばも筆者流の解釈しかしようがないのだが、心理と気持ちという二つのことばから、こう聞こえた。

 気持ちというのはその場に臨んでの気構え、心理とは素質プラス不断の心構えがつくるもの。気持ちは諦めることができるが、心理はあやつることはできないのはそのためだと。

 羽生ほど四段で騒がれ特別扱いされる棋士もいないだろう。

(中略)

 短時間だがしゃべった印象は、他人に何を言われようが、我が道を往く強烈な自我の持ち主だった。

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羽生善治名人は、タイトル戦の昼食時あるいは夕食時、食事と一緒にジュースを頼んでいることが多い。

羽生名人の食事の時にジュースという手筋は、この頃に既に確立されていたと見て良いだろう。

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一般的には食事とジュースの取り合わせは珍しく感じられるが、たしかにジュース好きな私もほとんど経験のないパターンだ。

しかし、将棋が強くなる漢方薬のような働きをしているのかもしれないという可能性も否定できず、今度試さなければいけないかなと考えている。

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下のYoutubeの映像では、うどん膳とオレンジジュースが注文されている。

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