森下卓五段(当時)「師匠の花村先生が、序盤でうまく指して勝ってもほめてくれないんですよ」

将棋世界1989年1月号、特別座談会〔米長邦雄九段・森雞二王位・田中寅彦棋聖・森下卓五段・鈴木宏彦氏〕「89年も激動の1年に」より。

米長 確かにここ10年、棋界では何が進歩したかと言えば序盤戦術だろうね。トップクラスの終盤力は変わっていないような気がするね。

田中 私が奨励会の頃は、情報力の差、つまりは序盤の大差で勝っていたような記憶がありましたね。森下さんなんかも似た感じを受けるけど。

森下 僕の場合は逆転につぐ逆転という感じで。師匠の花村先生が、序盤でうまく指して勝ってもほめてくれないんですよ。「厚味を築いて押しつぶせ」という教えだったんですね。

米長 あの花村先生が!

田中 反面教師という(笑)。

森下 早仕掛けとか、僕がやると異常に嫌ってまして怒られましたね。

田中 それで序盤巧者になったんだ。

森下 いやぁ(笑)。序盤ということで言えば羽生君なんかは、終盤に戦いやすいような序盤に持っていきますね。

米長 確かにそういう所はある。

森下 自分の力を終盤戦で出しやすいように序盤を戦うという。

米長 序盤もうまいんだ。

田中 終盤のために序盤があるんですかね?

森下 終盤を基点にして指す、という感じですね。よく感じますよ。

鈴木 中原先生はちょっと違うんじゃないですか?平均されているというか。

米長 そうね、彼氏が、私が戦った相手の中では一番バランスがとれているというか、序中終盤攻守共にどこにも長所があり、欠点の少ない将棋という感じだね。人間的なものも含めて。

司会 最近は攻めが過激になっているという感じもありますが。

米長 その感じはですね、相手が特に最近は若い人が多い、そこで早い動きになる。過激な中に彼氏なりの安定があるんだね。本質的には変わっていない。

田中 相手の得意に飛び込んで、それを吸収する力は抜群でしょう。

米長 それはやはり戦型を吸収できる感覚があってしかも対応できる才能と実力があるからなんだね。

(以下略)

—–

森下卓九段の師匠の故・花村元司九段は、鬼手、奇手、奇略を縦横無尽に駆使する棋風で、「妖刀」と称されるほどだった。

そのようなこともあり、花村九段の「厚味を築いて押しつぶせ」という自らの棋風とは正反対の教えを聞いて、米長邦雄九段も田中寅彦棋聖(当時)もとても驚いているわけだ。

反面教師という見方もできるが、花村九段が森下少年の棋風の強みの部分を伸ばそうとしたとも考えられる。

—–

花村九段は、終盤の入り口までかなり不利であっても、その腕力で終盤に盛り返して勝つことが多かった。

以前も書いたことだが、花村門下の窪田義行六段の入門の頃の話。

入門した頃の窪田少年は序盤が苦手だった。それを見かねた兄弟子が窪田少年に序盤を教えたいと花村九段に申し出たところ、花村九段は、「君の気持ちはありがたいが、あいつは中・終盤に見所がある。どんどん勝っていくのに越したことはないが、序盤を教えちゃあイカン。あいつは序盤が下手だから、苦しい将棋をなんとかしようとして頑張っている。中・終盤に強くなるためには絶好じゃあないか。序盤は何番か失敗すれば自然と覚えていくものだ」と答えている。

そういう意味では、森下少年が序盤でうまく指して勝っても花村九段がほめてくれなかったのも、この考え方に基づくものだと思われる。

窪田ワールドのあけぼの